→飛来物をかわす

 腕を引かれとっさに動く。その背中を何かがり抜けた。


「YEAHHHH! グッドモーニングだ、デイビス!」


 ガシャアッと武骨な四輪のモーターブーツを滑らせて着地したのは少年だった。

 引き締まった身体に赤と銀のスーツをまとい、ジェットパックを背負っている。


「ヤンス! 今朝はなんだってのよ!?」


 不快をあらわにサンシャインが怒鳴った。

 ヤンスと呼ばれた少年はひざを曲げた着地姿勢から立ち上がると不敵に笑う。


「そう邪見じゃけんにするなよ。わざわざ忠告しに降りてやったんだぜ。ガセネタでシェア数をかせいでも後が続かないってな」

「ガセネタですって……!?」


 ワンレンズ型の眼鏡型グラスデバイスを押し上げてそうさ、とヤンスは言った。


「お前の活動報告リアクション、見させてもらったぜ。まずはお疲れ様と言っておこうか」


 まだ人通りは少ないが、同じ学校らしい生徒も数人見かけた。その全員が制服を着ていた中で彼は異質だ。


「余計なお世話よ、それより――!」

「ガセネタ、だろ? お前が北区の火事に居合わせて解決に協力したってのは」


 からかうように白い歯の下でチッチッと舌を鳴らす。だがその眼差しは探るようにサンシャインを注視していた。


「ホントよ! 証拠のムービーだってあるんだから、見せられないけど!」

「ハハッ、ガキの言い訳よりひでぇなそりゃ」


 うぐるる、と唸るサンシャイン。昨夜のデータは警察に提出され、彼女のデバイスからは削除されている。


「怒るなって。別にリアクションを消せとか言わねえよ。ただ、ほどほどにってことだ。お前のためにな。……ところで」


 そこでようやく、ヤンスは紫皇に目を向けた。


「そいつは誰だ? お前の父親か?」

「っ、この!」


 激高し平手をくり出したサンシャインをいなしつつ、値踏みするように近寄ってくる。

 怒り、もしくは敵愾てきがい心と紫皇はその表情を読み取った。

 

 その時。ポーンという音がサンシャインのタブレットから鳴る。


[Download completed “Cinematicシネマティック Kungカン fuフー”]

 :動作テスト用

 :デバイスからの指示で任意の動作を行う


 ――同時、紫皇は激声した。


「ホォアッチャアアア!」

「うわああっ! なんだぁてめえッ!」


 直立不動の姿勢から一転、弾けるようにたいを開いたその挙動にヤンスが尻餅をついて後ずさった。

 その後ろではとっさに耳を塞いだサンシャインが慌てて端末タブレットを確認している。

 機能がアクティブになった合図なのか――だとしたらとても「おかしなもの」じゃないとは言えないが――半自動的に動いた手足を元に戻しながら紫皇もまた把握していた。つまり。


「えーとえーと、このボタン?」


 サンシャインの指がタブレットを滑る。紫皇はゴムボールのように高く跳躍した。


「アァヂャヂャヂャヂャヂャッ!」

「ひいいィっ!」


 これはカンフー映画のアクションモーション集だ。ジークンドー、酔拳、詠春拳、八極拳、少林拳などの格闘技からだけを抽出した。

 連打の空中蹴りがヤンスの鼻先寸前まで繰り出される。

 ザリザリと尻で後退するヤンスにサンシャインは笑顔で謝った。


「あ、ごめんね、まだちょっと動かし方とか分からなくて。彼、あたしのモジュールなの」

「な、な、な……っ!」


 驚きからか呼吸を荒く乱しながら、距離を稼いだヤンスは紫皇を指さす。


「モ、ジュール、だと? っはあ、馬鹿にするな! それだけ動くヒューマノイドをお前が買えるわけないだろう!」

「あら、試してみる? 彼はきっとあたしのお願いを聞いてくれるわ。あたしが今いちばんしたいことは何だと思う?」


 いーっと歯を見せてタブレットを叩くサンシャイン。

 紫皇はぐいとヤンスへ顔を寄せると、サングラスをとって目をむいた。


「……Don’t think…Feeeeeeeeel」

「っう、ぅお、うぉあああドッキリだな!? ふふふざけやがって! こんな動画をアップしてみろ、俺のファンのお姉さま方五千人が黙っちゃいねえからな!」


 ヤンスは転がり逃れて立ち上がると、宙をフリックする。


起動発射ウェイクアップ!」


 ジェットパックが火を噴き、ジャンプと同時にその体は高く飛び上がった。


「ファッキン、ビッチ!」


 高らかに捨て台詞を吐くと、わきと足の間に広げた翼膜よくまくのようなスーツの一部を操り滑空かっくうして飛んでいく。下から見るとまるで赤い鳥のようだった。


「ふんだ、女の数をかさに着るなんてサイテー」


 べっと舌を出して空を睨むサンシャイン。


「アレはなんだ?」


 たずねると眉間をよせて首をひねった。


「何って言われると……う~ん、ヤなヤツ? 去年クラスメイトで、デートに誘われて勉強するからって断ったらなんか絡まれるようになっちゃって」


 理解し、次は何も入力されずとも自分が前に出ようと紫皇は思う。


「それより、ごめんなさい。あなたを自分勝手に使っちゃって」

「……どうして謝る?」


 紫皇にとって彼女の命令に従うことこそが「安定」に繋がる。それは人間で言うところの自己実現、何はなくとも求め続ける目標だ。

 耐えるように口を閉ざしたサンシャインを見て、何を間違っただろうかと考える。


「あたし、シノーには誰かの道具じゃなくてひとりのロボットとして生きてほしいって思ったの。思ってるのよ、……思ってるのに」


 ひとり、一人、孤独な、という意味だろうか。感情値がふっとネガティブへ揺らいだ。


「……分からない。ロボットは人に命令されなければ動作する意味がない。ひとりのロボットとして生きる、というのは俺にとっておそらく不幸だ。サニーはそうしたいのか?」

「っそうじゃなくて……そうじゃ、ないの」


 続けて何か言おうとし、けれど何も言えずうつむいてしまったサンシャインの肩を紫皇はそっと抱いた。


「へっ……ぁ?」

「すまない、お前を困らせたいわけじゃない」


 すくむように肩を縮こまらせた彼女は、どうしていいか分からないように紫皇を見上げる。それに出来るだけやわらかく、申し訳なさそうな表情を作って言った。


「落ち着いて、よければもう少し話してくれ。サニーの考えを分かりたい」

「う、ん。――――、」


 思わずといったふうにうなずいたサンシャインが直後、むくれて唇をとがらせる。

 するりと紫皇の腕から抜け出すと、背を向けて歩きだした。


「知らない」

「あ?」

「どうせ前のマスターにもおんなじこと言ってたんでしょ、シノーの馬鹿!」


 呆然とそれを見送る。

 何だ? 言ってない、いや言ったかもしれないが、それが何か悪いことなのか?


「……わけが分からん。ええい、なんだ、くそ」


 無性に悪態が口をついて出るこのパターンをなんと名付けるべきか。

 紫皇とサンシャイン、似たような表情をした二人が連なってずんずんと歩いていく。状態はそれから二分ほど続いた。

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