おまけ其ノ六 花火
太鼓に篠笛、三味の音。
夕方ともなると『祭り』はいよいよ最高潮を迎える。
家々の軒に吊られた提灯が夕焼け空をバックに浮かび上がり、少しだけ湿気をはらんだ夏の風が紅白の横断幕を揺らしている。
いつもの町並みが装いを変えて、まるで幻想の世界のようだ。
渚と夏希のふたりが浴衣姿で町を練り歩くと、行き交うひとの群れが息を呑む。
群青にゆらぎ縞で染め抜かれた生地に袖を通した長身の男と、栗色のショートカットがよく似合う快活そうな若い女が並んでいる。
白地に大きなあさがおの図柄が、朱色の帯によく映えた。
一見すれば美男美女のカップルである。
しかしその内情は、つい先頃、立て続けに想い人を失った同性愛者たちだ。
ふたりを取り巻くひとの波は、その美しさに誰しも一度は振り返る。
だが彼らの『本当の姿』を知るものは、誰ひとりとしていない――彼ら自身以外には。
神社の境内へと続く道は、縁日で賑わっている。
バサバサとうるさい発電機の音と、ケバケバしいほどの裸電球の灯りが眩しい。
ノスタルジーとまがい物が幅を利かせ、つかの間の原風景を味わう。
甘い匂いと土埃が混ざったような、何とも言えない空気感に早くも夏希は中てられていた。
「じゃーん!」
「……」
「なによ、反応薄いわね」
「だっておまえ、縁日来てものの数分でそれって大人としてどうなの?」
右手にチョコバナナ、頭には仮面ドライバー・フブキのお面。左手には、かねてよりの買い物リストに入っていたりんご飴。そしてかつては恋人とのペアリングがはまっていたであろう小指には、いまではヨーヨー風船がびよ~んとぶら下がっていた。
「お祭りに大人も子供もあるかー! 楽しまなきゃ損でしょ」
「まあそういう考え方ならそれでいいけど」
「よし。次々~」
夏希がチョコバナナを咥えながら歩く様に、まわりの男たちは敏感である。
渚はその光景に苦笑する。
なかば呆れながらもそのあとを追った。
雪駄の尻鉄をチャリチャリと鳴らし、浴衣の懐に片手をもてあそぶ様はまるで任侠映画の主人公のようである。
「あ! おねえさ~ん」
先行く夏希が誰かに呼び止められている。
渚が目を凝らすと、そこにはふたりの制服姿の少女がいた。知り合いなのか、彼女らは夏希と親しげに談笑している。
渚が近づくと、ふたりの少女はちょこんと頭を下げた。
「こんにちは~。もしかして彼氏さんですかぁ?」
すると夏希が思わせぶりに「ふふ。そう見える?」と言う。
きゃーきゃーと黄色い声があたりに響き渡り、さながら女子校のノリだ。ひとりだけついていけない渚は、無言でただ引きつった笑顔を作るのみ。
「それよりアンタたち、制服なんか着てどうしたのよ。夏休みでしょ?」
「ウチらこれから商店街で吹部の演奏会なんですよぉ」
「おねえさんたちも良かったら来てくださいよ~」
「あ、そうなんだ。行く行く~。がんばってねぇ~」
弾けるほどの笑顔でふたりと別れた夏希とは対照的に、渚は何やら言いたげだ。
蔑むような目で彼女を見ると、「な、なによっ」と夏希は怯える。
「夏希さん……なんぼなんでもじょしこーせーに手を出すのはちょっと……」
「人聞きの悪いこと言わないでよっ」
「じゃあ何だよ、アレは。普通に生活してて見ず知らずの少女たちと出会うきっかけあるか?」
「ちょ、コレ見て、コレっ」
夏希はポーチからスマホを取り出すと、一枚の写メを画面に表示させた。
そこには夕暮れ時の河原で、トランペットとトロンボーンを演奏する少女たちが写っていた。望遠でかすれてはいるが、それは紛れもなくさっきのあの子たちである。
「たまに仕事の帰りにお散歩してくることがあって、そのときにたまたま知り合ったの! ほ、ほらあの子たち吹奏楽部に入ってて~……」
「つまりいたいけな少女たちの練習風景を不純な動機でノゾキしてたら、意外にも向こうから声掛けられちゃって、もうけもうけ~ってとこか」
「言い方!」
その後ふたりは縁日の出店を渡り歩き、(おもに夏希が)散々食いまくった。
腹ごなしにと例の女子高生たちの演奏会を商店街まで聴きに行き、生で鑑賞するブラスバンドの音圧に酔いしれていた。演目も幅広く、なかには彼らお馴染みの特撮ヒーロー系もある。
十二分に楽しんだあと例のお肉屋さんでコロッケを、そして酒屋さんでビールを買い込んで家路へとついた。
ちょっと休んでいこうか――と、ふたりは公園で足を止めた。
今日はブランコには乗らず、ベンチに座ってコロッケを頬張る。
ぷしゅっと開けたビールの音が、ひぐらしの鳴く田舎町へと静かに溶けていった。
「かんぱぁ~い」
「はいはい」
ここまでの道すがら、歩きながらすでに一本空けている夏希は上機嫌だった。
美味しい出店グルメに、かわいい女子高生とのおしゃべり。
祭りの雰囲気と素敵な演奏会と、それから――。
ふたりは無言で肩を寄せ合うと、空を見た。
浴衣越しに伝わるお互いの体温に、どこからが自分の身体なのかも分からないくらい。
どっと押し寄せる疲労感は、きっと今日一日を無理にはしゃいだツケだと。
言わずともお互いに感じていた。
「楽しいんだけどな」
「そうだね」
「好きなんだけどな。おまえのこと」
「あたしもだよ」
「――虚しいな」
「そうだね……」
ひゅるるるる……どーん……。
暗闇に輝く大輪の花に、ふたりは再び言葉を失った。
ただじっと。
ふたりは肩を寄せたまま、今年最初の花火を眺めていた。
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