→■■■を抱えて跳ぶ

 粉塵ふんじんの中からの銃撃はロッカーをハチの巣へ変える。

 入り口を吹き飛ばして現れた大蜘蛛おおぐもは、次の指示を待つように動きを止めた。


 ――ヒュゥッ


 直後、横合いから飛んできたスタンブレードを人ではありえない反応精度で飛びのいて避ける。そのまま壁に取りつくとロッカーの上を走りぬけて部屋の奥へと着地した。


「へえー、そういうことするんだ。やっぱり紫皇ってー廃物ポンコツなのかな?」


 大蜘蛛おおぐもの背で幽苺が首をかしげる。その視線の先には。


「っ、ぐえっ、げほっ、ごっほ」


 強引に引きずりだされ投げ飛ばされてき込むヤンスと、その前に立つ紫皇がいた。


――それでもあたし……っそんな計算したくない!

――あなたは確かにロボットだけど、もっと新しい何かになれるってあたしは思うの

――ロボットは命令に従わなきゃ意味がないなんて、決めつけなくていいと思う


 膨大ぼうだいな情報が、眠っていた記録が紫皇にフィードバックされる。


「“俺はこれまで自分のことを、人を傷つけず自分が壊れず、そして人の命令に従う為に動作するモノだと思っていた”」


 そう、そうだ。こんなにも大きな欠損だった。忘れるべきではないことを、自分は忘れていた。


「”だがそれだけって訳じゃなさそうだってことに気付いた。さっきの感謝のメッセージを見た時、俺は《嬉しい》と感じた”」

「何を……」


 誰へともなくあふれだす言葉に、幽苺が怪訝けげんな顔をする。

 連鎖的に記憶が、言葉が繋がっていく。

 再現された感情パターンが《怖れ》を塗り替え、かつての波形を取り戻す。


[Download completed “Storytellingストーリーテリング”]

 :《朗読する》ことによる付随情報サブインフォ量の上限を10倍する

 :またその《感情値》へのあらゆる加減乗除を2倍から100倍する


 いつの間にかそのログはあった。

 ただ、それだけの技能ソフト

 英雄譚なら勇ましく。悲劇ならば切々と。

 誰かを励まし、楽しませ、慰める。そんな未来を希望した彼女の願い。


「“俺は、何をするために造られたんだ?”」


 いつかのままに自問した紫皇に幽苺が眉をひそめながらも嘲笑わらった。


「あハッ、そんなの決まって――」

「” ――決まってるわ! 幸せになるためよ!”」

「――、」


 嘲笑が固まる。紫皇から発せられた、彼ではない誰かの声に。


「“俺は”――“サニーの考えを分かりたい”」


 ギリィッと歯の削れ軋む音がガスマスクの奥から響いた。


「……くだらない。くだらないくだらないばかバカ馬鹿! そんな莫迦バカみたいな寝言で幽苺は奪われたの!? 侮辱だわ恥辱だわ屈辱だわ潰されたいのね!」


 激昂と同時、マシンガンが咆哮ほうこうした。

 紫皇はサニーをかばうように銃弾へ背を向けると、皮下の電気粘性流体を背中へ集めて盾にする。


「”危険だ、逃げるぞ”」


 へたりこんだヤンスに言うより早く、彼は廊下へ飛び出していた。


「クソがあっ! 何だよ、なんなんだよっ、ふざけんな変態ども!」

「……」


 いまだ薄く煙る中を駆けだしたその背中と逆方向へ紫皇は走る。

 罵倒されたことは分かったが何より先に安堵があった。人が傷付くことは嫌だ。例えサニーでなくとも。そんなことさえ《怖れ》に支配されて忘れていた。


「逃がさないッ!」


 大蜘蛛が壁を飛んで迫る。

 絶え間なく床が撃たれて弾け飛ぶ音がする。それは時どき紫皇の足や背中を穿うがちそのバランスを怪しくした。

 ロケットグレネードの射出音が複数。


「く、ぐ、お、お、おおオオッ!」


 全身を過剰駆動オーバーワークさせて走る速度をあげる。だが直線の通路で爆風から逃れられる道理はなく、サンシャインを包むように丸まった身体は廊下の端まで吹き飛んだ。


「―― 、 ――!」


 叩きつけられ骨格フレームが歪む。衝撃で無事だったシステムにも多数のエラーがあらわれる。

 三階へ続く階段の陰に這い入ると、抱えた大事なものをあらためた。


「“サニー”」


 変わらず意識はないが息はある。

 だというのに感情値の波形は苦しく悩ましかった。

 アンジェの言葉がフィードバックする。


――あなたが感情に従うことでそのさまたげになるのでは、と懸念します。


 ああまさに、あの言葉は現実になっている。

 自分の不十分で衝動的な行動のせいで今、彼女は命の危険に瀕している。

 

――だからアクターになろうって決めたの!

――それに素敵じゃない? どんな形であれ人の役に立てるって。


 あの輝きが失われる未来かくりつが存在しうるというだけで、無茶苦茶に暴れそうになった。

 なぜ彼女が、という思いと、そんな未来は絶対に認めたくないという思い。

 それを総括してなんと呼ぶのか、今の紫皇に知るすべはない。


 眉を逆立さかだて歯をむきだし、紫皇は立ち上がった。

 爆煙が晴れるまであとわずか。可動域かどういきの潰れた左足を重たそうに持ち上げて、一段ずつ階段を上っていく。

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