→視点:Sunshine=Davis

 後ろから前へ流れていく景色のなかで、ソレだけが真ん中で止まっていた。


「――シ、ノー」


 サンシャインを突き飛ばした格好で停まったその姿は、一瞬前より十歳はとしをとって見えた。皮下の電気粘性流体が統御とうぎょを失ってたるみのように輪郭りんかくを崩している。

 うつろな、わずかも動かない表情が、どれだけの損傷をその背の刃から受けたかを物語っているようだった。


だ……だってシノー、だって、」


 これまでずっと我慢をして、拒否することも出来なくて。それでも自分を助けてくれて。

 あまり暖かくないその手が自分を持ち上げたとき、確かに感じた。

 これは何かを慈しむための手だ。断じて人を傷つけるためのものじゃない。

 自分が連れて行こうと思った。

 怒りと憎悪ではなく、多くの笑顔や親しみを受けて暮らせる場所へ。正しい場所に居れさえすれば、彼はきっと無二の何かになれると思えたから。


「なのに、どうして? こんなのって――っ」


 くずおれるその背中から、祓巳ふつきが獣のような眼差しでサンシャインをとらえる。

 だがサンシャインの意識は他へ引っ張られていた。

 半分ずり落ちた眼鏡型グラスデバイスの表示。


【不明なモジュール《Cinooh=Favela》が接続を求めています】 8秒前

【許可】【拒否】


「これ……!」


 ためらいがあった。

 自分が彼を便利な道具として見ない自信がなかった。そんな人間のもとに、二度と彼はいるべきではないと思ったから。

 震える指でボタンを押す。

 AR入力はあくまでデバイスと指との相関位置を変換して行うもの。だが確かにサンシャインにはその指先が何かを押し破ったように感じられた。


「分かったわよ、わかったから……っ」


 後悔も恐怖も、今だけは遠くにあった。ただ。


「お願い、シノー、生きて……!」


...

【接続済み《Cinooh=Favela》】


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