第36話 喝采

 ピンポンパンポーン。


 本日もご来店いただき、誠にありがとうございました。

 平素よりのご厚情を賜り職員一同、心よりご御礼申し上げます。


 本日は、一階イベントスペースにて「ヒーローショー・仮面ドライバー・フブキ」を上演させていただきます。見料は無料となっております。皆さまお誘い合わせのうえご来場ください。


 開演に先立ちまして本日のイベントを主催されます株式会社サイトーさまのご紹介を――。


 独特なクセのある口調で館内アナウンスが鳴り響く。

 その間にもバックヤードでは着々とショーの準備が進んでいた。


「いい? このショー絶対に成功させるわよ!」


 すでにコスチュームを身にまとった演者たちが円陣を組んでいる。

 怪人、その手先の雑魚兵たち。そして主役の仮面ドライバー・フブキの姿もある。

 しかしその中心にいるのは何故か夏希だ。

 プロダクションの責任者そっちのけで、何故か彼女が陣頭指揮を取っている。


「演目はこないだ放送された第四十五話の戦闘シーンのダイジェストよ。最後はロケットマンにドライバーキックを放って退散させる。OK?」


 フブキは無言でうなずいた。

 恵まれた体躯にヒーロースーツがよく似合っている。本職を見慣れているはずのプロダクションのひとたちでさえ感嘆したほどだ。


「あと雑魚ちゃんたちは殺陣とか気にしないで本気で襲いかかってくれる? このひと全部さばいてくれるから、かえってそのほうが安全だから。でも受け身だけはしっかり。いい?」


 夏希は隣に立つ仮面ドライバー・フブキの肩を叩いて豪語する。

 混じりっけのない真剣な表情に誰もが息を呑むなか、今度はアルバイトスタッフの雑魚兵たちがうなずいた。


 ――それでは上演をお楽しみください。ピンポンパンポーン。


 館内アナウンスが終わるといよいよ本番がスタートする。

 例のオープニング前の口上がスピーカーから流れると、会場のちびっ子たちが騒ぎ出した。


「ふぶきー」

「きょうちろー」


 子供たちのテンションはすでに最高潮である。

 ロック調のオープニング曲が掛かるなか、司会のお姉さんがステージへと飛び出していった。


「はーい! みなさん、こーんにーちはー」


 ピンクのTシャツと白い短パン。そしてポニーテールという一部のスキもない司会のお姉さんスタイルの彼女が挨拶をすると、会場中から「こーんにーちはー」の大合唱が聞こえてくる。

 なかには「大きいお友達」も混ざっているが、概ね微笑ましい光景だ。

 会場の片隅には朗らかとした男女のカップルが笑顔でステージを見つめている。

 バックヤードのカーテン越しに、夏希とフブキはそれを眺めていた。


「まあ……お似合いかな……」


 そうこぼした夏希に対して、フブキは微動だにしない。

 おそらく幅一センチくらいしかないだろう前方視界のその先を、ただジッと凝視している。


「きゃーっ!」


 穏やかなムードが一転、場内に流されている曲調が変わり司会のお姉さんの叫び声がステージに響き渡った。

 悪の秘密結社リバースの登場だ。

 北の将軍ことロケットマンが、雑魚兵たちを引き連れてステージ狭しと大暴れをしている。


「貴様らも粛清だ~。さらってしまうぞ~」


 スピーカーから流れる音声に合わせてロケットマンが当て振りをする。

 手にした「マンギョン棍棒」を豪快に振り回して、観客席のちびっ子たちを脅かしまくる。

 なかには泣いてしまう子もいて、母親にしがみついていた。


 前々回の放送で二号ドライバーのカミカゼを倒したこともあり、ロケットマンは子供たちから大ブーイングを浴びている。ここまで来ると悪役冥利に尽きるものだが、そのヘイトの稼ぎっぷりたるやもはや尋常ではない。


「そこまでだ、ロケットマン!」


 ステージ上に新しい登場人物の声が鳴り響く。

 その瞬間、会場中のボルテージは一気にあがった。


「――よし。行って来い!」


 夏希はフブキのお尻を叩いた。

 そしては彼は、バックヤードからステージへと勢い良く躍り出る。


「風のうわさでおまえの悪事は聞いている! 仮面ドライバー・フブキ! ここに見参!」

「おのれ~また出たな仮面ドライバー! おまえたちやってしまえ!」


 フブキの決め台詞のあと、それを受けたロケットマンが雑魚兵へと命令する。

 お約束ではあるが、これがないとヒーローショーは始まらない。


 しかし彼らはいつものチームではない。本物のフブキのスーツアクターは、今頃ベッドで麻酔を掛けられていることだろう。

 つまり練習してきた殺陣が使えないということである。だが夏希は言った「本気でいけ」と。


 雑魚兵たちはそれを信じてフブキへと襲いかかった。

 するとフブキは、まるでテレビからそのまま抜け出てきたかのような活躍を見せつける。

 飛び、かわし、投げ、雑魚兵たちを次々と倒していった。

 時折大袈裟な決めポーズはするものの、その動きは武芸に心得のあるものならひと目で使い手だと分かるものだった。しかもかなりの手練である。


 しかしこの会場にそれに気づいた人間が一体何人いただろう。

 彼らはただ、そこで戦い続ける「本物」の仮面ドライバー・フブキを見ているのだ。


「えぇ~い! これでも喰らえ!」

「ぐはっ!」


 業を煮やしたロケットマンが必殺の「マンギョン棍棒」でフブキを殴りつける。

 大ダメージを受けたフブキは、ステージを転がりまわった。

 会場中のちびっ子たちが悲痛な声でフブキの名前を叫んでいる。その熱量たるや、館内の冷房を一度上昇させたほどである。

 そんななか――。


「みんなー。フブキに力を貸してあげて! うちわをこうやって回すのよ!」


 司会のお姉さんが来場者特典で配られた、指ぬきうちわを人差し指でクルクルと回した。

 それはまるで仮面ドライバーの変身ユニットである、ハリケーンベルトが高速回転している様子の再現だった。


 ちびっ子たちは一心不乱にうちわを回す。

 するとステージ上で倒れていたフブキが起き上がったのだ。


「ありがとうみんな! みんなのおかげで俺はまだ戦える。さあ一緒に飛ぼう!」


 ちびっ子たちの喝采のなか、フブキは跳んだ。

 そして必殺のドライバーキックを放ち、見事ロケットマンを撃退する。

 シメは会場中のちびっ子たちと、お決まりの勝利ポーズだ。


 その後ろ姿をバックヤードから眺めていた夏希は、なぜだか無性にポロポロと流れる涙を止めることが出来なかった。

 視線の先にはステージ上のフブキに拍手を送るちびっ子たち――そして会場の隅にいる若い男女のカップルだ。フブキは子供たちと、あのふたりの笑顔を守ったのである。


 彼らはいつまでもステージに惜しみない拍手を送っていた。

 いつまでも。

 いつまでも――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る