第42話 サプライズなパーティ
まるで彼女の性格をうつしたように、夏希の誕生日はいつも晴れだ。
したがって本日もまた天気は快晴である。
「え~。では各自、今日の決議をもとに内容を見直すように。以上」
禿頭の課長が声を張ると、佐々木以下、無駄に熱い男性社員が「はい」と答えた。
よその部署のことは知らないが、ちょっとウチの課はおかしいんじゃないかと夏希はつねづね感じている。
本日の議題は、先日行われたヒーローショーを含む、ここ最近進められている大掛かりなプロジェクトの経過報告と進捗の発表会である。
夏希もまたヒーローショーの件においては課長からお褒めの言葉を頂き、嬉しさ半分、照れ半分といったところだ。
また自分が作った資料が会議に使われるというのも普段の仕事では得られない実感がある。
ときには一生懸命作ったわりにはスルーされることもあったりするが、今回は同僚の佐々木が主導しているということもあって大いに活用された。
内容に誤りがないか緊張しきりだ。
今日は本来なら休みである。
しかし「この日しか直近で会議室が使えない」と何やらもっともらしい理由をつけて、夏希の課はフルメンバーが出勤していた。前もって振替の休みを取ってまでだ。
そのあからさまに怪しい展開には『とある理由』がある。
それは――。
「じゃあ渋谷クン。準備はいいかな?」
「はい」
課長の合図でシブちゃんが会議室をひとり出た。
ほかのみんなは窓のブラインドを下げ始めて、夏希は「なに? なに?」と挙動不審なフリをしている。
照明も落とされ、暗くなった会議室にポッと小さな灯りがともる。
それは儚げなロウソクの炎であった。
炎の灯りは会議室のドア辺りから、夏希のいるところまでゆっくりと近づいてくる。
まばらに起こる拍手と共にバースデーソングが合唱される。あまりにもベタだ。
バレバレであったにも関わらず、夏希は照れに照れた。
「ハッピバースデーディア、おおしま~……」
「ほら夏希、消して消して!」
野太い男性社員のコーラスと、早くロウソクを吹き消せという麗の催促が重なった。
暗闇のなか、ぼんやりと照らされるケーキに顔を近づけて、夏希は「ふ~」と渾身の力を込めて息を吹きかける。
「ヒュ~!」
「いいぞ!」
「……ハッピバースデー、トゥユー!」
パチパチパチパチ――。
割れんばかりの拍手に感動する夏希であった。
頭では分かっていても、いざ祝ってもらえるとなるとこんなに気持ちがいいものかと。
ブラインドが元に戻され会議室に明るさが戻ってくると、同僚たちの手には花束が用意されていた。いつも見ている彼らであるが、何だか顔を合わせるのが照れくさい。
課を代表して、禿頭の課長から花束を手渡される。
「大島君。いつもありがとう。お誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます課長。それからみんな――」
泣くまいと思っていたが、やはりこういうのには弱い。
夏希の目尻から、小さな雫がこぼれ落ちた。
「これからいつものバーで二次会やるんだけど、行けないひとのためにって課長が社内でお祝いをする許可をもらってくれてね」
佐々木が課長の肩を揉んでねぎらっている。
課長もまたただでさえ少なくなった髪をかいて、照れくさそうだ。
「ケーキもほら、私とシブが選んだんだよ。アンタ、チョコが好きって言ってたでしょ」
ふとバースデーケーキを見ると、たしかにチョコレートケーキになっていた。
つまりあの日、ケーキバイキングに行ったのはリサーチだったのだとようやく理解した。
やられた――。
何から何までお見通しというワケにはいかなかったか。
おのれの傲慢さに急に気恥ずかしくなった夏希は、うろたえる目で最愛のひとを探した。
だがシブちゃんは自分のそばにはおらず、何人をも挟んだずっと遠くにいた。
「あれ? あのひとどっかで……」
シブちゃんの隣には、会議室には場違いなコックコートを着た、ひとりの青年の姿があった。
爽やかで柔和な笑顔でこちらを見ている。
「あ、ケーキ屋さんの」
夏希は記憶の扉をこじ開けて、何とか思い出した。
それはケーキバイキングに訪れたとき、山盛りのケーキを手にしたシブちゃんを厨房から愛でていたあのパティシエである。
ということは今日のこのケーキも、わざわざ彼が届けてくれたというワケか。
しかし――。
シブちゃん、どうしてこっちに来てくれないの?
いつもみたいに「なっちゃん好きですよ」って抱きしめてくれないの?
その隣のひとは誰?
なんでそのひとと手をつないでいるの――。
見つめ合うシブちゃんとパティシエの男性は、とても幸せそうだった。
どう考えても、ただの客とケーキ屋という雰囲気ではない。
シブちゃんの行きつけの店でケーキバイキング。
夏希の好みをリサーチしたうえでのバースデーケーキ。
しかもこの短期間におそらく予約もなく特注で。
さらにパティシエ自身がそのケーキをわざわざ会社にまで届けてくれる。
夏希のなかでひとつの答えが導き出される。
周囲からのお祝いの言葉が、右から左に通り抜けていくようだった。
もらった花束を持つ手が、鉛のように重い。
早くここから逃げ出したいのに。
「みんな――今日は本当にありがとう。あたしこんなに幸せだった誕生日はじめて……」
ポロポロと溢れる涙を止めることが出来ない。
顔で笑って心で泣いて。
キュッとポケットにあったスマホを握りしめた。
たすけて、フブキ――。
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