第32話 コンビニ

 日曜朝のけだるい時間帯。

 軽めの朝ごはんを済ませたふたりは、近所のコンビニへとやって来ていた。

 通勤のために毎朝バス停へと通う同じ道も、休日となれば全く景色が変わって見える。

 夏希が鼻歌交じりにスキップすると、渚はポケットに手を突っ込んでまるで他人のふりでもするかのようにあとからゆっくりとついてきた。


 自動ドアが開く。

 店内からは「いらっしゃいませ」のやまびこと共に冷気が押し寄せてきた。

 チリチリと陽に焼かれた肌が一気に冷やされゆく。

 これもまた夏場ならではの贅沢さだと庶民派の夏希などは思うのだが。


 レジには男女ひとりずつの若いスタッフが配置され見栄えもいい。

 品出しをしているアルバイトもキビキビと動いて心地よかった。

 渚から聞いた話では、このコンビニはまだ新装開店して間もないということだった。

 確かに店構えもフロアもピカピカである。

 とくにスタッフの接客がいいと常々思っていた。しかし――この体制がいつまで続くだろうかという一抹の不安もある。

 モチベーションの高かったオープニングスタッフの離脱は、そのまま接客の劣化を招く。

 常連客としては一日でも長く使い心地のいい雰囲気を維持してもらいたいものだが、なかなかそうもいかないのがサービス業の難しさである。


 そんな詮無いことを考えていると、渚はすでにカゴをぶら下げてフロアを練り歩いている。

 よくコンビニで客が買い物カゴを手にすると店員がいい顔をしないというが、レジにいる若い男女スタッフに嫌悪の表情は見られなかった。

 よく訓練されているのか、はたまたただの都市伝説なのか。


 一方の渚はそんなことはお構いなしに雑誌を物色中である。

 車雑誌や男性向けファッション誌をはじめ、モノ系や時計専門誌とジャンルの幅は広い。

 夏希は彼の隣に並んで、負けじと姉系雑誌に手を伸ばす。


「巻き髪でもすんのかぁ?」


 見ていないようでよく見ている。

 夏希は「ふん」と口を尖らせると、渚に背を向けた。


「別に」

「別に――あっ」


 口癖を取られて思わず振り返る。すると渚は「くっくっく」と雑誌で顔を隠して、いやらしく笑っていた。


「真似すんなよー」

「いてっ。商品で殴るな馬鹿。店員さん見てんぞ」

「買いますぅ。ほれ、カゴ」

「おい。会計一緒かよっ」

「いーじゃん。あとで払うから。ほらカードにポイント付くからお得でしょ?」

「……あとで絶対精算させるからな」

「へいへい」


 しぶしぶ突き出された買い物カゴに、夏希は手にした雑誌を入れる。そこにはすでに数冊の雑誌が入っていた。『理想の体型を手に入れろ。自宅で出来るお手軽トレーニング』系のムック本で、細マッチョの男性モデルが表紙にデカデカと載っているヤツだった。

 それを見た夏希は目を、糸のように細めて渚を射抜く。


「おまえこれ……エロ本の代わりじゃないだろうな……」

「……」


 渚は顔を背けたまま立ちすくんでいる。夏希は念のため反対側へと回り込み、どんな顔をしているのか見てやろうと思った。しかし回り込んだら回り込んだで、今度は反対側を向く渚。

 夏希は「おおぅ」とため息をついて、両手で顔を覆う。


「コンビニの店頭からアダルト雑誌が駆逐されようかというこのご時世に、この男は……」

「か、勘違いしないでよねっ。これただの健康オタク向け雑誌だからっ」

「ツンデレの解釈が間違っているっ」


 渚はそそくさと雑誌コーナーから離れると、飲料水コーナーの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 追いかけていった夏希は、途中で手にしたポテチとチョコレートをカゴへとぶち込む。

 問答無用の入れっぷりだ。


「おまえだってレジの店員さんカワイイとか思ってんだろうが。この万年発情女がっ」

「べぇ~。いまはシブちゃん一筋だも~ん。……ってまあ……カワイイかな……」

「ほれ」

「うるさい馬鹿。ヘンタイ。マントヒヒ」

「マントヒヒ関係なくない?」


 冷蔵庫のガラスにうつった夫婦漫才のような自分たち。

 これにはお互いあまりの馬鹿馬鹿しさに気づいたらしく、苦笑いだ。

 今回は痛み分けということで、夏希はロング缶のビールを二本カゴに入れた。多少高くついても発泡酒は飲まない。それもまたふたりに共通していることのひとつだった。

 でも――。


「ドラッグストアとかで買ったほうが安くない?」

「いーの。いま飲みたいの。日曜の朝からビールなんて最高じゃない?」

「――俺これから仕事なんですけど」


 露骨なジト目で視線を送ってくる渚をよそに、夏希はおつまみを物色していた。


「いいじゃない。また例のお花屋さんとこ行くんでしょ?」

「ま、まあな」

「あ! 誘ったら?」

「どこに?」

「ヒーローショー」

「おいおい。日本国民全員が特撮ファンって訳じゃないぞ」

「分かんないじゃん。聞いてみなきゃ」

「マジかよ……」


 とは言いつつも渚の顔もまんざらではなかった。

 夏希はテテテッとお菓子コーナーの棚へと走り、何かを掴んで戻ってきた。


「はい」


 渚に手渡したそれは、仮面ドライバー・フブキのキャンディトイだった。風と猛禽類をモチーフにした流線型のデザインをさらにディフォルメした、ミニチュアフィギュアが付いている。

 もはやどっちがメインで、どっちがおまけなのかという話であるが、そんなことはいまに始まったことではない。


「クジで当たったからあげるって言いな。それから反応見て誘えばいいよ」

「おまえ――」


 びっくりしたような、それでいて感心しているような。

 渚の反応が新鮮で、夏希は思わずニッコリとなる。彼はこういうところがウブだと思う。


「おまえ――手口が巧妙すぎやしないか?」

「手口とか言うなー!」


 レジでホットスナックの唐揚げを買い、しめて四千二百五十円也。

 そのうち六割方は夏希の買い物だが、結局この日の精算は踏み倒されることになるのを渚はまだ知らない。

 がんばれ渚。負けるな渚。

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