第39話 迷宮発動(1)


 オペレーションルームにいてもすることがない桃は、オペレーションをさぼっているようにみえるPZに、荷物搬入の手伝いを頼んだ。アーリャンが許可を出したので、二人は車に積んである大量の生活用品や食料を中に運び入れた。

 量が半端ないので何度も往復する。その途中、UVの乗った配送車が到着し、隣に駐車した。

「ちょうどよかった。二人じゃ足りないから手伝ってくれ」

 PZは冗談のつもりで言ったのだが、相手は本気にした。

「料理運ぶのが先でしょ」


 三人で先に料理を運び、食堂のテーブルに並べた。

「冷めるといけないから、すぐに食事にしましょう」

 もうとっくに冷めていたが、桃はオペレーションルームに行き、アーリャンにそう言った。

「どうする? 交替にする?」

 アーリャンは、他のメンバーに聞いた。

「この調子なら二人いればいいんじゃない」

 一人がそう答えた。そこにいる全員が賛成した。

 オペレーションを中断するわけにはいかず、昼食を遅くとったPZと、味見を口実につまみぐいをしていたUVが留守を預かることになった。もちろん、

「何かあったらすぐに呼んでね」と言われていた。



 UVの作った料理なので、期待をしていなかったアーリャンは、食堂に入ると、

「これ本当にあの娘が作ったの?」といって驚いた。

 通常ならそれほど旨そうに見えない料理だが、ここ二、三日はホウコから持参した弁当や保存食ばかりで、しかも狭い車内で食べるので、普通の食にありつけるのがありがたいのだ。

 人数が多いので大量に作る必要があり、ピラフ、チキンとトマトの煮込み、ポテトサラダの三点のみだ。

 それでも彼は、「思っていたよりも豪華だな」と感想を漏らした。「こんな旨いものが毎日食えるなら、僕もスーツドになろうかな」と言ったが、もちろん冗談だ。

 他のオペレーター達も反応は同じで、ひさしぶりのまともな食事に心躍らせた。

 その場の十一人は、UVと他三名のスーツドが、必要以上に時間をかけて作った料理を口にした。


 味は賞賛するほどでもがっかりするようなものでもなく、料理は話題に登らなかった。やはり、状況が状況なだけに、他の事に関心が向く。

「寝袋で本当に寝られるのかしら」

「大丈夫。車の中でいびきかいてたじゃない」

「こんなに広いんだから、どこか他に泊まれるところがあるんじゃないの? だって北京の中心部でしょ」

「向こうにいくとまだ故宮が残ってるらしいから、もう少ししたら一緒に行かない?」

「お化けが出るかもしれないから、私はノーサンキュー」

「そういえば、例の怪談話ってどうなったの?」

「その話、あの娘にしたら少し怖がってたわよ」

「みんな坊主頭だから、スーツが袈裟に見えたわ」

「スーツドなんてお坊さんみたいなものでしょ。結婚も恋愛もないし」

「スーツドと結婚しないといけなくなったらどうする?」

「そんな馬鹿げたこと考えたこともないわ」

「あ~、スーツドの食材が体に合わないのか、なんか気持ち悪くなってきた」

「そういえば私も変」

「何か悪いものが入ってるんじゃない?」


 不調を訴える者が何人か出ると、アーリャンは原因を鶏と決めつけた。それで、

「この辺りで鶏の疫病が流行ってたのかな。こんなときに食中毒とは」と言った。

 市役所職員という立場の桃も、軽い吐き気を感じていた。

「これちょっとひどいですよ。すぐにレスキューを呼ばないと」

「レスキューはここには入れない。一旦、車で城の外に出る必要がある。それならそのまま診療所まで行ったほうがいい」

 とアーリャンが言った。

「ちょっと僕は運転できそうにないです」

「PZを呼んでくる」


 アーリャンは、オペレーションルームに行った。UVを見ると、

「君の料理を食べたせいで集団食中毒になった」と言った。

「私のせい?」

「よく火を通さなかったのがいけないけど、君だけの責任じゃない。北京基地の分だけ余分に作るというイレギュラーな業務のせいで、おそらく食材の管理が出鱈目になって、古い肉が回ってきたんだろう。スーツドにイレギュラーなことをさせること自体が問題なんだ。」

 アーリャンはそう言ったが、PZ達にオペレーションをさせるのもイレギュラーだった。


「診療所に行くのか?」

 PZはアーリャンに聞いた。

「車で診療所まで行きたいが、僕も吐き気がひどくなってきた。運転は無理だろう。大型も小型も運転方法は同じだ。ホウコじゃないから免許がなくても捕まらない。PZさんが運転してくれないか?」

「僕には運転は無理だ。運転なんかしなくても、もう一台自動運転車がある。ちょっと狭いかもしれないが、それにみんなを乗せるんだ」

「仕方ないな。そうするか」

 アーリャンは、ここに到着するまで窮屈な思いをしていた。

「オペレーターがいなくなるのは問題だ。ホウコに運用を戻した方がいい」

 とPZが言った。

「いや。いきなりこっちに変わったところで戻せば、向こうに心配かける。今も君たち二人でやってるんだから、このまま乗り切ってくれ」

「素人だぞ」

「経験あるじゃないか。大丈夫だよ。ああ、僕もお腹の調子が……トイレは向こうだったな」

 アーリャンは、すぐに部屋を出ていった。

 PZとUVは、オペレーションルームを留守にし、食堂を見に行った。

 状況はさらにひどくなり、床に寝そべる者までいた。


 症状の軽い者は自力で歩き、重い者はPZ達が支えるなどして、全員を配送車に乗せることができた。

 車は自動運転だが、病人だけで向かうには心細い。

「健康な人間がいないとまずい。悪いけど、一緒に来てくれないか」

 気弱になったアーリャンは、PZに頼んだ。

「ここを留守にするのはまずいだろう」

「一人いるじゃないか」

「私?」

 UVは自分を指さした。

「もし僕達が戻らない場合、十二時になったらホウコに切り替えてくれ。やり方は壁に貼ってある」

「え~」

 UVは嫌がった。

「悪いけど早くしてくれない? すぐに病院行きたいんだけど」

 他のオペレーターから苦情が入った。


 UV一人を残すことは不安だったが、緊急事態なのでやむをえず、PZは配送車に乗り、車を発車させた。

 行き先を診療所に変更しようと、操作パネルを手に取り、マップを表示させた。診療所は食堂の近くにあった。

 今回の件は食堂に原因がある。人を運ぶのに少しでも人手が欲しい。一度食堂に寄って、厨房のスタッフに手伝いをさせよう。相手が嫌がるなら一億ポイントを見せつければいい。彼はそう考え、行き先は食堂のままにしておいた。


 病人を乗せた配送車は南門を潜った。車内で嘔吐を催す者もいて、その臭いで食中りにならずにすんだPZも吐きそうになる。

 アーリャンはまだ話ができる。

「この食中毒、鶏が悪いんじゃなくて、荘という女の仕業かもしれない」

 と、PZは切り出した。

「荘って、例の女性か? どうしてそう思う?」

 PZは昨日の出来事を話した。すると、アーリャンは、

「君を殴ったのはまずそのスーツドだろう。謎の女性とスーツドね~。これをどう結びつけるかだ。あそこにスーツドがいたとすると、北京基地にいた誰かが入場制限をはずしたことになる。たぶん財宝がらみで、彼女は重要な秘密をしっていた。スーツドを操る黒幕は彼女を拉致させた」

 アーリャンの憶測にもうなずないことはないが、

「でも、彼女のほうからビルにやってきた。二人は知り合いだったのでは?」

「たとえばスーツドが恋人の使いと嘘を吐いて彼女に近づき、秘密を探ろうとした。しかし、いつまでも明かさないので、誘拐して強引に口を割らせることにしたとか」

「すでに楽園は見つかったと言っていたが」

「楽園が本当にホウコかどうかはさておいて、楽園という生活の場所が見つかっただけで、財宝が楽園のどこにあるのかはまだわからない。それを知っているのは二年前に旅立った彼女の恋人だけだ。黒幕は彼女も財宝の隠し場所を知っていると考えた」

「なるほど……」


 車は、城のそばの空き地を過ぎ、街にさしかかった。

 PZはアーリャンと話をしていたので、そのときはまだ車の外で起きている異変に気づかなかった。


 街に入ってしばらくすると、車の進むペースが遅くなった。頻繁に停車するので、PZは窓の外を見た。

「なんだあれは?」

 通行人が三人見えた。一人は道のど真ん中に腰を下ろし、他の二人はその周囲で右往左往している。

「こっちが急いでいるのに邪魔をするなんて」

 PZは車を停車させ、道路に出た。


 彼は、不自然な歩き方をする薄橙色のスーツを着た二十代の若者のそばに行った。相手はPZを見ると、

「一体、どうなってるんだ?」と叫んだ。

「こっちが聞きたいよ」

「あんたは平気なのか?」

「どういう意味だ?」

「こっちには動けないが、そっちには動けるんだ」

 と言って若者は二、三歩動いた。

 若者は彼に左ウォッチを見せて、

「これ見てくれよ。何か知ってないか?」と聞いた。

 PZはそれを見て驚いた。

 画面全体の八割ほどの大きさに迷路が表示されている。縦6横12マスの方眼紙に書いた程度の細かさだ。


 PZは自分のウォッチも見た。

 同じように迷路が表示されている。

「何だ、これは?」

 彼はそう言ったが、すぐに思い出した。

 これは、以前ホウコ基地でピーターがUVに行ってみせた迷宮型歩行制限だ。あのときは関心がなく、何気なく話を聞き流していたが、ウォッチに示される迷路の通りにしか歩けなくなるという、実用性のない歩行制限の一種だ。

 しかし、PZ自身はさきほどから何の問題もない。これは歩行制限が解除されているためだ。


 基地で何かが起きた。

 UVひとりにしたのがいけなかった。

 四百年間も正常に動き続けたシステムだ。誤動作するとも思えない。するとこれは人為的なものに思える。

 いくら彼女がド素人で、おかしな対応をしても、こんなことになるとは思えない。

 誰が一体何のために、そんなことをするのだ?


 彼の脳裏に二人の名前が浮かんだ。荘風然、ST62575。

 二人は、PZ達がいなくなったオペレーションルームにやってきて、UVを殺害し、システムの操作権を奪った。

 いや。彼らなら、いままでいくらでもやる機会があったはずだ。このタイミングで行う理由がない。

 若者の迷路をよく見ると、赤い丸印がある。そこがプレーヤーの現在地だろう。自分の迷路にないのは、車で移動していたからだろう。

 迷路の端に矢印がある。そこがゴールということのようだ。


「いいか。この矢印がゴールで、丸が君の現在地。迷路を見ながら、丸が矢印に来るように体を進めるんだ」

「わかった。ありがとう」

 若者は彼に言われた通りに歩き、ゴールに到達した。すると、

「おかしい。また足が止まる」

「ウォッチはどうなってる?」

「まだ迷路が出てる。ん? さっきと違う」

 ウォッチの迷路は別のものになっている。一つの迷路をゴールしたら、次の迷路のスタートに立ったのだ。


 UVと連絡がとりたい。城内は携帯電話が圏外だが、彼女が端末画面でPZの個人画面を開いていれば、通話が可能だ。あるいはシステムへの連絡者一覧で気づく可能性だってある。

 試しにUVを呼んで見たが、応答はなかった。


 彼は、アーリャンに相談するため配送車に戻った。

 気の強そうな女性オペレーターが、車を停めたことに文句を言ってきた。

「何でこんなところで停まるの? ここは診療所じゃないでしょ」

「大変なことが起こった」

「食中毒より大変なことなんて、世の中にあるわけないじゃないの」

「迷路だ。通行人が迷路を歩いている」

「何訳のわからないことを言っているの?」

「ここの通行人達に迷宮型歩行制限がかかっている」

「何それ?」

「どういうことだ?」

 アーリャンは異常事態に気づき、荷台の端のほうに移動して、外を見た。

「こ、これは……」

「迷路を解いてもまた次の迷路が出てくる」

「ループ?」

 アーリャンは、すぐ近くにいる女性オペレーターと顔を見合わせた。

「ループなんて、普通はフロー組まなければ起こらないじゃない。基地で何かあったの?」

 彼女は呆然としている。

「どうすればいい」PZは聞いた。

「すぐに基地に戻るんだ」

「でも、食中毒のほうは?」

「仕方がない。とりあえず診療所まで行って、そこから僕と君だけで基地に戻ろう」


 再び配送車を発車させた。

 どこも人は迷路に捕らえられ、街は混乱していた。

「この様子じゃ今、診療所に行っても無駄だろう。みんなには食堂で休んでもらい、僕達で基地に戻って迷路を解除する。そしたら店にいる客にでも、レスキューを呼んでもらえばいい」

 そうアーリャンは言った。

 食堂に着くと、PZとアーリャン以外の十名は車から降りて、中に入っていった。

 操作パネルで行き先を指定するとき、よく使う候補が五件表示される。一番上に来ているものが基地だ。PZはそれを選択し、車は来た道を引き返していった。



 北京城までの道にも迷路に捕らわれた亡者であふれていた。普段の歩行者の数より多いのは、屋内にいると不安なので工場や休憩所から外に飛び出したのだ。その歩行者が邪魔をして自動車の進行を妨げ、いらいらが募る。

 PZは、この状況が世界規模で、この先も続くという最悪のケースについて、アーリャンと話し合った。


 仕事ができない。

 流通がストップする。

 生産がストップする。

 食事ができなくなる。

 これらは相互作用し、時間とともに度合いがひどくなる。

 病人続出、レスキューパンク。いや、レスキューは出動できない。

 飢えた人々は食料を求めて、倉庫などを襲う。そのときも迷路のルートに進むという滑稽な有様が展開する。


 結論からいうと、世界が終わる。

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