→視点:Sunshine=Davis

 時刻は午後三時半をまわったころ。

 授業も終わりに近づいた気だるい空気が教室に満ちていた。


「――ですから、この国は震災の爪痕つめあとを色濃く残しているわけで。アマカワのように他国の支援を受け容れることで発展している街は一部にすぎず――」


 おまけに今の担当は石膏せっこう頭とあだ名されるウェッジ教諭。チョークをその真っ白な禿頭のように使いつぶして書いた板書は黒板を埋め尽くし、今は雑談タイムだ。


 サンシャインもまた他の生徒と同様に苦労してノートをとった後、ぼんやりと話を聞き流しつつ私事にはげんでいた。

 だが、教科書の陰でタブレットを操作するその目元はしょげたよう。


(二人に悪いこと言っちゃった……)


 けさ投稿したムービーについて、アンジェのメールにかっとなってのことだった。

 感情的なメッセージを最後に受信を拒否している。


(でも、あんな頭ごなしに言わなくたって。あたしだって考えてやってるのに)


 最近、何につけ思うことだった。

 母親も元父親も先生も、自分を子供のままでおこうとする。

 大切にされるだけの宝石箱はもう自分には小さすぎて、どうにか外に出たいと頑張っているのに彼らときたらどうにかふたをして押し込もうとする。

 遊びの恋なんかしなくていい。年相応なんてわからない。

 本当は興味なんかないくせに。箱から出してじっくりと眺めてくれたことなんて数えるほどしかないくせに。


(アンジェパパは、ママとは違うって思ってたのに)


 人工知能AI研究という沼――本人いわく――にはまりこんだアンジェには浮世離うきよばなれしたところがあり、母の恋人として紹介されたときも何となく、あぁこの人ならそんな一面もありそう、と納得してしまったものだ。常識に縛られない物言いと現実的な視点はひんやりとして心地よく、サンシャインは間もなく彼女になつくことになる。


(でも、理由は後でって書いてあるし。それも聞かないで怒っちゃダメかぁ、駄目よねー)


 彼女はショートメッセージを読み直した後、しばらく悩んでからアンジェへの一時ブロックを解除した。溜まったメッセージが来るかと身構えたがそれはない。


(……授業が終わったら、研究室へ行って謝ろう)


 シノーのことも迎えに行かなきゃだし、とサンシャインは一人うなずいた。

 決めてしまえば切り替えはあっという間で、滑る指は本来の目的へと動き出す。

 《UI Humanoid》のアプリが立ち上がった。


(さって、まずは仕様を把握しないと)


 少し触ってみて分かったことは、一度にすべて把握するのは無理らしいということだった。


(タブがめちゃくちゃいっぱいあるしその中でさらに枝分かれしてるし、見直したらなんか項目が増えてるし、このデザイナーはスプラウトでも育てる方が向いてそうね。あたしはアレ苦手だけど)


 用途は主にヒューマノイドへの新機能追加のようだ。追加機能はほぼ有料(EP)で、今朝のモーション集のようなソフト的なアペンドからどう見てもハード面の増設が必要そうなものまである。


(50万EP!? シン、カゲリュー、何? どっ、ドリル!? ドリルって、ドリル!?)


 買ったらどうなるのだろう。まさか、生えるのだろうか。さすが宇宙技術。


(今の手持ちは53000EP。焦らない方がいいかも)


 今朝、警察から『謝礼金一封』という名目で5万ポイントの振り込みがあった。これは学生のサンシャインにとっては高額で、脚甲型キックモジュールの新型が買えるほど。

 だが、お金はいつ必要になるか分からないし現状とくに不自由もしていない。壊れてもいないうちから乗り換えるなど、ヤンスの金持ち趣味のようで嫌だというのもある。


(……うん、今ので充分。吸着グローブとかちょっとほしいけど)


 『本当のヒーローは少しずつ強くなるもの』とは二番目の父の言葉だったか、とサンシャインはふと思いだした。

 それよりも今はまず紫皇のことだ。


(3000EP以内で、何かちょっと……)


 お祝いじゃないけれど、記念のようなものをあげたい。出会った記念――いやいや、もといウチに来た記念。


(あ、いいな、これにしよう)


 彼はこれから平和な世界を生きるのだから。笑ってそして、たくさんの笑顔に囲まれて。

 ならばこれはきっと無駄にはならないと、確信をもって購入する。

 そして――。



 ――そして、どうしたのだろう。何かあっただろうか。

 何もない、というより、授業のあとの記憶が真っ暗に欠落している。

 確か。


(ぽん、て何かが破裂するみたいな、音、が――)

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