→耳をすます

 穏やかな授業後の昼下がりに、電動ドリルの音はよく響く。

 パソコンに向かっていたアンジェはそれにまゆをしかめ、うんと伸びをした。


【学校襲撃しゅうげき事件:証人なき国外審理しんりに反発の声 犯人は送還予定】


 いつもの癖で立ちあげたニュースサイトにはそんな見出しがおどっている。

 学校が襲撃されてから、そしてその犯人が捕まってから、一週間が経とうとしていた。

 占拠に使われた毒ガスが速効性の麻酔にとどまっていたことと、最後にが暴れまわった棟が放課前ほうかまえのクラブルームを主とするものであったことで、奇跡的に死傷者はなし。

 犯人のうち六人は駆けつけた警察により取り押さえられ、は目下逃亡中、ということになっていた。


 コンコン、とドアが遠慮がちにノックされる。


「……こんにちは、アンジェパパ」


 サンシャインだった。最近、放課後はよくここに来る。


「いらっしゃい、サニーちゃん…………今日は、部活は?」

「お、お休み」


 ぼそっと言うと彼女は部屋のすみのほうを向いた。

 サンシャインも、というかあの時学校にいた人間はすべて例外なく病院で検査チェックを受け、半日から長くて二日ほどで退院している。

 そのあとは何事もなかったように、とはいかずとも日常が戻って来ていた。

 時どき、破壊されたクラブ棟から修理工事のドリル音が耳障りに響く程度だ。


「ネットは、ちゃんとお休みしていますか?」

「うん……」

「正しいと、思います。サニーちゃんは、いろいろと正直なので」

「んん、なにそれ」


 力なくサンシャインは笑った。アンジェはわずかに顔をくもらせる。

 公の発表いわく、組織を抜けようとしたマフィアのひとりにサンシャインは、一やくニュースで注目の人物となった。

 ただ事件直後は精神的に不安定だったこともありメディアにはほとんど出ず、退院後も警察や学校の保護のもと一切の取材が断られている。


「みんな大げさよ。カメラやマイクくらい何てことないわ。でも、まあ」


 彼女はわざとらしく肩をすくめてから視線を外す。


「あなたたちが流してるのはウソっぱちですって言えないんなら、黙ってたほうがマシよね、きっと」


 厭世的えんせいてきに、だが確かな怒気をにじませて吐き捨てた。

 これでも落ち着いた方だ、とアンジェは思う。退院後しばらくは泣いているか怒っているか、でなければ呆けているかのどれかだった。


「…………そう、ですね。ごめんなさい、あなたの気持ちを――」

「あ、ううん、いいの! むしろアンジェパパのおかげでシノーは……帰って来れたんだし」


 押し留めるように笑うと、サンシャインは部屋の奥へと入っていく。

 そこには動かなくなったシノー=ファベイラが寝かされていた。


 嘘の証言をしたのはアンジェだ。

 サンシャインを一被害者に留めるため、そして裏社会の潜在的せんざいてきな脅威から守るために、紫皇を“生徒を人質に立てこもった逃亡者”と印象付けた。サンシャインと二人で隠した紫皇が見つからぬよう、外へ逃げたと捜査の目を逸らした。


「様子はどんなカンジ?」


 スーツを脱いだ紫皇のボディはあちこち歪み、穴だらけになっている。周囲にはパーツや銃弾の欠片らしき物が散らばっていた。


「…………目は、さめませんね。修理ロボットは動いているので、何かしら進んではいるのでしょうが」


 もちろんそれらはアンジェの手によるものではない。彼女の専門は人工知能で、紫皇の《中身》は開ければ消える玉手箱だ。


 修理はサンシャインが見つけた《UI Humanoid》の一項目により申請された。

 RepairBotリペアボットなる商品があり、50000EPで購入すると一時間もしないうちに無人航空機ドローンで届けられた。ドローンにはどこの会社のロゴも描かれておらず、荷物を届けるといずこかへと飛び去っていった。


 そして今、紫皇の周囲では腕のはえたダンゴムシのようなロボや、ペンより細長いカミキリムシ的なロボなど、様々な機械が動いている。さながら死体を分解する掃除屋スカベンジャーのようだが実際は逆で、傷口や切開した皮膚に潜って破損個所はそんかしょを直しているらしい。彼らの巣箱の役目も果たす円柱型の機械が本体で、力のいる作業はそちらがこなしているようだった。


「そっか。……ね、シノー、よくなるよね?」


 アンジェはなんと答えたものか逡巡しゅんじゅんする。嘘はつきたくない。下手に希望を持たせることも。


「…………分かりません。なにぶん、初めてのことなので」


 結局そんなことしか言えなかった。元父親失格かもしれないと自嘲。


「ですが、修理ロボが動いている限り、可能性はある、でしょう。すべての工程が終わった時、その結果を受け容れることが、今のサニーちゃんにできる最大限です」

「……っ!」


 サンシャインはきつくうつむいた。ぐるりとその場で反転して紫皇へ背を向ける。


「……うん、そうだね」


 涙を浮かべた顔で笑う。そのまま真っ直ぐにドアへと向かった。


「帰ります、か?」

「ううん、やっぱりちょっと体動かしてくる。この話、もしかしたらシノーに聞こえてるかもしれないし。あたしがヘコんでばっかりじゃシノーも気をつかうと思うから」

「……そう、ですか。ええ、はい、いいですね、それは」


 アンジェは笑って手を振り送り出す。涙には気付かなかったふりをして。

 それから大きくため息をつくと、冷めたココアに粉を三杯追加して飲み干した。


「…………大丈夫、ですか?」


 訊ねる。


「……何がだ?」


 応えがあった。部屋の奥、寝かされたまま微動だにしない紫皇から。


「…………サニーちゃんをあざむくことが、辛くはないですか。もし続けることが無理なようなら、計画自体を見直さなければ、いけません」

「問題ない」


 彼はすでに会話が出来る。確かに目も開いてはいないし身体は損傷だらけでよくなったとも言えないが、意思の疎通は可能になっている。昨日の夜から。


「俺が近くにいれば、またサニーに危険が及ぶかもしれない。そのほうが嫌だ」


 そして目覚めた紫皇はそのことを秘密にするようアンジェに頼んだ。


「俺は目覚めず動かない。サニーが忘れるまで。それが一番いい終わらせ方だと思う」


 それきり黙った紫皇に、アンジェはもう一度ため息をついた。


「…………やはり、人の心というものは、造ることができないのかもしれません」

「どうしてそう思う?」

「本物は、そうスパッと割り切れないものだから、です。いいですよ、物分かりがいいのは。ですが、自分の研究の底が抜けたような気がして……あー沼……」


 ずるずると寝袋をひっぱりだすと、椅子に座ったままもぐり込む。

 チィキィと虫ロボたちの駆動音だけが部屋に響いた。



第一章 了

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