→サニーと共に行く

 天河市を横断する空中鉄道は、静かに高架線こうかせんを進んでいく。

 最終便の二本前。車窓からのぞむ街の夜景は抑制よくせい的で、規則的に並ぶ青白い街灯がドット柄のフィルムをかけたように全域を覆っている。


「なんだか、起きたコトの大きさのわりには早く帰してくれたわね」


 人もまばらな座席に腰かけたまま、ぎゅーと両腕を伸ばしてサンシャインが言う。


「サニーのデバイスの記録があったからな。それに外国人でその上未成年だ。遅くまで聴取するにはリスクが……どうかしたか?」


 紫皇はくすぐったそうに座り直した彼女に言葉を区切った。


「んん、や、シノーの声ってよく聞くとそんなに恐くないなあって」

「……何なら声質こえしつから変更もできるが」

「そんなの出来るのっ!?」


 うなずくと紫皇は口を覆い、せき払いをした。むろん「らしく」見せるためのフレーバーだ。


「声や顔つき、身体の輪郭りんかくは自由にカスタマイズできる。身長も±10センチは……おい、今度は何だ?」

「っ、くふ、いひっ、や、何でも……っあはは! ムリ、元に戻してっ!」


 紫皇の声は一瞬だけ変更されたから低音響く中年声へと戻された。


「あーおかしい、顔と声が合ってなさすぎるんだもん。あれ、でも……」


 お腹を押さえ足をバタつかせて笑っていたサンシャインはふと、顔を上げた。


「じゃ、その顔や声も誰かの好みってコト?」


 ぺたんと紫皇は顔の半分をさすった。


「……分からん。が、デフォルトとは違っているからそうなんだろう」


 サンシャインはじっとその顔を見つめたあと、そっか、と身体を前後に揺らした。


「ならそのままがいいよ。シノーの昔の知り合いだっているかもだし」


 ふとその横顔が窓の外を向く。


「へえー、夜はあんなふうに見えるんだ、あそこ」


 青白い街区の中心、そこだけは華々しい光で彩られたエリアがある。


国際交流公園カクテルパークか」


 公園というには広大な観光区画。

 高く一直線にそびえる《市区管制かんせいタワー:アメノヌボコ》に、まるで光の泉のような楕円だえん形の《CAG国際競技場》がランドマークだ。他にもテーマパークの観覧車や、港から水路を上ってくる豪華客船の明かりがおもちゃ箱のように夜闇を彩っている。


「学校じゃあ限られたエネルギーを大切に~なんて教えるくせに、あんなにギラギラさせてちゃ説得力ないわよねぇ」


 街そのものの高度情報化にエコシステム、そしてCAG。世界に先駆けるモデル都市としての要素を集中して詰め込んだ天河の顔ともいえるエリアだった。


「観光客への配慮だろう。……ところで、いったいどこに向かっているんだ?」

「どこ、ってあたしの家に決まってるじゃない。ホワイトバッファロー区よ」


 商店街とは国際交流公園カクテルパークを挟んでほぼ反対側の地区だ。


「サニーはどうしてあの店に居たんだ?」

「え? あぁ、仕事よ。アクターとしての初仕事」


 サンシャインは少し照れ臭そうに言ったあと、眼鏡型グラスデバイスを操作する。

 ARに何かを映したそれを、紫皇のサングラスと取り換えた。


「これは……クエスト票か」


 ポップなウィンドウが宙に描写されて見える。

 

【音楽の上手な人。お店で演奏をしてください。 報酬:1000EP】


 EP:エンタメポイントは市が発行する電子マネーだ。地域振興に貢献すると付与され、市内での買い物や交通機関の利用、またこのように市のシステムを介した仕事の対価としても使用できる。


「店に女の子がいたでしょう。あの子が依頼人でね。おばあちゃんのお店の為に何かしたかったんだって。……大丈夫かな、あのお店」


 笑顔で話すサンシャインがふと心配そうな表情を浮かべた。


「……経験上、しばらくは大丈夫だろう。武田祓巳ふつきは派手にやりすぎた。あれだけ騒ぎになると市も警戒する。監視カメラの新設もあるだろう。いくら幽苺でも手出しは控える」


 他に稼ぎのアテがないわけでもなし、とは考えたが言わなかった。

 サンシャインは安堵したように目を細める。


「そっか、よかった」

「だが、1000EPのためにこの距離を往復するんじゃ、交通費だけでだいぶ無くなるんじゃないか?」


 代わりに紫皇は別の話題をふった。サンシャインはまあね、と肩をすくめる。


「駆け出しは大抵そんなものみたいよ。まずは名前を売らないとね。それに素敵じゃない? どんなかたちであれ人の役に立てるって」

「――――」


 言った後でまた照れたように笑う彼女に、紫皇は無意識のうちに口元を吊り上げていた。


「ああ、それなら分かる」


 ようやく理解しがたかった彼女のルールを見つけた気がした。しかもそれはどうも自身のルールに近しいものであるらしい。

 その時、ポンという電子音と共にクエスト票が更新される。

 依頼の詳細の下に達成済みのスタンプが押され、メッセージが書きこまれていた。


【★★★★★5.0 看板娘々:町を守ってくれてありがとうございました。おじさんも】

「……」


 紫皇は無言で眼鏡型グラスデバイスを外すと、それをサンシャインにかけてやる。

 ぱちくりと大きな目にメッセージを映した彼女はちらと紫皇をうかがった。目が合う。


「……にひっ」

「くっ」


 こらえきれないといった感じの心底嬉しそうな笑み。つられたように紫皇も喉をならした。


「ふふっあはは、ね?」

「ああ、そうだな」


 すべての数値が初めて見るほどに安定していた。これほど「何をしなくともいい」状態はスリープ時ですらなかったと感じる。

 感情値がプラスに振れていた。記憶にある限りで初めての位置まで。


「なるほど、素敵だ」


 そのパターンを紫皇は夜景とサンシャインの笑顔とともに記録した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る