→視点:Cinooh=Favela
アンジェは教授の用事をうけて出かけていった。
暗い研究室で虫型の修理ロボたちが鳴いている。
紫皇は耳元に体内に昼夜を問わずそれを聞いていた。
(そろそろ終わるか)
実をいえば修理ロボの世話になるのはこれが最初ではない。
[通電チェックを完了]
[※※はここまで ■■が不足]
[皮膚の修復開始]
彼らの出す音をそれぞれ行動と
それはおおよそ作業の締めくくりを目指す動きだった。
(体は動く。プログラムエラーも許容数。残る損傷はわずか)
背中から胸の中心へと至る
武田
――コンコン
「ッ!?」
まるで図ったようなノックの音に
感情値が《恐怖》へと振れかかっていた。データタグを修正、ノック音が直接何かしてくるわけではない。
ドアが開いた。人の足音、息遣い。
「――シノー」
聞き覚えがある、なのに誰のものか分からない
《不安》から開こうとするまぶたを《合理》が閉じたままにする。
近付いてくる足音。そっと間近で
「シノー、起きて。わたしよ、マリー・ピアよ」
つ、と誰かの指先が頬を撫でる。感情値がみたこともないパターンへ変化する。
手のひらが
「眠っているの?」
ふよん、としたものが腹部にあたり、少しずつ上へとすり上がってくる。
やがて頬を毛先がくすぐったのと同時、熱い吐息が紫皇の口元へかかった。
そして――
「あぁ、シノー、ごめんなさい。もっと早くに迎えに来ていれば、二度とあなたを壊させはしなかったのに」
――ふってわいたような
◇
雪面のような
守り手を失った中身が飛び散り、引きずりだされた赤や白の線が千切れ飛ぶ。
――シノー!
◇
切れ切れの映像が、叫びが、瞬間的にフィードバックする。
「――――!」
絶叫する。いや、していただろう。あとほんの数秒でもその感触が持続していたなら。
だがギリギリのところでその誰かは紫皇から飛び
「…………どなた、でしょうか?」
「ひあぁっ!?」
戻ってきたアンジェの呼びかけによって。まぶたの向こうがふっと明るくなる。
「ここは私の仮眠し……研究室ですが」
「ああ、留守だったが開いていたので勝手に入らせてもらった」
低く硬い声音。シノーに取りすがっていたのと同一人物には違いないが、威圧、
「すがすがしいほど悪びれませんね」
呆れたようなアンジェの言葉を無視して、コツコツと入口へ向かう足音。
「自己紹介だったか? こういうものだ」
「マルドレート社天河本部第三研究室長、マリー・ピア=カミーレ=マレット……はぁ、ではもしや本部の」
少なからず驚いたらしいアンジェに、マリー・ピアが鼻を鳴らした。
「もしやももやしもなく本部の人間だ。
硬質な足音がゆっくりと弧を描くように移動する。
その
「…………はぁ、それでその本部の方がなぜ、ワタシの研究室で半裸の、男性型ロボットに、しなだれかかって、いたのでしょう、か」
がたしゃんっ
高らかに足音がすっ転ぶ。この散らかった部屋ではどこだろうが何かしら巻き込むだろうと紫皇は思った。
立ち直ったマリー・ピアは過剰なほど大きい
「……
アンジェが
「あぁ、心配はいらない。似たようなことを言うならず者どもがいたかもしれんが私はその
紫皇はいよいよ動揺したがそれは《感情》の上でのことで、《合理》のほうは逆に欠けたピースが埋まったように思い至っていた。
つまり彼女は、マリー・ピアは、自分の《空白の期間》、幽苺に使われる以前のマスターである可能性に。
「…………目的に、変わりはないのではないですか」
警戒もあらわにアンジェ。
「だが暴力は
マリー・ピアは冷然と応じた。
「我々は研究資源として彼を活用する。むろん、極めて
確かに、と紫皇は思う。長くここにいればいるほど、アンジェやサニーに迷惑をかけてしまうリスクは高くなる。自分はここにいるはずのない存在だ。
「……すべて調査済み、と」
「そう悩む案件でもないだろう。返事をもらっても?」
「ワタシの一存では決められません」
即座にきっぱりとアンジェは言った。
あぁ、とマリー・ピアが苦笑する。
「マスターになったという少女か。それくらいは待とう。今ここに呼べるか?」
「…………一応、連絡はしてみます」
アンジェが渋々といった調子で応じたのが紫皇には少し意外だった。
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