→視点:※※※※

『ジョーンズ選手より降参サレンダーの申し出があり受理されました! ジョーンズ選手への投資は一旦返却され――』


 天河目抜めぬき通り。

 なかでも場末のカジノやバーが密集する、昼間の暗がり。そこで。


「……風のうわさに聞いたことがある」


 マリー・ピアは眼前に浮上する黒衣の仮面姿をにらみ上げて言った。


「……コー……ホー……」


 先ほどまで激しいポイントの奪い合いをしていた相手は、最後に完全に自分を出しぬいた上でその戦果を放りてた。激しい怒りを抑え、チェックリストを埋めるように確認する。


「《雷精》、《水精》……超自然存在エレメンタルの二つ名をもつアクターは数多いが、その起源オリジンたる一語を冠する者がいないのは、いわゆる欠番けつばん扱いだからだと」


 仮面の顔がわずかに上がった。


「8年前、その動画に誰もが再認せざるを得なかった。アマカワの市場価値を。わずか五分半のフライボードの飛行軌道に世界中がせられた」


 縦横無尽じゅうおうむじんのアクロバティックに振り回されて気付かなかったが、その体はマリー・ピアより小さい。


「だが名を上げたのはフライボードの研究チームのみ。実際はだったそれを奇跡のように制御してみせたテストパイロットの名はついぞ広まることはなく、いつしか報道関係者も実名ではなく二つ名でそれを呼ぶようになった」


 フライボードがゆっくりと高度を下げる。地面のすぐ上まで。


「《妖精フェアリー》と。そういえば二度とも貴様は名乗らなかったな、アンジェラ=フランチェスカ=リツィー!」

「…………」


 彼女はフルフェイス型デバイスに手をかけるとそれを脱いだ。


「……………………あれは、」


 波打つ黒髪をあふれさせ、その顔があらわになる。


「教授命令、だったんですよ。その日の朝にたたき起こされて、一人落ちたから代わりに……って。……もう半分アカハラですよ。今思うと、判断力が落ちていたんだと、思います」


 眠たげな目を片眼鏡の隙間からこすり、アンジェは答える。

 マリー・ピアはそれを真っ向から視線で射貫いた。


「その教授は最初から貴様をパイロットにすべきだったな。それで? ここで何をしている。貴様はヒューマノイドの引き渡しに関して消極的賛成を貫いていたように見えたが」

「……えぇ、まぁ……心境の変化というか、助言をもらいまして……」



『――ハローニーハオ、アンジェ? 電話なんて珍しいじゃない。……は? 恋愛相談?』

『どうしようもないでしょそんなの。誰だか知らないけど機械じゃないんだから』

『運命にねられたと思って愛する以外に方法なんてないわ。なに、まさか貴女あなたがヨリを戻したいって話じゃないでしょうね? ……違う? そう、ならいいけど――』



 アンジェは遠く空を見上げてから、フライボードを降りる。

 持ち上げたそれの陰にかくれるようにマリー・ピアをうかがった。


「……あの、クビ、でしょうかやっぱり。できれば見逃していただけると。あ、でもそれならそれでストリートに第二の人生があるような……」

墓穴ぼけつを掘りたくないのならその情けない口をすぐに閉じることだ」


 マリー・ピアは嘆息した。


「学校事業の人事など知らん。それにどんな心変こころがわりがあろうと結果は同じだ。私の勝ちはらがな――待て、何をしている?」


 おもむろに取り出したタブレット端末を操作するアンジェ。


「……いえ、そういうことでしたら、次に連絡をしないといけないところが……私事で申し訳ないのですが」

「そうか。私は今、貴様がその齢で万年助教まんねんじょきょうなどと揶揄やゆされている理由が分かった気がする」


 マイペースさに眉をしかめたマリー・ピアは、きびすをかえすと感覚を確かめるように二、三度足踏みした。

 ミラーグラス型デバイスを操作し、口端をわずかに上げる。


「ヒントが出たな。では、貴様自身が私をはばみにでなかったこと、せいぜい後悔することだ」


 言い捨て走り出した。足音はみるみる遠ざかり、やがて聞こえなくなる。

 残されたアンジェは街の中心を見上げてつぶやいた。


「そう……ワタシはずるい大人、ですね……サニーちゃん、それでも、応援しています。悔いのない戦いを……それから、出来るだけ怒らないで……」


 最後の方は消え入るように、しかし切々せつせつと路地に響く。

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