第6話 北回帰線の街(6)

 ポイントを使いたくなく、暇で仕方がないときは、PZに限らずほとんどの人間は休憩所か公園に行く。そこでも何も起きないが、他に選択枝がないのでそうする。


 PZは最寄りの休憩所に行った。休憩所にも他の施設同様名前はあるが、誰もそんなことは意識していない。

 二百平米ほどの広さで、数列のテーブルの横に椅子がおかれているだけの空間だ。ドリンクの販売コーナーがある。椅子が二百個くらいおいてあるので、かなりの人数を収容できる。

 ドリンクの販売員や清掃員を除いたとしても、休憩所にはたいてい誰かいる。普通は十から三十人程度だ。大半は一人で座っていて、残りは数人で集まっておしゃべりしている。


 PZも一人でいたが、しばらくすると、近くに彼より年上と思われる男女がやってきて、興味のある話を始めたので耳を傾けた。

「私達より年寄りってもう見かけないじゃない?」女は言った。

「俺ももうそんな歳になったんだな。そろそろ施設に連れてかれるな」

「どうやって連れて行かれるの? レスキューかなんか」

「俺の聞いた話だと、健康診断ということで診療所に呼び出されて、そこで注射打たれて終わり。そこから専用の施設に送られて灰にされるんだけど、施設に送られる前にもう死んでるってわけさ」

「そんな話聞くと、健康診断行くのが怖くなるじゃないの」

「俺、今、健康診断行けってウォッチに出てるけど、遅らせようかな」

「あんまり遅いと必須業務になるわよ」

「もうポイントなんかいらないよ。欲しいのは命」

「往生際悪いわね」

「死ぬとどうなるのかな?」

「死ぬとどうなるって、意識が無くなるだけじゃない」

「意識が無くなるってどんな感じかな」

「眠ってるようなものよ」

「夢くらい見れるのかな」

「体が無いのに夢なんか見れるわけないじゃない」


 PZより年上の関心はどうしてもどのように死を迎え、その先に何があるか、という問題になる。古代には宗教というものがあり、死後は別世界に行ったり、生まれ変わると説いていた。彼には死の先に何かがあると思えなかった。その反面、意識が消滅した状態を想像することもできない。単に、自分は消滅するが、この世界はまた同じように続いていくだけだった。


 病院ホスピタルという言葉は死語になっていた。入院患者用の病棟があり、大病院と呼んだほうがふさわしい規模でも、呼称は診療所クリニックで統一されていた。

 怪我や病気によっては手術を行う。到底プロとは呼べない臨時スタッフばかりなので、手術はほぼ自動化され、人は補助に徹する。

「私、聞いたんだけど、診療所で治らないような病気が見つかった場合、もっと大きな診療所に連れていかれて、そこでも治らない場合、そのまま殺されるって」

 女が心配そうな表情を浮かべると、皺が目立った。

 PZはまだ数年生きられるつもりでいた。しかし、難病が見つかった場合、治療すら行われず、毒(高濃度麻酔剤?)の入った注射を打たれて命を終えるらしい。おそらく本人は治療のためと思っているので、抵抗することもなく、あっけなく死んでいくのだろう。

「ますます健康診断行きたくなくなった」男は言った。

 PZも同じだった。

「もう先が長くないから、働くのやめようかと思う」とその男は言った「もうすぐ死ぬことがわかってるのに、いまさらポイント貯めてどうなる」

「わかるわ。死んだら、貯めたポイントが無意味になるものね」

「もうポイントなんかどうでもいいよ。クッキーなんか子供の頃に食べ飽きた。結構ポイント貯まってるけど、使う気も起こらない」

「どのくらいあるの?」

 男が声をひそめたので、PZは具体的なポイント数を聞き取ることができなかった。

「え、そんなに?」

「誰か若い人にあげられればいいけど」

 相続という言葉は現在使用されることはない。

「ポイントは自分で使うしかないわよ。あ、そうだ。今からカフェに行かない?」

 その男女は休憩所から出ていった。


 することがないとどうしてもウォッチを見てしまう。

さきほどの男の話を思い出し、連絡欄に健康診断が入っていないか気になった。

大丈夫なようだ。

 検査で注射をするとき、それと知らずに麻酔剤を打たれたら、それで終わりだ。

苦しみはしないだろうが、それですべてが終わるのなら、あまりにもあっけない最期といえる。

それとも病気などでさんざん苦しんで、これから近いうちに死ぬと強く意識して、死んだほうがいいのだろうか。



 予約した売店に向かう。古代のコンビニエンスストア程度の大きさだが、駐車場はなく、店を宣伝するための派手な看板もない。

 裏の倉庫の大きな搬入口の横に人が出入りするための通用口がある。そこのドアは誰でも入ることができる。食堂と同じように、ドアの内側のすぐ横に受付台が置いてあって、入退を管理している。

店の入り口や搬入口の下にもセンサーが備え付けてあり、誰が出入りしたのか記録される。商品が紛失した場合、容疑者を絞ることができる。


 ここの受付台は食堂のように無視するわけにはいかないが、内容はほぼ予想でき、まず当たる。PZはドアのすぐ内側に立ち、受付台のディスプレイを見た。勤務時間は午後4~8時。業務内容は、店頭商品の補充、荷受け、店内清掃で、ウォッチと全く同じだ。ときどき変更されることがあるので、注意する必要がある。現在二名の店員で店を回している。

 売り上げや客数などの情報は表示されない。売り上げが悪くても、ここの売店は原則的には未来永劫廃業することもなく営業を続ける。建物が老朽化すれば、同じ場所に全く同じものを建てる。事実、これまで十回程度建て替えてきた。需要と供給はシステムが調整する。需要がなくても、強引に集客することが可能だ。


 ここは店員の休憩室になっていて、椅子とテーブルが置かれ、コーヒーや紅茶が無料で提供される。(業務以外で訪れた人間が飲むとポイントを消費する)


 売店内には工場のような進捗管理者はいないが、カメラで監視されているの。勤務態度があまりにもひどければ、ポイントがもらえない。

 売店や道路清掃、駅など働く者が少人数で管理者のいない職場は、カメラを通した第三者のチェックを受けている。

 監視業務は、監視所と呼ばれる専用の施設で行われる。普通の規模の街なら数カ所はある。人間の目だけで全てを把握するのは難しいので、画像解析ソフトによるアシスト機能がある。

 監視員同士が手を組み、監視所の全員でサボったらどうなる? 監視所の様子は他の監視所から監視されているので、監視所同士が手を組まない限り怠けることは難しい。資格のいる業務ではなく、同じ人間が監視員を続けることはないので、そのようなケースはまず発生しないと開拓者は考えた。



 勤務時間が始まる四時までまだ十分ほどある。店内のトイレにいって用を足す。トイレは個室になっていて、トイレどうしを離す必要からここにはひとつしかない。トイレとトイレの間を離す理由は、スーツの下腹部をはずした人間同士が近くにいることは、性行為の危険性があると考えられるからだ。モラルとしての性行為はどうでもよく、人口調整と両親の組み合わせは、この世界を維持する基本なので、勝手な性行為は禁じられている。

 トイレはどれも水洗で、便器そのものは古代からそれほど進歩していない。しかし、利用したことがシステムに把握される。


 それから休憩室に戻る。棚の上にはドーナツ状の布が置いてある。色は何色もあり、彼はひとつを首にかけた。これはスタッフネックレスと呼ばれ、店員と客との区別をつけるための目印だ。売店だけでなく、宿や食堂など客と接する可能性のある職場には置いてある。システムが管理しているわけではないので、かけ忘れる人間も多く、あえてかけない人間もいる。


「交替の時間です」

 肩のスピーカーから案内の音声が流れた。進捗係がいないので、システムが管理している。といってもすぐそばの受付台が処理していた。受付台にも通信機能があり、施設内のスーツドは受付台と、古代の携帯電話の基地局のような役割の中継施設の双方と通信できる。


 彼は店内に向かった。

 店内には二人の店員がいた。彼は、ひまそうに販売カウンターの台に両手をついている若い女店員UV38244に、

「交替です」といって挨拶をした。

 近くで見ると、子供のような顔をしている。学校を出たばかりと思える少女で、地味な茶色スーツが似合っていない。

「私はまだ。五時まで」と彼女は愛想のない声で言った。

 もう一人の青年の店員が、

「お疲れさまです」といって休憩室に入っていった。



 売り場は30平米ほどあるが、陳列してある商品の品数は少ない。少品種大量生産が基本だ。

壁面に棚があり、そこに商品が並んでいる。中央には棚がなく、購入した飲食物をその場で食べられるようにテーブルと椅子が用意されている。

 客が三人ほどいたが、買う意思があるのかどうかわからない。売店はいたるところにあるので、ほとんどがふらっと立ち寄っただけだろう。行くところがないので、とりあえずいるといった感じだ。


 スーツで体温調節を行っていても、寒い地域では暖かいものが好まれ、暑い地域は冷たいものが好まれる。そういった気候の違いを除くと、売店で販売されているものはどこも同じだ。 

 飲食物は、クッキー、豆菓子、ポテト菓子、ドライフルーツ、ケーキ、清涼飲料水などで、プリンやヨーグルトなど保存性の低いものはおかず、ケーキも保存性が高いものだ。雑貨は、ティッシュ、下着、箒など電気を使わない掃除道具、布袋、軍手、絆創膏、傷薬程度で文房具すらない。

 化粧品、シャンプー、石けんすらない。乾電池を含めた家電製品の類もまったくない。

 監視所など他の施設で利用する部品や道具が入荷するときもある。店頭に出さず、客が取りに来たときに渡す。


 倉庫と棚にはカメラがあり、受付台のコンピューターが在庫を把握しているので、人の手で棚卸しをする必要もない。商品補充や荷受けなどでは時間がつぶせず、店員はいつも暇そうだ。それでも、一人では問題がおきたとき対処できない可能性があるので、二人配置している。販売職のポイントが低いのも仕方がない。

 会計処理のためにレジカウンターがある。客がそこに商品を置けば、自動的に客のポイントが引かれる。

 万引き対策として、客が棚から商品を取り上げ、四時間経ってもレジで会計が行われない場合は、商品をとりあげた人物のポイントが引かれる。

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