→イベント当日

 週末。国際交流公園カクテルパーク中央広場セントラルエリアをのぞむ、立体駐車場の上。

 パーキングとはいえ実際はイベント時の三等席扱いであり、屋上には食べ物を売る出店などが並ぶ。

 なかでも比較的いい場所に停車した、アイスクリームカーの前。

 二人は店員を見上げて注文した。


「ラズベリー!」

「チョコミント」

「「両方コーンで!」」


 手に入れた景気けいきづけも舐めつつ、サンシャインは眼下を見渡した。


「いつ来ても賑やかねえ」


 やや削れたコーンの底を気にしつつパラミラも同意する。


「年中お祭りで回ってるような街だからねえ」


 ランドマークである市区管制タワー“アメノヌボコ”から、中央広場を挟んで対面にあるCAGスタジアムへは幾すじもの万国旗がかかり逆さまの虹のように見える。

 世界でほとんど類をみない、テクノロジーを禁止しない街。適正な許可さえとれば機械化歩兵きかいかほへいや戦闘機ですら駆動を許される。仮想現実で自室にいながら多くの体験を得られる現代にあっても、さらにその先を志向する観光客の足が絶えない新技術の見本市みほんいちだ。


「時間は?」

「9時55分。あと5分だね」


 大きめのシャツにキャップを被ったアクターモードのサンシャインは、えりにひっかけた眼鏡型グラスデバイスを装着して街を見た。

 無数の電子広告がAR上に表示される。表示距離をおさえて中央広場を見れば、ひときわ大きな動画枠がその上空を切り取り、主催であるマルドレート社のコマーシャルを流していた。


「パラ、今日は勝ちにいくから」

「おぉ? なんかヤル気だね。ま、私も頑張るよ」


 動画枠を睨みすえたままつぶやいたサニーの様子を気にした様子もなく、パラミラがうなずく。


「ナビゲートはあたしがやるから、パラは運転に集中ね」

「オッケー」


 アイスのコーンをふちどうしで軽くぶつけ、残りを一気に頬張る。

 ちょうど広場のコマーシャルが止んだ。二人と同じくデバイス越しにチェックしていた観客や参加者たちがわずかのあいだ静かになる。その一瞬に。


『――よっ、よろしくお願いしましゅっ!!!』


 きぃん、と耳が痺れるような大音量でアナウンスが響いた。


『あー! まだマイク入れちゃダメですって、え、このまま行くんですか?』


 続けて大人びた女性の声。ちなみに一人目の声にサンシャインは聞き覚えがある。


『はい分かりました。えー、大変失礼いたしました。長らくお待たせしております、《キャッシング・イン・国際交流公園カクテルパーク》、まもなく開始となります。実況解説はわたくし、フリーメイドアナウンサー扇谷おうぎや琴化ことかと――』

『看板娘ですっ、よろしくおねがいしましゅっ!』


 また噛んだ。というか思い出した、彼女は。


『はいありがとうございます。今回のおどろき役も応募のあった中から独断と偏見で私が選んでまいりました。よろしくね看板娘ちゃん』

『はいぃ、頑張って探してかせいで帰ります!』

『おーっといきなり応募先が違っているぞ。いいですねぇ、こういう天然な感じ。フィーリングで選ぶとこういうことがあるから堪らな……はい?』


ブツっと音声が途切れる。


「……なにあれ」

「なんか名物司会らしいよ。顔出しするときはメイド服で来るって」


 サンシャインのつぶやきに、オペラグラス型デバイスをのぞくパラミラが答えた。仕事を請けるのがやっとな駆け出しアクターには未知の多い街である。


『えー、脱線は仕事をしてからやれ、と怒られてしまいましたので……まずは簡単なルール確認からさせていただきます』


 改まった調子のアナウンス。


『参加者の皆さんは当然ご確認のことと思いますので、観戦者かたがたへ向けた説明を。エリアはこの国際交流公園カクテルパークすべて! 目標はより多くれ! そしてあわよくば賞品トロフィーを! です!』


 景色にポツポツと色とりどりの点が浮かび始める。街のあちこちから風船バルーンが浮かんでいた。それらはある高さまで上がると滞空する。


『もう少し具体的に申しますと、まず前半で参加アクターの皆さんには街中に散らばった《宇宙のタマゴ》を集めていただきます』


 パラミラがオペラグラスの倍率をいじりながら指さした。


「あー、あれでしょ、あの風船の下に付いてるやつ」


 卵型のカプセルが、風船バルーンの浮力と引きあうように風に揺られている。


『タマゴは空、地上、水上それぞれに配置されます。皆さんにはそれぞれのモジュールを活かした回収をお願いします。そして――』


 サンシャインのデバイスに通知が入る。受付で配付されたイベント専用アプリだ。

 スチール板のような台紙に大小の○印が横書きで並んだカードが表示される。


『集めれば集めるほど、ポイントと同時にヒントが手に入ります。それはクライマックスで現れる賞品トロフィーの場所を示すいわば最終戦へのチケット、基準に満たなくとも探索はできますが……』


 大画面にも映った台紙の〇が半端にアルファベットで埋まった。


『こんな感じで微妙に分からないヒントになりますねー、あ、当然これは例文です。なお、少ししか集まらなかった方にもタマゴの使い道は用意してありますので、どうか最後まで頑張って――』


「なるほど、シンプルね」

「これ、タマゴ補充してる人かロボを見つけてあとつけたらいいんじゃない?」


 タブレットに表示したマップをさわるサンシャインに、耳打ちするパラミラ。


「どうかな……あ、ダメね、ルール違反って書いてある」


『なお、ルールおよび交通法規は厳守でお願いします。悪質な違反とみなされた場合、労災ろうさい保険マシマシで警察よりコワいと噂のマルドレート社警備隊けいびたいのお兄様がたが即座にご退場をお願いに上がりますのでご了承をー』


 中央広場の上空でときの声があがり、まるで航空ショーのように飛行バイクが隊列を組む。車両の場合、高度5mから上は警察か許可を得たセキュリティ会社の領域だ。


『さて、ちょうど時間となりましたのでスタートのカウントダウンに入らせていただきます。10、9...』


「乗ろう!」

「よしきた」


 二人はパーキングに停めたGembeeジェムビー-LTにまたがる。パラミラが前でコントローラを握った。

 モーターが始動し四つのプロペラが回転を始める。


『4、3...』


 少しの足場揺れのあと、視界が数センチだけ高くなった。巻き起こった風圧に、周囲の視線がチラリと集まる。


『スタート! いってらっしゃいませ!』


 ダブルスティックの一方がパラミラの親指で倒される。前進しながら高度を上げたエメラルドグリーンの流線形ボディは、ひといきに屋上のフェンスを飛び越した。


「まずは文化学術通りカルチェ シエンシアへ!」



 国際交流公園カクテルパークのメインストリートは十字に四本。


――市街を流れる河川から港を通り中央広場セントラルエリアへ至る道。ポートスクウェア。

――高級ホテルがのきを連ね、東端の歴史自然公園へと続くパークトゥパーク。

――ある文化やキャラクター色の濃いテーマホテルが集まり、朝昼には市場マーケット、夜にはカジノやショーカフェ、ショーバーが開く天河目抜めぬき通り。

――そして市民にもっとも馴染みがある、巨大ショッピングモールやセレクトショップが立ち並ぶ若者の町、プラムストリート。


「んで、なんで文化通りカルチェ? プラムとかのが私ら土地勘あるよ多分」


 地上3mまで高度を落とし、操縦そうじゅうに余裕が出たのかパラミラが訊ねる。

 サンシャインは後ろで人差し指を振った。


「だからこそよ。この街に慣れた目立ちたがり連中と点の取り合いしてたら共倒れになるわ。まずは裏通りと外周を回って手堅く確実に拾うの」

「なーる、慌てる乞食こじきは貰いが少ないってね、サニーちゃんえてるう」


 中央広場のすみを抜け、メインストリートに比べるといくぶん狭く地味な通りへ。ちょうど進行方向に、オレンジ色の風船がタマゴをぶら下げて浮いていた。


「パラ、あれ!」

「見えてる見えてる!」


 プロペラが回転をあげ、角度をさらに傾ける。その時。


『さて、こちらスクリーンでは参加者紹介を――あーっと! いきなり激突か!? えーと、チーム名:《パラ&サニー》へ! 仕掛けたのはRank-A《人機一体マシナリーズワン》マリーピア=カミーレ=マレット選手ーッッ!』

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