第40話 ケーキバイキング

 夏希の所属している部署は『とある理由』で今週の土曜日は出勤になっている。

 今日はその振替で先取りの休みとなった。

 奇しくもヒーローショーの翌日ということで、今日は「お疲れ様」の意味も込めてケーキバイキングで女子会をしている。

 といってもメンバーはいつもの三人なのだが。


 平日の昼下がり。

 夏希、麗、シブちゃんの三人は、小綺麗な奥様たちに混ざってテーブルに陣取っていた。

 ここはシブちゃん行きつけのスイーツカフェで、有名ホテルで修行を積んだパティシエが仲間と共同経営しているらしい。

 月に二度ほどこうやって、客寄せのためにスイーツブッフェを開催するそうだ。


 酒飲みの夏希にとってそれほどテンションの上がる企画ではないものの、ホールに所狭しと並べられたケーキやタルトを目にすると、やはり興奮するものだ。

 アレも食べたい、コレも食べたいと目移りしていると、あっという間にトレイはケーキで埋め尽くされてしまう。


 ケーキの取り方によっても性格が出る。

 麗はとにかく元を取ろうと、高そうな商品を狙っていく。

 一方、夏希はといえば、おもにチョコレートケーキとあまりフルーツを使ってないものを。生クリームもフルーツも好きだが、合わさるとどうにも苦手だった。


 そしてシブちゃんは――。

 言うまでもなく文字通り「端から端」である。

 まさしくてんこ盛りになったトレイに、店内のお客さんたちの視線を集めた。

 しかしそんなことには気にも留めないシブちゃんの男らしさに、夏希はあらためて惚れ直すのだった。

 厨房で働くひとりのパティシエがその光景を眩しそうに見つめている。

 きっと彼からしてみても、これだけ食いっぷりが良ければ作り手冥利に尽きるだろう。


「あらあら。おふたりとも少食ですね」

「そりゃアンタを基準にすれば、誰だって少食になるでしょ。ねえ夏希?」

「え? あーうん。でもいっぱい食べるシブちゃんが好き」

「私もなっちゃん大好きですよ」

「やったー」


 いつものようにスキンシップ。というか公認セクハラとでも言おうか。

 テーブルに山盛りとなったスイーツを前にして、夏希はシブちゃんに抱きつくのだった。


「じゃあ食べようかね」


 麗がティーカップを片手に目配せした。

 アールグレイの素敵な香りが夏希の鼻先を撫でてゆく。


「いっただ……きます」


 ついつい渚といるときの調子ではしゃぎそうになるが、人前だということを思い出した。

 慣れというものは恐ろしい。

 そしてシブちゃんは凄まじい勢いで目の前にあるケーキの山を突き崩してゆく。

 なんぼプチサイズとはいえ、ケーキは飲み物なんて言葉はあったかと。


「シブ……またちょっと太ったんじゃない?」

「ケーキを食べて、幸せ太りです」

「私の知ってる幸せ太りの概念とちょっと違うということだけ、お伝えします」

「それはどうも」


 ふたりのやり取りが面白くって、スイーツどころではなかった。

 夏希は甘くなった口のなかをリセットするように、濃いめのカプチーノを一口含む。


「あれ? なっちゃんケーキはあまりお好きじゃないですか?」

「え? ううん。そんなことないよ。あ、でもフルーツ多めよりチョコケーキが好きかな」

「へえ~そうなんですねぇ~」


 するとフォークの先でモンブランをもてあそんでいた麗が「いるよね、そういうヤツ」と茶々を入れてくる。


「なんだよぉ~」

「味覚がお子ちゃまなんじゃないの? まあ見た目もだけど」

「うるさいなっ」


 同い年なのに、この違いは一体なんなのか。

 麗の色香と、シブちゃんの懐の深さ。

 これから先何年経とうとも、おそらくこのふたりの前ではこうなんだろうなと夏希は思う。


「それよりさ。昨日のアレなんなの?」

「アレって?」

「『稗田グループ』の会長さん。やっぱり御曹司の嫁になるとかそういう話?」

「ちょ! やめてよ。そういうんじゃないってば」

「じゃあ何だってのよ」

「だからぁ。いま住んでるお家が先代の会長さんのお家でぇ。その親戚のひととシェアしてるからさ……挨拶とか?」


 可愛らしく小首を傾げて、何とか話をはぐらかそうと努力はした。

 だがそんなことに動じる吉岡 麗ではないワケで。


「『とか』じゃないし。たまたま視察に来てたって話だけど、わざわざ課長のとこにアンタが当日どこにいるかって問い合わせがあったそうじゃない。どうなってんのよ」

「それは~その~。あたしにもさっぱりぃ」


 渚の大叔父である柊老人が暗躍した結果だ。

 あの日、夏希と出会ってから色々と画策していたらしい。渚がちょっとキレ気味に電話で確認していたのを隣で見ていた。柊老人もまさかその場に渚がいるとは思っていなかっただろうに。


「ま、まあそれはいいじゃない。食べよっ。時間がもったいない……ってシブちゃん?」

「ふぁい?」


 あれだけ山のように盛られていたシブちゃんのケーキが、もはや一切れというところまで減っていた。彼女は幸せそうな顔をして、最後のひとつを口に運ぶ。


「むふっ。しあわせぇ~」


 おもちのようなほっぺたをタポタポさせて、シブちゃんが微笑む。

 夏希もそれを見て、ただただ胸がいっぱいになるのだった。

 時間制の食べ放題はまだまだ始まったばかりである。

 シブちゃんはハーブティでお口のなかを清めると、当然のように二回目のケーキ選びへと旅立つのだった。

 その後ろ姿はまさに歴戦の勇士バイキングのようである。

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