第20話 風と珊瑚の島々(6)


 ようやくPZは事情が飲み込めた。

「つまり、僕達は選ばれた基地調査員ということだな」

 僕達ではなく僕と言うべきだ。


「そう。現地のスーツドが調査するのも、直接我々が出かけるのも問題が多い。我々はこの島々から出たことがない。ここの責任者である僕でさえ、台湾の港に何回が寄ったことがある程度だ。

 英語教育は行っているが話す機会がないので、言葉も不自由だ。それにこの顔形では目立ちすぎる。あなたがたの社会ではスーツがないと生きていけない。スーツはこちらでも入手できるが、生まれてから一度もスーツを着たことがない。

 それに人手不足だ。ここのスタッフの給与は税金で支払われる。四百年間何も起こらず、ここは一度も役に立ったことがないと言われてきた。

 たしかにホウコの行政からみればここは無駄な部署だ。それで予算は減らされる一方。オペレーターの人数に余裕はない。そこにいきなり本番の運用を任されたから、全く余裕はない。これ以上人を割けないのだ。

 だからあなたがたの出番となった。


 基地が見つかった場合だが、もしそこにシステムを運用できるだけのオペレーターが揃っていなくても、こちらで運用を続けるつもりはない。すぐには無理だが、現地でスーツドのオペレーターを養成する。あなた方はその第一号となってもらいたい。

 そのために一億ポイントをはずんだんだ」


「そういうことか」

 PZはそう言ったが、UVはよくわかっていないようだった。

「私にオペレーターをしろっていうの? そのためにこの島に来たってこと?」

「最初からそう説明してくれれば、余計な心配をせずにすんだな」

 PZは嫌みのつもりで言った。

「その点については、申し訳なく思っている。あなたがたを島に呼び寄せたのはもちろん我々だ。ゲーム好きのアーリャンに任せたのがいけなかった。遊び心が入ったようで、不安を抱かせてしまったのは申し訳ない」

 ピーターはそう謝罪すると立ち上がり、

「早速だが実際のオペレーションをお目にかけましょう」

 といって廊下に出た。


 三人は、オペレーションルームに向かった。

 オペレーションルームはかなり広く、端末の数も多いが、オペレーターは十名ほどしかいなかった。

 女性がほとんどで、机の上の端末画面に向かって作業していた。それぞれヘッドフォンを着け、キーボードのような入力機器の隣にマイクがあることから、古代に良くみられたコールセンターのようだった。

 そのなかにアーリャンもいた。

「彼はチーフオペレーターだ」


 ピーターは空いている席に着き、二人は横から覗き込む形になった。

 画面上にはいくつもの数値やグラフが表示されている。彼はキーボードでUV38244と入力した。

「私の名前?」

 ディスプレー画面には同じディスプレーが映った。画面の中の画面にもまた画面が映っているので、ロシアの土産のマトリョーシカのようだ。

「UV38244のスーツカメラの視点。合わせ鏡みたいだろう」

 とピーターはたとえた。

 スーツに小型カメラがはめこまれていることくらいPZ達も知っている。それでもこうやって実際に見てみると興味を引かれる。

「名前を入力するだけで、世界中の全ての人間の前に何があるのか知ることができるのか」

「それだけじゃなく、あらゆる個人情報を知ることができる。脈拍までもね」

 とピーターは自慢げに言った。彼も開拓者の子孫だった。


「それではミスUV、一度廊下に出てくれないか?」

 彼女は言われた通りにした。

 廊下に一人で立っていると、肩のスピーカーから、

「ただいまマイクの試験中。ミスUV、至急さきほどいた場所に戻ってください」

 というピーターの声がした。

 さらに、

「聞こえるか、UV。僕だ、PZだ」というPZの声も流れた。

「おじさん?」

「ああ、そうだ」

「私の声も聞こえるの?」

「聞こえるよ」 

 彼女は慌てて彼らのところに戻ると、「今のは何?」と尋ねた。「そこから話したの?」


 キーボードの横にはマイクが立っている。

「これは便利だ。名前を指定すればここから会話できる……連絡欄のシステムへの連絡は、こちら側が準備していなければ駄目なんだな」

 とPZは感心した。

「さすが高知能。わかりが早い」

 とピーターはお世辞を言った。「全人類の中から選んだだけのことはある」

「全人類? 嘘だろう」

「ばれたようだな。実際の条件は、台湾西部にいる中年男性のうち慎重な性格で頭のいい人物。あなたはそれらに適合していた」

 ピーターは椅子を回転させて二人のほうに向き直ると、

「実はここと各人が通話できるだけでなく、離れた場所にいる人間同士が会話することもできる」

携帯電話セルフォンってやつだね」

 PZも、古代の動画で見たことがあった。


「もともと携帯電話が発達して今のスーツが出来たんだが、今はその機能を停止している。本来、スーツはあなたがたの知っている以上に高性能だが、不必要な機能は使えないようにロックがかかっている。あなたがた二人のスーツはそれを解除して、高機能スーツにする予定だ」

「え、どういう意味なの?」

 UVにはピーターの説明は難しかった。

「簡単に言うと、今のスーツを特別なスーツにする。ソフトウェア上の変更をするだけだから、見た目は同じだけど」

 スーツの重要な機能に入場制限がある。川や海など危険な場所などに近づくと、それ以上進めなくなるというもので、特定の施設や地域への入場制限にも利用される。すでに二人は、普通なら入れないホウコ諸島に呼ばれた段階で、この機能を解除されていた。

「とりあえず、電話とメモを使えるようにする。メモはすぐ使えるが、携帯電話は島から出ないと使えない」

 ピーターは二人の個人情報画面を出し、設定を変更した。


 二人のウォッチのメニューに新たに通話とメモが出現した。

「どうやって使うの?」

 UVはすぐにメモを起動した。左ウォッチの画面全体にソフトウェアキーボードが現れた。

「左ウォッチのキーボードで入力すると、右ウォッチにその内容が現れる。画面は小さいから左右のウォッチ両方使う」

 UVがでたらめに入力すると、その内容が右側に表示される。

「終了を押してみて」

 ピーターに言われた通りにすると、今の内容を記憶するかどうか質問が現れた。「はい」を選択すると、メモは終わった。

「もう一度メモを動かしてみて」

 さきほど入力した内容が残っている。

 メモに使えるファイルはひとつだけだけで、記憶容量もごくわずかだったが、これをスーツドに使われると、出会った相手の名前や地名を記録し、社会に混乱を起こす危険性がある。スーツドに過去の記憶は不要だ。開拓者はそう考えた。

 だからスーツドは文字を書く機会ががほとんどなく、筆記具も買うことができない。


「すごい。便利だね」

 UVの正直な感想だ。

「携帯電話をかけるときも、こうやって相手の名前を入力する。練習だけしてみようか」

 左のメニューから通話を起動すると、またキーボードが表示された。彼女が「PZ10325」と入力すると、右ウォッチに表示される。「実行」を押すと、「通信圏外です」と表示され、音声も流れた。

「これで離れていても話せるんだ」

「今のところ、二人の間だけだ」

「なんだ、つまんない」

 UVは残念そうに言った。

 PZもメモを使ってみた。簡単だった。

 ピーターのほうを見ると、

「どうしてこんな便利なことができるのに、使えるようにしないんだ?」

「電話やメモがあると、人同士がつながるようになる。自由なコミュニケーションがグループを作り、それが格差の要因となる。そう開拓者達が考え、メイン基地はその考えを引き継いだ」

「今はこちらで設定を変更できるから、全員と会話できるようにしたらどうだ」

「そんなことをしたら、中継基地に負担がかかり、大規模なシステム障害につながりかねない。新しい試みは混乱を招く。僕は開拓者の教えを守るよ。メモも携帯電話も一般のスーツドに使わせるつもりはない」

 ピーターはそう言い切った。PZも、彼を言いくるめるだけの材料がない。その件についてこれ以上話しても無駄だとわかり、引き下がった。


「ついでにもうひとつ面白い遊びをしよう。最近まで僕も知らなかったが、アーリャンが見つけてくれた。これだ」

 ピーターはUVの個人画面を開いた。歩行入場制限の欄はDISABLE(無効)になっている。

 そこにLABYRINTHと入力した。

「何が起きたの?」UVは聞いた。

「歩いてごらん」

 UVは言われた通り、その場で歩いたが、数歩進むと停まった。

「何これ?」

「ウォッチを見て」

「迷路だ」

 左ウォッチに迷路が表示されている。


 画面上の迷路を指で辿りゴールを目指す遊びは、学校やカフェで誰もがしたことがある。

「迷宮型歩行制限といって、ウォッチの迷路通りに歩かないといけない。広いところじゃないと無理だね」

「何それ」

 狭いオペレーションセンターで迷路を機能させると、ルートが机に塞がれてゴールに到達できない。

「動けないからどうにかしてよ」

 ピーターは、彼女の制限をはずした。


 PZは、彼らと遊ぶ気分になれない。

「ホテルで六日泊まると聞いてるが、僕達はいつ向こうに向かえばいい?」

「およそ一週間後といったところだな」

「一週間?」

「すまない。七日間のことをそう呼ぶ。その間、基地でオペレーション研修を受けてもらう。どうだろう。こちらで暮らすのにスーツは不便だ。その間だけでも、スーツをはずさないか?」

「昨日、シャワーのとき大変だった」UVが言った。「私はそれでいいよ」


 PZはシャワーを浴びなかった。ピーターの言うように、こちらではスーツは役に立たず、邪魔なだけだ。しかし、もう何十年も長時間の間スーツをはずしたことがないので、少し不安だ。

「おじさん、どうする?」

「そうだな……一旦はずしてみて、耐えられないようならすぐ着けるというのはどうだ?」

「それでも構わないよ。基地の中に向こうと同じ機械があるから、すぐにはずしてくるといいよ。

とりあえずここの制服を着てもらうんだが、プライベートで制服はまずいから……サンディはどこだ?」



 ピーターは、端末に向かっていた髪の長い若い女性を二人の前に連れてきた。

 ピーターが漢語で何か話すと、彼女は「OK」と言った。それから、

「ここでの君達の研修担当のサンディだ」とだけ紹介した。本名は教えなかった。どうせ聞いても覚えられないと判断したのか、あるいは知る必要がないのだろう。

「僕は自分の仕事に戻るので、後は彼女に従ってほしい」

 そう言い残し、ピーターはオペレーションルームを出ていった。

 それからサンディは、オペレーションの基本について説明を始めた。



 システムとは、スーツドの社会を管理運営するコンピューターネットワークのことで、具体的には、一億人前後にスーツドの人口を調整し、食事、宿泊、適度な娯楽などを常時提供し、散髪、健康診断などのサービスを定期的に受けさせる。また地域による偏りを防ぎ、集団が発生しないように、人の流れを調整する。災害や事故、気候変動などにも対応し、社会が同じ状態で続くことを目標にしている。

 オペレーションとは、システムで対応しきれない問題を見つけ解決、調整することだ。

 システムは問題があると判断すると、端末画面に内容を表示する。対象は人だったり、施設だったり、地域だったり様々だ。件数は膨大なものになり、全てに対応することは不可能である。そこで、優先度の高い問題を選び出し、オペレーターはそのなかから対応すべき問題を選び出す。


 物流支援と呼ばれる作業が一番多い。

 生産や流通の過程でシステムが手配をかけた商品が、天候不順、災害など様々な理由で届かない場合、オペレーターが生産販売中止や数の調整、代替品への切り替えなどを判断し、調整する。

人の調整も必要になるときがある。必要人数が集まらない。ある地域に人が集まりすぎる。システムによる調整でカバーできない場合は、オペレーターが支援する。

 世界にあるモノは使用期限がすぎると、原則として同じモノと交換する。建物や道路も一定期間が過ぎると取り壊し、同じ場所で作り直すが、災害で地形が変わったりすれば、代わりの候補地を選ぶのは人間の仕事だ。

 原料が枯渇した場合などは、代替品を探す必要がある。

 監視所など複数の設備を使用している施設でトラブルがあった場合、どの設備が原因かシステムでははっきりしない場合がある。その場合、現場のスーツドに状況を尋ねるなどして、対処する。 

 交通事故などで交通渋滞が起きた場合、システムによる自動調整がうまくいっているかチェックし、必要ならばオペレーターが別ルートに誘導するなどして調整する。

 その他、システムが拾い上げた、急激に使用頻度が高くなった単語から、スーツドの間に不審な動きがないかチェックをする。

 地震、台風、山火事などの災害対処は完全自動化が難しい。避難、救助指示などオペレーターの判断を必要とする。


 オペレーションの具体的な操作方法は主に3パターン。


① 個人や施設の情報が表示される画面があり、そこから処理を行う。

② {T282113511の屋外にいる人間}を{S282113511に移動}といったようなコマンドを発行する。

③②をフローチャート化して実行する。

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