第37話 思い出の撮影会

 その日、彼は会場中のちびっ子たちと一組の若いカップルの笑顔を守った。

 誰にも言えない想いを背負い、本当の気持ちを仮面に隠して。


 夏希の機転により無事ステージを終えた仮面ドライバー・フブキは、そのままファンサービスのためちびっ子たちとの写真撮影をこなしている。

 番組宣伝用の巨大パネルの前に立ち、ちびっ子を抱っこしているその様子は、本当にテレビから抜け出してきたかのようだった。


 夏希は運営スタッフのひとりとして彼の傍らに立ち、一緒に子供たちの相手をしている。

 生来の子供好きということもあり、仕事中だというのにいつになく表情が穏やかだ。

 そのことを同僚の吉岡 麗などにツッコまれると「うるさいなぁ」と照れ隠しに唇を尖らせるのであった。


 会社側のもうひとりのスタッフである男性社員・佐々木は、さっきから反省しきりである。

 自分の癇癪のせいで仕事をひとつふいにするところだったのだ。

 彼はヒーローショーの運営責任者に対して、ひたすら頭を下げていた。しかしそれはイベントに穴を開けた運営側も同じことで、彼らはとにかくお互いにずっと謝り続けている。

 見栄を張ったり、怒ったり、謝ったり。

 男の世界は本当に面倒くさいと思う――夏希は佐々木の顔を立てて、見て見ぬフリをした。


 撮影会も順調に進み、しばらくして例のカップルに順番が回ってくる。

 幸せのオーラを全身にまとっているというか、なんというか。

 何度見てもお似合いだな、と夏希は思った。


「さっきはすみません。せっかくのお楽しみのところ……」


 夏希は彼らに頭を下げた。首に掛けたスタッフパスが、重力に引かれてスイングする。

 ユウは――渚から名前を聞いたが夏希は忘れた――恐縮したように「いいえいいえ」と開いた両手を前に突き出した。


「こんな素敵なヒーローショーを見られて感謝ですよー。もう興奮しちゃって。ね?」


 ユウは隣にいる優しげな女性に声を掛けた。

 まるで鈴のようにコロコロと愛らしく笑う彼女は「ええ」と一言だけ答えて、フブキにおじきをした。出しゃばらず、騒がず。とても品のいい女性だ。夏希が好きになるタイプではないが、お姉さまと呼びたい感じではあった。


「あの……大島さんってもしかして『多肉植物』のひとですか?」


 ユウが夏希のスタッフパスを見て、遠慮がちにたずねてくれる。

 さっきはバタバタしてろくな挨拶もしていなかったので、フブキの『中の人』との関係などはとくに説明していない。

 渚がいうところの『天然』たる所以だろうか。ホワホワしているようで意外に勘が鋭い。


「そうです、そうです。コレの代わりに選んでくれたそうで。大切に育ててます」


 コレ、と隣に立っているフブキを指差して夏希が言った。

 するとユウとその彼女は、まるで我がことのように「それはよかった」と喜んでくれる。


 ああ……底抜けにいいひとたちだ……勝ち目ないわアンタ――。


 憐れむような気持ちでフブキを見上げる。

 その間も彼は、ちびっ子たちとの握手で大忙しだったが。


「あの稗田さ――じゃなかった。フブキさん」


 名前を呼び間違えそうになって、ユウは彼女から甘い肘鉄砲を食らった。

 特撮ヒーローモノにおいては彼女のほうが先輩である。

 ちびっ子の目が届くところでは『中の人』などいないのだ。


「今日はありがとうございました。また誘ってください。あ、今度ごはん行きましょうよ」


 フブキは子供たちがいるところでは声を発することはしない。

 ただコクンっと大きくうなずいた。


 ユウはフブキとガッチリ握手をすると、彼女と三人並んで記念写真を撮った。

 そしてこの状況では『中の人』と一緒に帰れないので「お先に失礼しますね」と、彼女とふたり水入らずで、デパートの買い物客のなかへと消えていった。

 その背中を見送るフブキの切ない佇まいに、夏希は胸を痛める。


「ナイスファイト、フブキ」


 夏希はフブキのお尻をポンっと叩いた。


 会場はすでに撤収作業に入っている。パイプ椅子は片付けられ、ステージの解体に取り掛かっていた。

 長かった撮影会の列も間もなく終わりを迎える。

 熱気を放っていたちびっ子たちの姿もいまでは数えるほどだ。


 そんななか夏希らのいるイベントスペースに向かってやってくるスーツ姿の一団があった。

 彼らは威厳のある壮年の男性を先頭に、まるで大名行列でもしているかのようだ。

 その光景を目の当たりにしてざわつくデパートの買い物客たち。

 夏希にしても医療ドラマの院長総回診でも見ているかのようだと錯覚した。


 しかしその状況にざわついていたのは、なにも買い物客だけではない。

 夏希の同僚である佐々木や麗、ヒーローショーの運営スタッフたち。それからデパート側の係員や会場の設営スタッフたちもである。

 なかでも「ヒエダ警備保障」から派遣されている警備員らは、一部の持ち場を離れてはいけないスタッフ以外が慌てて列をなして、一団の先頭にいる人物へ礼をした。

 まるで『ヤの付く職業』のひとたちのようである。


「おいアレ、『稗田グループ』の会長だよな? 経団連の役員の――」


 そんな声が夏希の耳に届くなか、一団はヒーローショー会場の横でその足を止めた。

 回遊魚の群体が形を変えるかのようにうねって止まる。

 文字通りの『頭』である『稗田グループ』の会長と呼ばれた男は群れから離れ、ゆっくりとした歩調で夏希のほうへとやってくる。

 その足取りに迷いはない。確実に夏希を目指しているようだった。


 白髪交じりのオールバックに、燃えるように逆だった眉毛が印象的だった。

 夏希を見つめる目は眼光鋭く、思わず身構えてしまう。

 ふとフブキのほうを見るとちょっと震えているように思えた。


 まさか――。


 そう思った夏希は、そっとフブキの前に立ちはだかった。


「大島――夏希さんですね」

「え?」


 見た目の印象とはうらはらに、とても落ち着いた声で彼は言った。


稗田ひえだ 悟海さとみと――申します」

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