第21話 風と珊瑚の島々(7)


 二人は、サンディからその他注意事項や具体的な事例などの説明を二時間近く受け、その後別の部屋に案内された。診療所と同じ装置台の横に下着と基地の制服が置いてある。

 スーツも何着かあった。サンディは実験用と説明した。

 PZとUVは、交替でスーツをはずし、制服に着替えた。

 部屋には大きな鏡があった。UVは鏡を見て興奮していた。

 PZの場合は、二十年以上の間、健康診断で裸になるとき以外はスーツを着ていたので、最初のうちは何とも言えない違和感を感じた。

 スーツは鎧のように身体を保護してくれる。それが無くなると急に弱くなった感じがする。

 その状態でしばらくすごさないといけない。

 替わりの履き物が用意されてないので、シューズはそのまま脱がすにおく。いつでもはずせるので問題はない。



 もう昼食の時間だった。サンディはこれから街に出かけ、二人の服を買うと説明した。

 サンディは私服に着替えた。古代のオフィスで働く女性の通勤服のようだ。

「それいつも着てるの?」

 スーツと子供用ユニフォームばかり見てきたUVは、彼女の七分袖ブラウスを珍しがった。実は、ホウコでも珍しかった。古代の生活を引き継いでいるとはいえ、経済規模が小さいので、服の種類は少なく、作業服やジャージが普段着だった。

 三人で駐車場に向かった。


 一歩外に出ると、急激に暑さが押し寄せてきた。

「なにこれ」

 UVは、天変地異でも起きたかのように周りを見回した。

「この季節で昼になればこのくらいは暑くなるの。スーツ着てた人にはきついかも」

 サンディの言うとおり、スーツの温度調整に慣れた二人は、変温動物のように気温の変化に弱かった。

 急いで冷房の効いている彼女の車に乗った。




 ホウコ諸島はハワイとほぼ緯度が同じで、台湾より早く大陸から人が移住した平坦な島々だ。古代にはビーチリゾートとして有名で、観光が盛んだった。

 現在は外部からの観光客は途絶えているが、台湾から働きに来た褐色のスーツドをときおり見かける。彼らは、地元の人間からは古代の出稼ぎ労働者のように思われていた。


 本島西部の馬公港付近は、いまだに商店も多く発展している。

 古代は観光客用の飲食店が多かったが、今も似たようなものだ。

 サンディは路上に車を停めると、二人に一緒に来るように言って先に降りた。

「カーステーションはどこにあるの?」

 UVが彼女に聞いた。

「タクシーなら呼べばくるわよ」

 ちまきと、肉まんとハンバーガーの中間のようなものを買った。

 商品を購入するときサンディが店の人に紙を渡していたのを見て、

「それ何?」とUVが聞いた。

「お金、マネー」

「それがマネーなの? ただの紙じゃない」


 路上で食べ歩きをした。

 スーツドもよく売店の菓子を食べながら歩いているが、どれも小さくて乾いたものだ。ちまきや肉まんはできたてなので、道路にこぼしそうになる。

 デザートとしてコーンに乗ったサボテンアイスを食べた。色は赤だった。

昼食を終えたら、まずPZの服を購入する。総合衣料品店に入った。

 本人は何を着たらいいのかまったくわからず、ほぼサンディが決めた。


「男の人の着るものなんて、選んだことないけど、暑さに弱いようだからこれでいいでしょう」

 Tシャツと短パンを購入し、試着室で着替え、そのまま購入。

 着ていた制服は紙袋に入れて渡された。

「暑さは和らいだけど、何も着ていない気がする」

 と彼は言った。

 スーツは上下とも厚みがある。そこから手足が露出する服装に替えたので、裸になった気分だった。


 UVも自分で服を選んだ経験がないが、PZのようにはいかなかった。

 何度も試着を繰り返し、彼やサンディに感想を求めてきた。

「どうって聞かれても、どれ着ても同じだと思う」

 としかPZは答えようがなかった。

 サンディとは、女同士話が弾んだ。

「若いからもう少し明るめの色がいいんじゃない」

「これまで茶色しか着たことがないから、明るいのは駄目」


 最初の店では決まらず、次の店でパーティドレスが目についた。

「これは普通の服じゃなくて、特別な場所で着るものなの」

 とサンディが言っても、

「どこで着たっていいじゃない」

 とUVが主張したので、購入することになった。

 ドレスにスーツドのシューズではおかしい。ヒールを買うため靴屋に行くが、歩きづらいので、履き物はそのままに。

 ドレスに坊主頭はそれ以上におかしい。

 UVは、坊主頭を隠すためウィッグも買った。

 島は雨が少なく日射しが強い。サングラスが人気だ。

 UVは、「フードグラスのほうが全然いい」と言いながら、二十年前にデザインされた(それでも最新)高級品を選んだ。


 結局、紺のパーティドレス、眉毛まで隠れる大きなサングラス、銀髪のショートウィッグ、茶色のスーツドシューズという目立つ格好になった。本人はいたく気にいったようだが、サンディは、

「これで外歩くの?」といって笑っていた。

 PZには、何が良いのかも何がおかしいのかもわからなかった。


 買い物が終わった頃には、夕方近くになっていた。

 オペレーターは四時に交替する。サンディの勤務時間も過ぎていたので、

「今日はもう遅いから仕事はいいや。これから晩ご飯食べに行きましょう」

 といって、古代人のような格好になった二人をまた車に乗せた。



 ほぼ外部の力だけで太陽光発電を維持し、蓄電技術も進んでいるので、電気代は安い。ネオンが輝き、夜の街は明るい。ネオンランプはホウコ以外では使われず、ホウコの為だけに外部で生産している。


 夕食は干し貝柱のそうめんだった。今度は食べ歩きではなく、店の中で食べた。

 昼は経費から出たが、サンディのおごりだ。

 食べ慣れているサンディは最初に食べ終えた。PZを見ると、

「アーリャンから聞いたんだけど、牛肉のすごい料理を食べたそうね」

「あれは僕じゃなくて彼女」

 PZは、箸がうまく使えず苦労しているUVを見た。

「そうだったの? あの肉はこちらから送ったもので、向こうの食堂の係にレシピを送って調理させたの。うまくあなたに食べされられるか不安だったけど、アーリャンがどうしてもやれって五月蠅いから私が手配したの。だけど、食べるところまで確認していないから。味はどうだった?」

 サンディはUVに聞いた。

「これよりはずっといいよ」

 UVはそうめんというより箸が苦手だ。スパゲティならフォークで巻けばいいが、箸でそうめんをつかむのは至難の業だ。

「牛はタンパク質が少ないから、そちらでは乳牛しか飼われていない。いまじゃ馬もいないでしょう。こっちは小さな島だけど、馬も牛も飼っていて、魚貝類も豊富だから、料理の種類が多いの。そちらは全世界なのに数十種類しか料理のパターンがない。飽きてこない?」

「そんなこと気にしたこともない」

「船の中でもたくさん料理があったでしょう? あれこっちの料理人が作ったものなの」

「たしかに味はよかったけど、港の食堂で食べた後だからね」

「ごめんなさい。港の食堂もそうだけど、あなた達が気づくかどうかわからないから、両方用意したってわけなの」

「おじさん、頭がいいから両方気づいたんだ」

 UVはそう言って笑った。


 店内の客達は三人を奇妙な目で見ていた。スーツドがスーツを着ずに街にいるのも初めてだったが、いつもみるのは中年男性ばかりなのに、派手な格好の若い女のスーツドがいるのは理由を勘ぐりたくなる。ひそひそ話をしているが、PZ達には理解できない。


 ようやくUVが食べ終わって、三人は店を出て、前の道路を歩いた。

 石畳の両側に小さな店が軒を連ねている。街灯などはないが、店からの明かりで道路は明るい。

「何ここ? カフェみたいなところ?」

 一軒の店の前でUVが立ち止まった。

「コーヒーは飲めないけど、ゲームならあるわ」 

 ゲームセンターはひときわ明るく賑やかだ。三人は中に入った。


 ピンボール、スロットマシーンなどのアナログ的なものから大画面レーシングゲームなどデジタルなものまで、二十世紀から二十一世紀の間に開発された様々なゲーム機が置かれている。

 サンディはPZに解説する。

「そちらはカフェのテーブル一種類だけど、ここはたくさん種類があるでしょう。ゲームに限らなくて、開拓時代に古代の工場が取り壊されていた頃、こっちの業者がいろいろ手を回して、いろいろなモノがまだ作られてる。どの工場も、採算度外視だから、ずっと作り続けて、古くなると建て替えて、また同じものを作り続ける。それでもこちらの業者が廃業すれば、そこでおしまい」


 中年のPZは珍しそうに店内を眺めるだけだったが、若いUVは「これやってみたい」とサンディにねだった。

 ガラスで囲った筐体の中に玩具などの景品が入っていて、クレーンでうまく取り出すことができればそれをもらえるというものだ。

「昔は私もよくやったわ」

 サンディは、紙幣をコインに交換すると、一枚を筐体のコイン入れにすべりこませた。

「見本を見せなきゃ」

 彼女は、クレーンを縦横に器用に移動させ、パンダのぬいぐるみをつり上げた。

「うまくいきそう」

 後は自動的に外部につながる大きな穴まで持ってくるが、途中で落ちる危険性もある。。

「落ちないで」

 ぬいぐるみは筐体の下のほうにある穴から出てきた。彼女はそれをとって、「あげる」と言って、UVに渡した。

「何、これ?」

 スーツドは、熊は学校で習うが、パンダについては知らない。

「パンダという熊の仲間。絶滅危惧種だったけど、今は世話する人がいないから、どうなっているのかわかってないの。それからこれ全部使っていいから」

 残りのコインを渡した。


 それからUVは何回もチャレンジしたが、一度も成功しない。

 最後のコインを投入した。

 サンディとPZは目を離している隙に、若者のグループがからんできた。

「いつまでやってんだ。スーツドのくせに、ここに入るんじゃないよ」

 彼らは筐体を揺さぶり、ゲームの妨害をする。

「やめてよ」

 それでも彼女があきらめないので、今度は体を押して、無理矢理どかせた。

 スーツドは人から暴力を受けた経験がほとんどない。

「何するの?」と抗議した。

「英語、わかりません」

 PZが気付いた。

「トラブルみたいだ」

「ちょっとあなたたち、警察呼ぶわよ」

 サンディが若者達に注意した。

「逃げろ」

 彼らは外へ逃げていった。


 彼女は脅しで言ったのだが、UVは彼らを追っていく。

「あんな連中、ほっとけばいいから」

 とサンディが声をかけたのだが、戻らない。

「ごめんなさい。平等社会から来た人を差別しちゃって」

 サンディは若者達の代わりにPZに謝った。

「UV、危険だから止めないと」


 二人でその辺りを探したが、UVの姿はない。

「迷子になったのかしら」

 サンディは困り顔で言った。

「チャンスと思って、そのまま逃げたのかもしれない」

 PZが冷静に言った。

「逃げるって?」

「彼女はオペレーションをしたくないはずだ。ややこしい話ばかりで、うんざりしてたからね。明日からまたオペレーションだと思うと、逃げたくなってもおかしくない」

「困ったわ。どうしましょう」

 相手は、スーツをはずしているので、どこで何をしているのかわからない。

 事情が事情なので、サンディは警察に届けていいものかどうか迷った。

 ピーターと連絡をとると、彼のほうから警察に報告すると言われた。

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