第31話 『第四十五話 かなしみの向こう側に』

 仮面ドライバー・フブキは、悪の組織リバースによって作られた改造人間である。

 洗脳から解き放たれ、正義の心に目覚めた風吹ふぶき 京四郎きょうしろうは、日夜リバースとの戦いに明け暮れている――。


 このナレーションからオープニング曲の掛かる日曜朝の特撮番組、仮面ドライバー・フブキはいわゆる平成仮面ドライバー・シリーズと呼ばれる作品群の最新作である。


 全体的に懐古主義に走ったその作風は、原点回帰が叫ばれ続けてきたシリーズのなかにあって抜群の人気を誇っていた。


 子供たちはおろか、その親、さらには祖父母世代をも巻き込んだ一大ブームに、世間はつかの間の「昭和」を感じている。平成もあと数年という今日このごろ。未来への期待と不安が絶妙に入り交じった世界観とシナリオに、シリーズ最高傑作との呼び声も高い。


「あ~あ。フブキももう終わっちゃうね」


 こんがりと焼いたバゲットを口に運びながら夏希が言う。昨日に引き続き休みである今日は、存分に朝寝坊をして寝癖も凄いことになっている。

 しかし、その声色には混じりっ気のない無念さが浮かんでいる。

 テレビでは仮面ドライバー・フブキの第四十五話が放送されていた。


 日曜の朝を席巻する二大特撮番組である仮面ドライバー、そして戦団シリーズは、共に一年間続けて放送される四クール番組だ。その話数はおおむね五十話前後であり、かつては両番組とも同じ時期に放送開始、または終了していた。


 しかしそれではおもちゃを始めとする関連商品が競合し、売り上げがすぐ底打ちしてしまうという兼ねてよりの懸念から放映時期を半年間ずらすという処置がなされた。

 その時放映されたのが平成シリーズ十周年作品となる仮面ドライバーXXダブルエックスである。

 本作品は通常放送回の三十二話だけ制作され、三度にわたる劇場版にて完結を余儀なくされた不遇のヒーローとしてファンの心に刻み込まれていた。


 その結果、仮面ドライバーシリーズは大体八月末でつぎの作品にバトンタッチという流れになっているのだ。


「先週のカミカゼが死んだ回はネット上がどエラいことになってたな。二号ドライバーが最終回前にいなくなったのっていつ以来だ?」


 などと渚が神妙な面持ちで返してくる。

 子供もいない家庭で、いい歳した大人ふたりが真剣に特撮番組を視聴している姿はじつに平和的かつ日本的である。

 あと数話で贔屓の番組が終わってしまう――彼らは心の底から名残を惜しんでいた。


 渚もまた夏希にならってバゲットを食べている。

 日曜の朝食用にと、夏希に頼んで例のパン屋で買って来てもらったのだ。

 一口で分かる市販品との違い。

 なるほど並んでも買いたいというのもうなずける。


 このパン屋の味でふと思い出すのがフラワーショップ『ぱんだ』の美山みやま ゆうである。

 いつも世話になっている――という口実でカツサンドを差し入れたあの日。

 胸元に軟膏を塗ってくれた優しい手つきが脳裏に生々しく思い返され、不覚にも夏希がいる前でだらしない笑顔を晒してしまう。


「……なに笑ってんのよ」

「うぇ?」

「『うぇ』っじゃないでしょー。あと六話でフブキ終わっちゃうってのに、なんでそんな顔出来るの? 信じられない」

「悪かったよ。ちょっとほかごと考えてた。俺も悲しいって」

「うわっ。てっきとー。愛を感じないわ。愛を」

「あ? 俺のフブキ愛なめんじゃねえぞ。こちとらヒーローショーだって観に行ってんだ」

「え、うそ? 写メとかないの、写メとか」


 嬉々とした表情で手を伸ばした夏希に、「ほれ」とぶっきらぼうな態度でスマホを渡す。

 そこにはステージ狭しと躍動する仮面ドライバー・フブキの姿が。

 天高く舞い上がり、必殺のドライバーキックをリバース怪人に炸裂させているシーンが何枚にもわたって激写されていた。

 見切れている子供たちは指ぬきタイプのうちわを懸命に回してドライバーを応援している。


「うわ~すご~い。司会のお姉さんかわいい~」

「そこかよっ」


 渚は余計な写真を見られないよう夏希からスマホを取り返す。

 それを察したのか「チッ」と小さく舌打ちが聞こえた気がした。


「あ、そういや知ってる?」


 夏希がバゲットにジャムを塗りながらそう言うと、渚は「なにが?」と返した。

 バゲットの皿は綺麗になくなり、野菜スティックとフルーツスムージーを口にする。両方とも裏のお婆さんからもらったものだ。傷む前に使い切ろうと、ここ数日は野菜食が続いている。


「今度、駅前のデパートにフブキ来るんだよ。平日だけど」

「なにそれ。どういうこと、詳しく」


 ちゃぶ台に身を乗り出し、早口にまくし立てる渚。

 ジャムを塗ったまま夏希はそれをひょいとかわして「どうしようかな~」などと勿体つけて、渚をからかっている。


「ほら。この間から会議で使う資料作ってるって言ってたじゃない? それの関連でイベントがあって、前々からヒーローショーを呼ぶことになってたのね」

「マジでか!」

「もしよかったら観に来たら。あたしもその日、会場にいるから」

「いやしかし……大の大人が平日の昼日中に堂々とヒーローショー観に行くってのも――」

「本音は?」

「行きます。めっちゃ行きます」

「よし」


 一方、テレビ画面の向こう側では戦闘が佳境を迎えていた。

 最強のリバース怪人・北の将軍ことロケットマンと対峙している。ロケットマンは先週死亡した仮面ドライバー・カミカゼこと花札はなふだ 怒鳴どなりとの戦いで深手を負っていた。

 果たして風吹 京四郎はロケットマンに勝てるのか?


 次回、仮面ドライバー・フブキ『第四十六話 光れ! 友情の刃』につづく。

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