→新拠点へ

 玄関を開け、すぐある階段を下るとリビングだった。

 フローリング10畳ほどの空間はカウンターテーブルで区切られ、向こうはキッチン。

 そこからさらに下へ降りる階段があり、地下二階のつきあたり右側がサンシャインの部屋だった。


「ああ~、くったびれたあぁ……」


 オレンジ色の照明がかすかに照らす室内。

 入るなりベッドに倒れ込んだサンシャインはすそがまくれるのも構わず転がった。

 鏡台、クローゼット、机に本棚、高さも広さもそれほどない小さな部屋だ。紫皇は何をともなく見渡しながら、時おりめくれ上がるシャツの中身に目を奪われていた。


「――ひゃっ!?」


 ふと仰向けに寝転んだサンシャインが気付いてすそを押さえる。

 むくりと起き上がると何か言いたげに口を動かし、しかしジロリと睨んだだけで立ち上がった。


「き、着替えるから」

「分かった」


 勢いよくシャツがまくられる。灰黒のスーツに包まれた肢体があらわになった。

 伸縮しんしゅくの主線となるチューブ状の筋がきゃしゃな身体のラインにそって走っている。

 スーツの布地が開いた胸元と内股からはライトグリーンの下着がのぞき、その間のちょうどみぞおちのあたりに全ての主線が集まる制御装置が配されていた。丸く平たいそれは線状の電源ランプをほのかに灯らせている。


「……ちょっと、気を利かせてよ」

「ん? ……ああ、悪い」


 向けた背中ごしに抗議したサンシャインへ、紫皇は歩み寄った。


「へえっ!?」


 その肩を掴み、抱きすくめる。

 びくりとサンシャインが背筋をまっすぐにした。


「なっなっなっ何するのよバカ、ヘンタイ、エロオヤジ!」


 予想外の抵抗に紫皇は手を離した。


「……気を利かせろってのはこうじゃないのか?」

「ジロジロ見るなって言ったのよ、アホぉっ!」


 びっしと指されたドアの方へ目を向けて、なるほどとそのまま後ろを向く。

 呆れたように息を吐いた。


「……そう言われないと分からん」

「うるさいっ、あんまり気にするのもヘンかなって思ったの! シノーはその、あたしのモジュールになったわけだし、曲がりなりにも」


 きびきびした衣擦れの音を響かせながらサンシャインはぽそぽそ呟く。


「……そういえば、なんで穿いてなかったんだ?」

「ほぁあ!?」


 奇声があがった。


「そんなこと思いださなくていいの! あー……ほら、このスーツ、届いたのが昨日でね。着合わせとか一晩中試してたらなんか、最後の最後でうっかりしちゃって。あ、あるでしょ!? 普段着ないもの着ると自分でも中がどうなってるか分からなくなること!」

「すまん、分からん」

「でしょうね! とにかく忘れなさい、二度と口にしないで!」


 どうも下着を露出していたことは彼女にとって失敗だったらしい。であれば怒るのは当然だと紫皇は反省する。


「気になるなら外に出ている。時間のあるときに充電さえもらえれば活動に問題はない」

「そうじゃなくて! いい、とにかくそのままで待っててっ」



 もういい、とぶっきらぼうに言われて振り向くと、彼女はパジャマ姿でベッドに潜りこんだところだった。


「シノーって、ハッピー・ロボなの?」

「……?」


 内蔵辞書にない単語に紫皇は首をかしげた。市のネットに接続し検索する。地下住宅だが電波状況は悪くない。


「……ああ。いや、俺はいわゆるセクサロイドじゃない」


 俗語スラング紹介ページの中に解を見つけて答えると、サンシャインはかぶった布団を顔の半分までひっぱり上げた。


「……と、思う」

「思うってどういうこと!?」


 どうも警戒されているらしいと紫皇は眉尻を下げた。できる限り正確に事情を伝えようと言葉を試行錯誤しこうさくごする。


「俺はこれまで自分のことを、人を傷つけず自分が壊れず、そして人の命令に従う為に動作するモノだと思っていた」


 自分を制約するルールこそ、イコール自分の存在意義だと。


「だがそれだけじゃなさそうだってことに気付いた。さっきの感謝のメッセージを見た時、俺は《嬉しい》と感じた」


 それは大ルールである《命令順守》や《自己保存》を達成した時の波形を拡大したようなパターン。ログをたどれば当時の感情値に巨大なが介入していたことが分かる。

 その値の出所であるどこか、仮に不可視領域ブラックスペースとするが、そこには大ルールに匹敵する行動指針のようなものが存在する可能性がある。


 サンシャインは目をまたたかせ、やがてにぃ~っと猫のように細めた。


「へぇ、ふぅん、うふ、いいじゃない、それはいい傾向だわシノー。で、それがどう関係するの?」

「……実はさっきお前の下着を見た時もよく似た感情が――」

「そのロクでもない機能をいますぐ電源ごと切りなさいこのエロボッ!」


 飛んできた置き時計に鼻面を打たれたあげく紫皇は部屋を追いだされた。

 ドアが閉まる直前、おそろしく冷えた眼差まなざしのサンシャインが隙間ごしに言う。


「ヘンなことしたら、もっと追い出すから」


 返事を待たず遮断しゃだんされた部屋との境界をしばらく凝視ぎょうしして、紫皇はその場にひざを抱えてうずくまった。

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