→作戦を決める

 文化学術通りカルチェ シエンシアを横切るいくつかの小路のうち一つを、サンシャインは指示した。


「そこ、右に曲がって!」

「あいあいさー!」


 パラミラがかじを切り、機体は狭い通路をすり抜けるように飛んでいく。

 一度やり返したことでマリー・ピアとの勝負はイーブン、あとは別の道を選んだところで逃げにはならないとサンシャインは自分を納得させた。


「追ってくるかなー?」


 ちらりとサイドミラーを気にしてパラミラ。


「いくら機械の足だからってずっとトップスピードで走れるわけじゃないわ。ついてくるなら散々ふりまわして諦めさせるまでよ!」


 マリー・ピアの全速はジェムビーの法定速度をおそらくしのぐが、数キロも流せば置き去りにするに充分だ。昔に比べて劇的に改善されたとはいえ、体幹たいかんや接合面への負荷はいまだ義肢ぎし研究の課題の一つとしてある。

 当人もそれは承知のはずだ。さっきのは勝負の挨拶、ということだろう。


「オッケー、ところでサニー?」


 両側にせまるビル壁にやや固い姿勢でコントローラを構えながら、パラミラが訊ねる。

 

「さっきのあの人、テレビで見たことあるけど、知り合い?」

「う」


 どう説明したものかとサンシャインは口ごもる。正直に話せば紫皇のことまで話が及ぶ。


「ま、負けたくない相手、かな。ちょっとフクザツな事情ってやつで――」

「男か」

「ちが……っ、う、ような、そうとも言うような……ゴメン」


 赤くした顔のまましょげる。

 パラミラはちらとバックミラーをのぞいたあと、不機嫌そうに鼻をならした。


「なんで謝んのさ?」

「だって、パラのこと応援したいと思って引き受けたのに、自分の都合で動いちゃってるし……さっきのことだって」


 壁と壁の狭間はざまは窮屈で、ともすればどちらかにぶつかりそうだ。パラミラは要領よくその隙間を抜けていく。


「……いいよ、商売抜きなんでしょ? それにサニーのそういう話って面白そう」


 ニヤリとミラー越しに向けられたその右目にサンシャインはうっと身構えた。

 これは根掘ねほ葉掘はほり聞かれる流れだろうか。自分でも整理できていない気持ちについて人に話すのは、その過程で本来の気持ちすら歪めてしまいそうで少し怖い。

 パラミラはふいと正面へ向き直った。


「まぁその話は後で聞くとして。勝ちたいんだよね?」

「う、うん。勝って、それで叶えたいことがあるの。相談もしないで、自分勝手だって分かってる。でも――っ?」


 うるさそうにパラミラが耳元で振った手に、続きはさえぎられた。


「はいはい、それも後で聞くからちゃんとナビしてよ。今さら降りるなんて言わないって」

「パラ……」


 その声が胸に温かく、サンシャインは思わず目の前の背中を抱き締める。


「おっ、わあっ、なんっ……!?」

「ありがとう、パラ!」


 ぐらりと機体が上昇し、さらに修正した勢い余って下降する。一瞬、地面が目と鼻の先にあった。


「「きゃあああっ!」」


 ギリギリで持ちなおしたパラミラが、ヤマアラシのように背中を震わせてサンシャインを振り払う。


「馬鹿、なんでいきなりそういうことするわけ!? こっちはこれで結構緻密ちみつなことやってるんだからさぁ!」

「ごっごめん! 嬉しくて、つい……」

「ったくもー」


 見えてきた大通りを目指し、ジェムビーは再浮上する。


「で? どこいけばいいのさ?」

「ちょっと待って。思ったより外側に見える風船バルーンが少ないの」


 人気ひとけの少ない道を選んで、競争率の低いタマゴを集めていく。それは必然的にパークの中心からは外れる戦略だ。もとよりタマゴの設置率は高くないだろうと踏んではいたが、見える限りでは予想よりさらに少ない。


「どうしよう、中央で戦う? でも激戦区じゃ小回りが利くモジュール有利だし……」


 サンシャインは唸る。そこへパラミラがふと思いだしたように言った。


「ねぇ、私、過去の大会とか見てちょっとだけ予習したんだけど」

「覚えてる? 始まる前、タマゴには他の使い道もあるって言ってたの。それって多分……」

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