→風船へ手を伸ばす

 トットットッと接地の衝撃を感じさせない足音が背後にせまる。

 人と変わらぬ歩幅を感じさせるそれは、しかし明らかに異なっていた。


「えっ、あたしたち!?」


 いきなりアナウンスされた自分たちのチーム名に二人の気がわずかにれる。

 パラミラが駆るGembeeジェムビー-LTの真下を、静かな駆動音が走りぬけた。


「――っふ!」


 ビル壁にむかって地を蹴り、窓枠を懸垂けんすいのごとく登攀とうはんし、さらに宙へ跳躍したからだが反転する。太腿だいたいから下を換装した白銀の人造器官が空に逆立ち、のばされた手はジェムビーの目前だった風船をするりとかすめ取っていた。


「う、わっ!」


 パラミラが制止と方向転換を同時にコマンド。飛行バイクにスリップはないが、機体は入力された通り横すべりしながらフラフラと後退する。


「パラ、ストップ! ぶつかっちゃう!」


 背後に大きなドーム状の施設が迫っていた。ギリギリでコントローラをニュートラルへ。

 その時にはもう、マリー・ピアの背中ははるかに先行していた。


り合いを制したのはマリー・ピア選手です! なんともはや素晴らしい!』

『はあぁ、びっくりしました、でも、キラキラして綺麗な脚……』


 実況二人の声にようやく、サンシャインは客観的に何をされたか悟った。


「うっそ、こっち制限速度いっぱいだったんだけど」


 パラミラが信じられないというようにつぶやくと同時。

 通話の着信があった。

 サンシャインのデバイスに“Marie-Pier=Camille=Maillet”の名で。


〈――いいバイクだな。私の義足あしには及ばんが〉

「なんであたしのアドレスをっ、邪魔するつもり!?」

蛮勇の徒ドン・キホーテにも風車くらいは必要だろう? 競争相手を買ってでてやるんだ、感謝するといい〉


 一方的に通話は途切れた。サンシャインはパラミラの肩に置いた手を握りしめる。


「宣戦布告ってわけね」

「いたい痛い、どうする? 対岸に行く?」


 既定のルートへ機首を戻しながらパラミラが川向こうを示した。橋はパークの両端に架かっているが遠い。飛んで対岸のビジネス街へエリアを変えればマリー・ピアとはぶつからずに済むだろう。


警告灯ハザードつけて速度あげて!」


 だが、やられっぱなしでいたくないと胸の内が騒いでいた。


「追う気? あれこそ潰し合いになると思うけど。そもそも勝てるか――」

「ああいうのは初めにガツンとやらないと調子に乗るのよ!」

「ふぅん、なるほど、了解!」


 機体がぐんと速度をあげ、マリー・ピアの背に迫る。メーターは制限速度を振り切った。


『あーっと《パラ&サニー》猛追! これはスピード違反か?  ハザード? 故障トラブルでしょうかって通るかそんなもーん! ペナルティ取りますよー! ……え?』


 マリー・ピアが目指す次なる風船へ、一直線に距離を詰める。ジェムビーのフロントモニターにスピードオーバーの表示が大きく点灯していた。


「もうちょっと……!」

「ねぇこれ捕まらない!? 私知らないよ! まだ!?」


 再びマリー・ピアが街路樹がいろじゅを足場に跳ぶ。ぶつかりそうな距離感にパラミラが思わず進路をズラした。


「ったあ!」

「むう!」


 あわや衝突という交錯の直後、マリー・ピアは握った手に何も持たず落ちていく。機体から半身を乗り出したサニーの手に風船はあった。

 プツッとアナウンスのチャンネルが開く音。


『……えー、序盤から熱戦が繰り広げられております。Gembee-LT、制動機構には本イベントの主催でもありますマルドレート社の技術が使われております。以上、スポンサーの意向でした』

『おかえりの際はメーカーショップにもぜひぃー』

『ああっ、無垢むくな童女が汚い大人の口上に染まっていく……』


 急減速したパラミラの肩が大きく脱力した。何も言わないその背中を、サニーは乾いた笑いとともにつつく。


「えっと、パラのお父さんに教えてあげたら? 贈り物のセンス良かったよって」

「あんたのママにもね。お子さん血色よすぎ」


 非難がましく言ってから、後ろへ手のひらがかざされる。

 小さなハイタッチの音が響いた。

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