→自分のことを話す
午後からは休憩――アンジェの寝落ち――を
寝ているように見えても会話がつながるので判断しにくいと紫皇は思う。
「…………興味深い、ですね。あなたの話を信じるなら、最低でも三つの意思決定機構があることになる。大ルールというのは我々でいう《倫理》のようなもの、でしょう。それに沿って《合理》というべきシステムが行動計画を立て、最後に《感情》が
作業机にあごを乗せ、目の前のバインダーにさらさらと図を書くアンジェ。
「それぞれは《
[ボトムアップ?]と
紫皇はその全容を自己分析の一例として記録した。
「…………感情が占める割合の大きさは、確かに
彼女はPCラックのすみにあった砂時計をとりよせて卓上に置いた。
一方に砂が落ちると、もう一方には虚空が生まれる。
「好きな相手に嫌われる悲しみ。不安を解消した安堵。心を動かすということは何かに執着するということ。であれば機械であるあなたは《幸せ》ではなく《均衡》をこそ目指すべきだとワタシは、思います」
半分まで砂が落ちたところで、砂時計は横に倒された。
砂は二つの空間それぞれで静穏を保ち、天地を返してもそれは変わらない。
「…………いいえ、お願い、ですね。あなたのシステムは先進的、ですがそれがサニーちゃんの
「サニーの?」
言われた言葉を理解しようと努めていた紫皇は繰り返した。
「自分を特別な相手だと定義づける、異性そっくりの機械がそばにある、という状況。それは、よくありません、
アンジェは抱えたひざの上においたバインダーに目を落としたまま続ける。
「…………ただでさえ、あの子は父性というものに
「……それは、健全じゃないな」
ショックよりも納得が勝った。アンジェの言うことは真っ当だ。
「…………ワタシが言えたことではありませんが、彼女にはまず一般的な、普通の恋を経験してほしいです。あなたが感情に従うことでその妨げになるのでは、と
「俺はサニーの妨げになる……」
似たことを彼女の母親も言っていたか、と思いだす。
だが自身がサンシャインにとって悪しき物かもしれないという可能性は、紫皇の背中を丸めさせるのに十分だった。大きなため息が口をついて出る。
その様子にアンジェが再び、ぱちりとした興味の眼差しを向けた時。
ピポン、と。
ショートメッセージとは異なる通知音が鳴る。PCから。
のぞきこんだアンジェは顔をしかめた。
サンシャインの動画が埋め込まれたSNS。今は[動画が見つかりません]と表示されたそこに返信がついている。
【突然失礼します。こちらはVancouver Postです。昨夜の事件とあなたについて取材したく思います。もし受けていただけるなら本日中にお返事を――】
バンクーバーポスト、とアンジェは読み上げた。
検索画面が立ち上がり、彼女の指が滑るたび別のウィンドウに切り替わる。
「…………実在するニュースサイトです。が、このアカウントは駄目です。
ふらりと彼女は立ち上がった。
「こんなものに飛びつきはしないでしょうが……念のため釘をさしてきます」
時間は最後の授業が終わりに差し掛かろうかという
「すぐ戻ると思います、が、ここを出ないでくださいね。不審者と間違われます」
「分かった」
ちょうどいいと思った。
昨日から紫皇の中身は目まぐるしく変わっている。マスターを得たと思えばその当人に命令に従わなくてもいいと言われ、感情値の評価を改めればその矢先に、それはマスターにとって有害だと警告される。
現状としてはマスターたるサニーの言葉に従い《幸せ》な状態を志向すべきであろうが、サニー自身が必ずしも従わなくていいと言っている。
命令を命令としてとらえると、命令に従う根拠が薄くなる無限ループ。
エラーチェックが必要だ。待つ時間で済ませようと紫皇は目を閉じる。
――コンコン、と。
10分ほど経ったころ、部屋のドアを叩く音がした。
「……」
外に出るな、と言われた以上反応も
――コンコンコン
さらにノック。急用かもしれない。
――コンコンコンコン
出よう。火急のことなら部屋主の不在を伝えるだけでも意味はあるはずだ。
立ち上がり、ドアを開く。
「なんじゃ、居らんのかと思ぉたわ。一晩で
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