→学園の外へ

 モジュールを預けてあるという最寄もよりのモノレール駅までの道を、サンシャインとパラミラは歩いている。


「あの、さっきのは」

「ん?」

「や、パラがあたしのナイト、みたいな話」


 ――なんだ、最近妙にお前から話しかけてくると思ったらそういうわけかよ。


 さっさと忘れるに限るヤンスのからかいで、唯一気にかかっていること。


「もしかして最近あんまりアイツが絡んでこなかったのって、パラのおかげ?」


 ヤンスは事件前に一度、紫皇に会っている。表向きに発表されたサンシャインとの関係には疑問をもって当然。その結果がたまの皮肉なら、彼にしては大人しいくらいだ。


「んー……まぁね。ほら、私ってばサニーのこと大好きだからさぁ」

「うわっ暑い、重い、えぇー」


 両肩に後ろからしなだれかかるパラミラに、サンシャインはうなった。


「ええっと、あたし、たぶん異性愛者ストレートだと思うんだけど。よく分かんないけど……」


 セクシャリティは千差万別。それは幼稚園の頃からさまざまな形で教えられ続けてきたことで、その中で自分はいわゆる少数派ではないと考えてきた。かといって異性をそういう目でみたことがあるかというと微妙だが。


「……何それ、誘ってるの?」

「真顔でなに言ってるの!? 違うから! というかホントにパラってそうなの?」


 パラミラは少しだけ間をおいてから、後方の学園グラウンドを指で示した。


「あいつ、私の旦那様だんなさま候補」

「ウソぉっ!?」


 誰のことを指しているのか分からないほどサンシャインも鈍感ではない。


「ホントほんと、ま、家同士がそういう距離感ってだけだけど」

「ヤンスの家ってプルート社でしょ? パラってお金持ちだと思ってたけど、そんなに?」


 プルートはアメリカの古典的スポーツカーメーカーで、家庭用車、航空機と手を広げながら生き残ってきた歴史ある企業だ。ヤンスはその代表の息子だという話だった。


「いんやただの成金なりきん。あの手の連中じゃじょの口サ。だから、アイツには出来るだけ地雷認定されときたいの。サニーだってそうでしょ?」

「あ、そういうこと……まあ、言われてみればね」


 あんなのに好意的に見られたところでプラスにならない。いっそ避けられるほうがまだマシかもしれない。


「じゃ決定。あんた私のヨメね」

「え、えぇー、いやそれはさ、パラがあたしのこと好きーとかだけでよくない?」


 距離を置かれるのはけっこうだが、母親とアンジェのような関係にある自分とパラ、というのがどうしても想像できなかった。


「うーわサニーちゃん意外にクズだね。キープってやつ?」

「ちがっ、そもそもただのポーズでしょ!」


 もぶれつくパラミラを押しのけながら歩く。駅から学園へのびる道は区のメインストリートで、世界中の美術工芸品をデジタルで閲覧できる文化学習館や、区民の台所をまかなうショッピングモールなどが並ぶ。

 しばらくふざけ合ってから、パラミラが言った。


「でもまぁ、ヤンはまだわかりやすいよ。皆ボクを誉めてーって王子様タイプ。アイツんの車くらい操縦かんたん」


 運転補助技術ドライブアシストによって誰でも運転できる車というのはもはや当たり前だが、プルートは特にその安全性を押し出したコマーシャルで大衆車を売り出していた。


「あんなヒネクレた車、嫌だなぁ」

「もっと酷い男もいっぱいいるよ。アレは馬鹿なぶんまだマシ」


 マシなゴミ、とつぶやいてツボに入ったのかパラミラはけらけらと笑った。

 

「パラってさ、その、豊富なの? 経験とか」

「……知ってるってだけだよ、耳年増みみどしまってヤツ。だからそんなさげすんだ目しないで」


 半面をおおう前髪を引いてサンシャインの視線をさえぎるようにする。

 サンシャインはそっと自分のまぶたに触れた。


「……あたし、そんな顔した?」

「うん、ちょっとゾクッとした。なに、恋愛キライなの?」


 聞かれて、考える。


「……そんなことないけど。いや、そうかも。わかんない」


 少なくとも恋愛経験はない。幼いころ、ビデオドラマでは当たり前のように存在するその関係を、ままごとのようになぞったことはあったような、気もする。


「うち、ママが好きになったとかもう逢いたくないとか、そんなのばっかりでさ。だからかも」

「ふーん。っと」


 パラミラが気のない相槌あいづちをうったのと、目の前が開けたのは同時だった。

 両腕を広げたブリキのロボットのような建物。空中鉄道のターミナルだ。


「あれ、パラ、ロッカーあっちでしょー?」


 正面入り口を迂回うかいした彼女にサンシャインは呼びかける。


「違う違う、こっち」


 モノレールを繋ぐ高架下こうかしたに設けられたレンタルガレージ群。

 閉じたシャッターをパラミラが、髪をかきあげた左瞳で認証解除すると小さなコンテナほどの空間が口を開けた。


「わ……ちょっとこれ、ジェムビーじゃない!」


 踏み入ったサンシャインは鎮座するソレをみて驚く。

 レースボートのような流線形りゅうせんけいのボディはエメラルドグリーン。それを囲むように、カバーで覆われた四つのプロペラが地面と水平に配されている。

 玉虫ジェムビー、と名付けられた空中飛行バイク。そのニューモデルだった。


「お父さんの会社の知り合いがくれたんだって。それを私がもらったのサ」


 何でもないようにパラミラは縦に長い座席シートを撫でた。


「もらったって……そんなチョッとしたもんじゃないでしょうに」

「倉庫で腐ってるならなんだって一緒だからねぇ」


 大した序の口もあったものだとサンシャインは目を回しそうになる。


「じゃあ今朝はこれで来たの?」

「いや、うちの人に頼んで運んどいてもらったの。ねえ、これから少し流さない?」


 シートの前半分にまたがると、パラミラは後ろをポンと叩いて言った。


「……あんた、免許は?」

「取ったよ、ウェブの筆記試験だけだったけど」


 何でもスピード化すればいいというものでもないと、今ばかりはサンシャインも思う。


「……ちなみに、初乗りはいつ?」


 パラミラははにかんだように笑った。


「えへ、今から」

「冗談じゃないわ! せめて練習してからにしてよ!」


 さっと身を引いたサンシャインの服をパラミラの伸ばした手がしっかりと掴む。


「初めてはサニーと一緒がいいな、って……」

「あんたが良いだけでしょうが! いやあっ離して!」

「またがるだけ、またがるだけだから!」

「そう言いながらキーに手をかけるなあッ!」


 ――Gembee-LT、市街警備用として運用が始まったクアッドコプターをレジャー向けに創りなおしたジェムビーシリーズの高級二人乗りモデル。

 その安定性と操作性の優秀さを、サンシャインはこれでもかと見せつけられる羽目になった。

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