第二章

→とにかく動こう

 マルドレート国際工科学園。

 カナダに本社をおく航空宇宙機器メーカーを母体とする企業立学校で、系統ごとの技術カリキュラムの他にデザイン系の学科を併設へいせつする。

 ミドル、ハイスクールの隣に本国にある大学の研究棟がもうけられ、勤務する教授らは天河という特異な環境下での研究のかたわら、特別授業としてより専門的な講義を行う。


 そんな天河ではさほど珍しくない学校の昼休み。

 サンシャインは教室で机に頬杖ほおづえをつき、窓の外をながめている。


(……シノー)


 思うのは守れなかった面影と、近ごろすっかり窮屈きゅうくつになった自分の周りのこと。

 ほんの一週間前までは無限に開かれているとすら思えた自分の先行さきゆきが、今や細い平均台のように感じる。


(このままでいいのかな……)


 メディアと距離を取るためにネットにさわらないせいで、アクター活動は休業状態。

 なによりサンシャイン自身がCAGという文化に忌避きひ感を抱いてしまっていた。


(荒っぽい連中もいる、くらいに思ってたけど)


 市のニュースサイトにその名が載らない日はなく、公式ではきらびやかでクリーンなスター選手たちの動画が常にアップされる。

 しかしその裏に、あんな殺伐とした世界が広がっているという事実が、サンシャインの理想をいたく傷付けていた。


(……やめようかな、依頼受けるの)


 コツコツとモジュール操作の技能をみがき、プロテストからCAG公式チームに入団するという道もある。競争率はバカ高いうえに給料はないに等しいが、チームの寮に入れればひとまず自立という目的は果たせる。


 はあ、と溜め息。ダメだ、考えが逃げている。

 何かがイヤになったとき、進む方向を変えてはいけない。ロクな場所には着かないから。二番目の父の言葉だ。

 ぱちん、と頬を叩いたとき、その両手が後ろからはっしと掴まれた。


「ぅわ」

「ハイ、サニー。今日はなに? チューリップにでもなろうってわけ?」


 手をとられた姿勢のまま、首をそらして背後をのぞく。

 サラサラとした赤毛がおでこにかかった。流れ落ちるそれに隠れて半分だけの顔が皮肉げな笑みを浮かべている。


「パラ」


 サンシャインは彼女の名を呼んだ。パラミラ=ロウはクラスでもよく話す方、友達だ。


「今日だけで六回目。もうきれいに赤いよ。そんなに自分を追いつめないで」

「別に赤くしようとして叩いてるわけじゃないんだけど」


 脱力して返すと、手を解放してパラミラは机を回り込んだ。


「悩み事?」

「ん、まあ、うん」


 彼女がきた、ということは自分も少しはマシになったのだろうかとサンシャインは思う。パラミラは危機察知にけた娘で、人が本当に爆発寸前のときには近寄ってこない。


「サニーはさ、悩んでても元気だよね」

「はあ?」


 対面から肘をついて見上げてくる友人に、サンシャインはひくりと口端を上げる。


「なんか、せわしい?っていうかさ。落ち込んでちゃダメだー、上向きにならなきゃーって全力な感じ。なんか、見てて面白い」

「あーそう、それはよかったわ」


 フンと鼻をならしてそっぽを向く。からかうならもう少し後にしてほしい。

 パラミラはうひひ、とわざとらしく笑うとサンシャインの机につっぷした。


「もうちょっと落ち込んでてもいいんじゃない?」

「……は?」


 思わず顔の向きを戻す。頬に待ち構えていたパラミラの人さし指が刺さった。


「そんなに急がなくていいじゃんってこと。ほら暑い日とか、クーラーでよく身体冷やしてから外に出るでしょ? それと一緒」

「いや、あんたの奇行は知らないけど……」


 毒気をぬかれた気分でその指を押し返す。というか、そんな不健康な真似をしているからいつもフラフラしているんじゃないだろうか。


「陰気の虫だってサニーちゃんが好きなのサ。愛してあげなよ」

「は? インキの……何?」

「んー、ネガティヴな気持ちって意味、かな?」


 ふーん、と気のない相槌あいづち。たまに妙なたとえや言葉を持ちだすのがパラミラだ。東洋アジアオタク、と言ってもいいかもしれない。


「とりあえず、パラがあたしを元気にさせたくないっていうのはわかったわ」


 真下にあるそのつむじにアゴをのせて押さえると、彼女はぎゅう、とうめいた。


「違うよぉ。ネガティヴなのは充電期間、そっちも大事って話だってぇ」


 なんだ、と開放する。


「最初からそう言えばいいのよ。でもお断り。充電なら夜寝てるうちに済ませるわ。こんな明るいうちからヘコんでるなんてもったいない」

「あー、サニーって太陽光発電だもんね、基本的に……」


 頭頂部をさすって起き上がったパラミラは、スカートのポケットをさぐる。

 その顔が本題とばかりに忍び笑った。


「なら、そんな持て余しぎみなサニーにお願いがあるんだけど」


 机に広げられたのは一枚のプリント。

 カラフルな《国際交流広場カクテルパーク》の写真とともに、ソリッドな飾り文字が踊っている。


【宇宙からのギフトを集めて願いを叶えよう! 飛び入り歓迎、大宝探しキャッシング!】


「……アクターイベント?」

「そ、今週の日曜、カクテルパークでね。じつは私、モジュールを手に入れたからこれを機にデビューしようと思って」

「うそ、いつの間に!? ていうか何で!?」


 これまでそんな素振りは見せたことがなかったのにとサンシャインはいぶかしむ。


「いひひ、まぁそれはほら、誰かさんに触発しょくはつされて、みたいな?」

「あたしかー!」


 ひたいに手をあてて天井を仰ぐ。それならもっと早くに教えてくれてもいいものを。


「でも一人じゃ不安だからさー。一緒に参加してほしいんだよね。かなり初心者向けのイベントを選んだつもりだけど」


宝探しキャッシング》は幅広い難易度をもつゲームで、一つしかない景品をめぐって参加者全員が知恵と体力を尽くすハードなものから、細かな宝物がフィールドに散りばめられ、さらにそこから得られる情報を集めてトロフィーとなる大秘宝を目指すライト層向けまで色々だ。


「そうね、これは観光客向けみたいだし、最後までいけなくても楽しめるっぽい……あれ、主催がマルドレート社じゃない」


 この学園の母体でもあり、サンシャインの脚甲型キックモジュール《Airエア Nockerノッカー》シリーズの製造元でもある。


「うん、大手だし、景品のポイントも羽振はぶりいいんじゃないかなって」


 探索対象である宝物の形態はイベントにより様々だが、その多くはイベント中や後にEPと交換できる。


「よさそうね。それでパラのモジュールは? どんなの?」


 広告から顔をあげたサンシャインに、パラミラは企んだ笑みで応えた。


「今度こっそり持ってくるよ。どう? ちょっとはやる気出た?」


 ぐ、とサンシャインはうまくかつがれたことに気付く。素直に出た、と答えるのがしゃくで、ことさらムスッとした表情を作って返した。


「……あんたって、ビン詰めが開かない時とか、何人もが全力で頑張って無理だった後にちょこっと力入れて開けちゃうタイプでしょ」

「ごめん、たとえがオバさんっぽくて分かんない。私、普通のスクールガールだから」


 真顔でそらとぼけたパラミラの頬をつまもうとして避けられる。

 サンシャインはどかっと行儀悪く椅子に座り直した。


仏教ブディズム聖典コーランをそらみできる女子高生のどこが普通よ」

「うーん、今のは各方面に謝ったほうがいいと思うなー。十字架の付喪神つくもがみサマ以外にさ。あとあれ、呪文みたいに長い人の名前だから」


 ともあれ週末の予定が決まった。

 何もしていないよりはマシだろう、という程度だが少なくとも前向きにはなれた気がする。人助けだし。近ごろ友達付き合いをめっきりしなかった自分へのいましめもかねて。

 帰ったら久しぶりにモジュールをはいてみようとサンシャインは思った。

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