→地上に出る


 地上に出ると朝日のにじむ空を風が抜けていくのが見えた。

 団地のある丘の斜面しゃめんに立つ風力発電装置の群れだ。


「はあっ」


 いじけたようにうつむいていたサンシャインの顔が上がる。


「だらしない母親でしょ」


 紫皇を横目に見て少しきまり悪そうに言った。


「いつもああなの。ほとんど家にいなくて仕事と恋愛のことしか頭にない。親子ってより姉妹みたいってよく言われるわ」


 会話プログラムを走らせるが適当な返しが見つからない。紫皇はやむなく人工無能式たんじゅんな応答を行った。


「……親子ってのは難しいな」

「分かったようなことを言うじゃない」


 サンシャインは少し不機嫌になったようだった。


「……サニーの父親は、どんな人だ?」


 周辺の話題への離脱りだつをこころみる。だが対する彼女はふいと目を逸らした。


「あたし、私生児なの。ママが17歳で産んだ子で、父親はその後すぐ失踪したって」


 ソーラーパネルの湖面に浮かぶ桟橋さんばしのような木質タイルの歩道を先に立って歩きながら、空に向かって話す。


「それからママは結婚と離婚の繰り返し。たぶんバツ5だと思うけど紹介されてないだけかもしれないし分からないわ。知ってる限りで最後の父親がどうしようもない人で、一年間ただ家に居座ったあげく少し前に蒸発しいなくなって。おとといくらいまでママも荒れてたんだけどあのぶんだと……」


 大丈夫みたいね、と諦観ていかんぎみの吐息と共にはきだす。

 その間紫皇は処理装置を発熱させながらだらだらと汗を流していた。


「……すまない、デリケートなことを聞い――」

「だからアクターになろうって決めたの!」


 唐突に振り向いてサンシャインは言った。

 そこに先までの物憂ものうげな影はすでになく、意思の光だけがある。


「早く自立したいって思ったから。なんて言ったってあたしはまだ子供で、一人じゃ生きてけない。だったら今から稼げる仕事をしようって」

「そうか、それは」


 合理的で前向きだと紫皇は評価した。

 つい昨日まで抑圧よくあつ的な環境をひたすらに受け容れていた自分とはちがう。


「……立派、だと思う」

「そう? えっへへ」


 サンシャインは上機嫌にくるりと回った。

 丘を降りるとアスファルトの広い道に出る。


「そういえば、昨日あなたのインターフェースアプリをダウンロードしたんだったわ。やたら時間がかかったからそのまま寝ちゃったけど……」

「インターフェースアプリ?」

「え、シノーが分かんないの? えっとほら、これ、《UI Humanoid》ってヤツ」


 つきだされたタブレットにはNewという表示とともにアイコンが浮かんでいる。

 サンシャインがタップすると利用規約もなくメイン画面らしきものが立ち上がった。


「うわっ細かい! 使い方の説明とかないの?」


 無数の項目がタブとして並ぶ。げんなりした声に呼応したように新たなウィンドウが立ち上がった。


【ヒューマノイドに新たな技能パッチをアペンドする】


 歩きを再開したサンシャインの背中越しにはそんな表示が一瞬見えた。


「ふん、ふむ、へぇ」

「……おい、分からないものを下手に触るもんじゃないぞ」

「え、EPおかねかかるんだ。……あ、無料トライアルってタブが……端末登録?」


 追いながら声をかけるも彼女は夢中でタブレットをいじっている。

 そうするうち、紫皇へタブレット端末の接続を求める通知が届いた。


「……これは」

「あ、許可待ちだって。シノー、承認できる?」

「ちょっと待て」


 手のひらを突きだして紫皇は渋面をつくる。

 確かに、昨夜の戦闘後にアプリのURLが紫皇からサンシャインのデバイスへ送信された記録があった。普段の表情筋などと同じく無意識下の処理で検索するまで分からなかった。

 つまりウィルスなどの危険は少ないといえる。むしろマスターありでの完全な機能開放に必要なものかもしれず。

 現状だけを見るならば拒否する必要はないはずだ。理屈の上では。


「分かった」


 シノーは接続を受け容れる。

 だが感情値が《不安》を示しているのは未知の状況だからというだけではないだろう。その状況がサニーの手に委ねられているのがどうにも――。


「あ、オーケー、きたきた。じゃ、ちょっと試しにダウンロードっと」


[Downloading “Cinematic Kung fu”]

 サンシャインが端末をタップすると紫皇の内部ログに通知が流れた。


「……なんのデータだ?」

「よく分かんないけど」

「分からないものを入れるんじゃない!」


 つい声が大きくなった。やはり彼女はちょっと考えが足りないんじゃないだろうか。


「だ、だって無料お試し版よ? そうおかしなものなハズないじゃない」

「何の根拠こんきょもない楽観だ。中断して構わないか?」

「あ、待って大丈夫、ここに説明が――」


 そうタブレットを指さしたサンシャインの目が、彼方かなたへ見開かれた。


「シノー、危ない!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る