第52話 スーツド(被支配層)の乱(7)


 ホウコに帰還後間もなく、ピーターは騒動の責任をとり、辞職した。その後、彼の家に伝わる開拓者の物語とPZの招聘から始まる一連の出来事を、フロー・ラビリンスというタイトルの文章でまとめあげた。

 その内容は、次のようなものだ。


 四百年以上前、システム構築のリーダーだった彼の祖先李長宇は、偉大なる革命家ダニエルの遺志を引き継ぎ、人類平等化を推進した。

 何故、それまで人類が平等にならなかったかというと、いい思いをしている連中が足を引っ張るからだ。金持ちからすれば、貧乏人と同じになるのは面白くないから当然だ。

 それでダニエルは、人類二分化を掲げ、世界中の有力者を唆し、自分の計画に協力させ、まずは彼ら以外の人類を平等にして、その後彼らを抹殺する計画を立てた。


 当初の計画では、システムの運用箇所は北京基地だけで、そこのオペレーターだけが例外的にスーツの拘束を逃れるが、壁に囲まれた狭い空間で、退屈なオペレーション業務を日々こなすだけの人生を過ごすことになる。

 ダニエルの死後、組織のリーダーとなった長宇は、オペレーターだけで一つの社会を作り、子孫を残し、業務を引き継いでいくことに無理があると考えた。

 すでに建設が進んでいた北京基地を廃止するのは無駄になる。壁を作り直して外部に広げ、生活空間を拡大するより、北京を予備とし、メインとなる基地をもう一箇所作ったほうがメリットが大きいと考えた。

 それには、最初から外部と遮断されている離島がいい。

 ホウコ諸島が選ばれ、基地が建設されたが、最初の運用は人の手配が容易な北京で行われた。


 北京に支配階層希望者を集め、新世界の建設に従事させた。用済みになった彼らを一掃するために、大統領就任式が利用された。

 スーツドに対する北京市街地への入場制限を解除し、周辺のスーツドを大量に送り込み、歩行実験モードや防衛モードにした。このとき基地のオペレーターを除く全住民が、外に出ていて惨殺された。

 実はそのとき北京にいたオペレーターは、長宇だけだった。他のオペレーターはホウコにいた。

 三ヶ月後、スーツドの特殊モードを解除し、市街地から追放した。


 こうしてホウコにある基地で世界を統治するシステムが運用され、北京基地がその予備施設となった。北京基地のある北京城には、システムのメンテナンスや文化財保護のため、常にホウコから人が派遣された。


 どんな優れた制度も、いつかは破綻する。

 そのことをふまえて構築した世界統治システムだったが、ほころびが生じたのはホウコ諸島が原因だった。

 ホウコ諸島は、外部から食料、原材料、完成品など生活に必要なものは、代償なしで受け取る極めて恵まれた立場だったが、そこで暮らす者達にとってはそれが当たり前になり、ありがたみを忘れるようになっていた。


 当初は狭い島々なので人口増加を恐れ、抑制策をとった。それでもピーク時には、古代の三倍を越える二十万人に達した。焦った行政は、出産許可制をとり、妊娠前に事前に申請が必要となり、違反すると罰金を徴収された。

 この制度は効果があり、徐々に人口が減少していった。

 十五万人を割った時点で、制度は廃止されたが、その後も人口が減り続けた。

 人の数は多すぎても土地が買えない、学校が足らないなどの問題が起きるが、少なくても社会がうまく機能しなくなる。

 税収不足と労働人口の減少から、ホウコ基地のオペレーターの人数が五十名から四十名に減らされた。

 その分、オペレーターの仕事がきつくなった。


 その後もホウコの人口減少は止まらず、十万を下回ることになった。

 税収が落ちこんでいるのに、行政は昔のまま保護されていることに、市民は反発。現市長は、西暦2500年を目標に公務員の数を半分にするという、プロジェクト2500を公約に掲げ当選した。

 行政は大リストラの対象になった。基地のオペレーターについても半減することが決まった。

 オペレーターは三交代制で、休日もとる必要があり、常時、北京に人を派遣していたので、とても二十名ではやっていけなかった。


 無茶な要求に、基地の関係者は反発したが、聖域なき改革に例外は認められない。そこで代表であるピーターは、システムの運用を北京に移し、被支配層の手でオペレーションを行う案を改革本部に出した。

 成功すれば、ホウコはいざというときのための十名ほどを、オペレーターとして確保するだけでよくなる。改革本部は、体制が整うまで三十名体制を維持することを約束してくれた。


 いきなりスーツドだけで、北京で運用を行うのは無理だ。最初はホウコのオペレーター達が北京に行き、少人数のスーツドを混ぜ、教育をしながら、少しずつ増員していく予定だった。

 これまでシステムの指示通りに動いていた労働意欲のかけらもないスーツドに、どのように自主的に仕事をさせるかが課題となる。

 最初のスーツドオペレーターに対し、世界的な危機を演出し、自分が頑張らなければ世界が滅びると思わせ、成功させれば、その後の体制にプラスに働くというアイデアが採用された。


 ここまでのマスタープランは主にピーターが考えたが、詳細はオペレーターチーフのアーリャンに委ねられた。

 そうなると、どうしてもアーリャンの趣向が反映してしまう。

 ゲーム好きの彼は、選ばれし冒険者が、墓を訪れ、宝物となるポイントをゲットして、旅に向かうというシナリオを作るという、余計なことをしてしまった。


 彼らが基地移転計画を進めている間、システムは彼らからいくつかのことを学習していた。

 ホウコの業務を北京のスーツドにアウトソーシングしようとしたことなど、システム関連の人員予算の縮小などから、システムは、自分が活動しないほうがいいという結論に達した。

 彼らが、PZという冒険者を選び、本当の目的を隠して利用したように、システムもUVという冒険者を選び、それとわからないように、潜在意識に働きかけて指示を行った。

 UV本人は、操られていただけで大悪人ではなく、ピーターもそのことははっきりと表明していたが、世間は彼女に悪人像を求めた。対照的にUVを城から追い出したTCは英雄となった。


 フロー・ラビリンスは映画化され、ホウコのみならず、世界中の生活水準の高い地域で視聴された。

 面白いことに、荘風然を演じた女優陳小美も本人役で出演し、ストーリー上重要な役であるPZ10325は、人気スターが演じた。

 この映画の影響で、大虐殺者UV38244と英雄TC47108は、誰もが知る有名人となった。


 そのTC47108が見つかった。

 彼女は、自分がTC47108であることを隠していた。口には常にマスクをかけ、眉毛が隠れるほど前に髪を垂らし、ごく少数の知人が会っても、彼女とわからないようにしていた。

 それにもかかわらず、トレードマークの赤いスーツを着たままで、上からガウンを羽織っていた。


 彼女は、ホウコ市役所の元職員と合同で海運会社を立ち上げ、システムが管理していた船と航路の権利を次々と手にいれていった。

 メディアの前に姿を現したときには、とても三十八歳とは思えない若さで、世間を驚かせた。

 表にでることを避け続けた彼女が、記者会見に登場したのは、この度、目出度く結婚が決まったからだ。

 お相手は、ローマ共和国初代大統領「偉大なる教師AO88246」だった。

 共和国と名乗っていたが、世界はかの国を新ローマ帝国と呼んでいた。イタリア半島、フランス南部、クリミア半島を領土とする世界有数の主権国家で、東方の漢に次ぐ国力を持つ。



 港湾労働をてがける関係から、PZは結婚式に招待された。ビジネスチャンスが広がる可能性があり、出席することにした。

 彼女とは北京城付近の食堂でほんの少しの間一緒だったはずだが、全く記憶に残っていない。

 映画では二人の絡むシーンがあるのだが、もちろん脚本家による創作である。なんとPZが迷路の罠にはまった彼女をひとりで動かし、救出していた。

「おかげで助かったわ。あなたの名前は忘れない。PZ10325さん」

 と言われるのだった。

 それを観たPZは赤面した。

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