→省電力モードに移行

 早朝、ドアが開く音でスリープ状態が解除される。

 ひざから顔を上げるとぼーっとしたサンシャインと目が合う。


「……充電、するんでしょ。入って」

「分かった」


 五時間ほどが経過していた。時刻は午前4時46分。

 深夜電力が高価な天河ではちょうど家電たちの食事時だ。


「コードは?」

「背中の下だ。今から出す」


 背部のフラップを開けると紫皇はスーツの下からそれを引き出した。

 黒いコードに家庭用のコンセントプラグ。


「……なんだかしっぽみたい」


 先端を受け取ったサンシャインはそれを壁の電源へ刺し込んだ。


「着替えるから、あっち」


 ぼんやりとした、しかし有無を言わさぬ命令に紫皇は即座に従う。

 だがコードに繋がれているので部屋を出るわけにもいかず、結局ドアへ向かって正座をする形で落ち着いた。

 しばらくもそもそとうごめく音がして、やがてぱちんと頬を叩く音がした。


「もういいよ。言うの忘れてたけどおはよう、シノー」

「ああ、おはよ、う」


 振り向いた紫皇の声が不自然に途切れる。

 サンシャインの格好は昨日と違っていた。白いシャツにこんのプリーツスカート。ブルーのネクタイ。


「それは制服か?」

「そ、ガッコー行くからね。充電、あとどのくらい?」

「……1時間34分必要だ」

「オッケー、まぁ途中になるかもしれないけど」


 サンシャインは勢いをつけてベッドを下りると鏡台へ。途中、座った紫皇の頭を犬にするようにひと撫でする。


「んぁ、ちょっとホコリっぽい。そうだお風呂いく? 洗ってあげるから」


 その提案に、紫皇の内部を膨大ぼうだいな演算式が埋め尽くした。

 昨日の教訓から意識的に表情筋ひょうじょうきんを硬直させて首を振る。


「……いや、いい。水とタオルがあれば5分くらいで全身を拭ける」

「シャンプーは? 駄目よ使わなきゃ。そうと決まればメイクの前にほら!」

「駄目だ、いい、待て、待て、今は駄目だっ」


 紫皇はかたくなに抵抗した。そんな場所に二人で行けば、また彼女を怒らせてしまうかもしれなかった。だがストレートにそう伝えたところで昨夜の二の舞だ。


「背中に傷がある。水が入ると故障の原因になる」

「あ……」


 もっとも一般的な理由を述べたつもりだったが、サンシャインは悲しそうな顔。


「そっか、それもなんとかしないと……そうだ!」


 曲げられた唇はすぐにぱっと開く。


「少し早く出発するわ。いろいろ済ませちゃうからちょっと待ってて」



 上階からとってきたシリアルで朝食をすませたサンシャインは鏡台に座った。

 唇やまつげを整え、仕上げにヘアゴムで素直な金髪をポニーテールに。

 鏡の前にタブレットを立て、ムービーカメラの起動音に続いてしゃべり始める。


『ハロー、サニーよ。昨日の夜は初仕事だったの。もちろんアクターのね!』

『せっかく届いたモジュールの出番もなさそうな可愛い依頼だと思って行ったんだけど、これが大事件! 昨日の北区の火事を見た人はいるかしら? 詳しいことは言えないんだけど――』


 三分ほど話して録画は終了した。

 終わり際、サンシャインは紫皇に目を向けたがそのままカメラを切る。

 しばらくタブレットを操作したあと、よし、と立ち上がった。


「今のはなんだ?」

「んーっと、アクターとしての活動報告かな。CAGのサイトにアップしてSNSに貼るの。普段どんな依頼を受けてるとか、どういう人間か分かれば仕事も貰えやすくなるってわけ」


 人気商売だからね、とかがんで紫皇の充電ケーブルを抜く。

 それを巻き戻した紫皇はサンシャインに手を引かれ部屋を出た。



「……サニーはどうしてアクターになろうと思ったんだ?」


 細長くクリーム色をした廊下は片側にだけ部屋への扉がある。しんとしていて小さな足音でもよく響いた。


「それは――」


 前を向いたまま応じた言葉が途切れる。

 ちょうどそれに逆行するように、上階から足音が響きはじめていた。


「サニー? 誰か来てるの?」


 ハスキーな女性の声。

 サンシャインは紫皇へ振り返って、次に部屋のドアを見る。そして諦めたように、押し殺した声で言った。


「あたしに合わせて。できるだけ喋らないで」


 階段をスリッパが降りるストン、ストンという音。

 白いくるぶしと薄いバスローブをまとった豊かな肢体がまず現れた。

 サンシャインと同じ金髪はふわりとウェーブし、腰の上で結ばれている。


「あらぁ? まさかのボーイフレンド、それもずいぶん年上じゃない。以っ外~」


 妙齢の女性だった。理知的な瞳にはどこかきこむような愛嬌あいきょうがある。


「おかえり、ママ。残念だけど違うわ」


 サンシャインは紫皇に話すより平坦な声で応じた。


「彼、ロボットよ。アンジェパパから預かってるの」

「ロボット? アンジェから? ふぅん」


 サンシャインの母親らしき彼女は紫皇に近寄るとしげしげと見上げてくる。


「人間そっくりねぇ。ハロー? ニーハオ?」


 紫皇はサングラスの下からサンシャインを見た。首を振るNoのサイン。


「……?」


 きょとんとした母親は前かがみからぺこりと頭を下げた。バラの花びらのようなあとのついた胸元がたわんだバスローブからのぞく。紫皇はそれにきっちりとした90度の礼で応えた。


「あら、動いた。これアンジェが造ったの?」

「わかんない、ちょっと頼まれただけだから。これから返しにいくの」


 ぶっきらぼうに言ってサンシャインは紫皇の手をとる。


「そう。よくわからないけど、ロボットなんかに夢中になっちゃ駄目よ。もう大きいんだから、気になる男の子の一人くらい――」

「大きなお世話よッ! ママとはちがうの、放っておいて!」


 母親の言葉に怒鳴ると、ぐっと強くその手を引く。紫皇はすぐそれに従った。

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