第34話 開拓者達(5)


 ヴィンセント・リーこと李長宇が、スマートスーツ用の格闘ゲームの構想を思いついたのはライバル会社よりはるかに早かった。その理由は、彼が創業者の孫で、開発中のスーツに関する情報を先んじて手にすることができたからだ。彼はまだ学生だったが、アイデアを叔父のソンウェイに話し、子会社を作ってもらい、そこの経営者に就任した。

 そこで最初にしたことは、高名な武術家を招いて、その動作を測定すること。いわゆるモーションキャプチャーだった。

 まだプロジェクトも固まっていない時期だったが、老師はすでに高齢で、体を動かすことができるうちにと急いだのだ。


 全身にセンサーを装着した状態で、いくつかの演武を終えた老師は、

「もう今の私には若い頃のような力がない」

 といって謙遜した。

「機械なので力はいくらでもだせます。必要なのは正しい型のデータなのです」

 ヴィンセントがそう答えたので、老師は少し心配になった。

「これはロボットに武術を教えるようなものじゃないか。簡単に人が殺せてしまう」

「従来の格闘ゲームにくらべ、実際に体を動かすのでリアルです。しかし、相手もスーツを着けているので、問題はありません」


 実は彼は、単なるゲーム以上の期待をかけていた。近い将来、痴漢防止などの護身目的で販売するのだ。

 この時点では人口削減の手段として使うとは、想像もしていなかった。



 リアル格闘ゲーム「大八極」の最終テストは極秘に行われた。それまではスーツ装着者同士の対戦だったが、今回は生身の人間とスーツ装着者が戦う。しかも、ヘビー級の総合格闘家とスマートスーツ社の女性社員という組み合わせだ。

 場所はグループの研究所の敷地で、血が流れる心配から下にはシーツが敷いてある。

 当然、関係者以外は立ち入り禁止で、そこに老ダニエルの姿もあった。


 破格のギャラにとびついてきた格闘家は、名の知られた存在だ。練習中の怪我のせいで王座から滑り落ちたものの、いまだにトップクラスの実力を誇る。

「相手は女の子どころか、ただの服だろう。人間が服なんかに負けるわけがない」と強気だ。

 それで、何が起きても文句を言わないよう、契約書にサインしていた。


 実験本番。

 彼は、自分の言葉どおり、スーツの攻撃をたくみにかわし、女性社員は何度も倒れた。

「やはりスマートスーツはすごいね。あれだけ派手に転んでも、怪我しないんだから。だけど、いくら受け身がすごくても、攻撃にスピードとパワーがない」

 その時点では格闘家は余裕だった。


 それから徐々にレベルを上げると、格闘家は苦戦するようになっていったが、どうにか勝利はおさめていた。

 最強の二つ下のレベルに設定すると、格闘家は息切れしながらも、

「もう面倒だから最強と戦わせろよ。最強の服でも、俺にとっては朝飯前だからな」

 といって、強気な姿勢は崩さなかった。

 しかし、それが彼の最後の言葉となった。

 格闘家の死は、交通事故という形で処理された。



 スマートスーツ社には競合メーカーが存在しなかった。他社の技術で同じような製品が作れない事はなかったが、開発には膨大な費用がかかり、すでに市場を席巻している同社に価格の面で太刀打ちできない。そうマスメディアは説明をつけた。

 もし勇気あるチャレンジャーが登場したとしても、投資家からそっぽを向かれ、各所から様々な妨害を受け、最後には巨大な闇の力で葬り去られることになる。

 独占に対する批判に対し、同社はスマートスーツはスマートフォンの一種であり、携帯電話市場を独占しているわけではないと説明した。

 その一方、同社は世界各国で通信キャリアを傘下におさめ、五大陸にまたがる通信網を築き上げていた。砂漠寸前の乾燥地帯やヤギしかいないような山岳地帯にまで基地局を建設し、投資家からビジネスとしておかしいと批判を受けていたが、科学技術の発達で将来的に人が住めるなどと説明づけていた。 



 ヴィンセントは、創業者からみると次男のそのまた次男だったが、一族のなかで最も賢く、ダニエルも注目していた。しかし、大企業の経営には関心がなく、関連会社でスマートスーツ用のアプリケーションソフトの開発を行っていた。

 それももっぱらゲームなどの娯楽用途で、特にお気に入りは、スーツの拘束機能をいかした迷路ゲームだった。

 それまで実際の迷路を体験するには、幾重もの壁や広い場所などおおがかりな施設が必要だったが、これはどこにでもある広場や公園がそのまま迷路に変わる。


 ゲームを起動すると、何千種類もあるデータから無作為に選ばれた12×6メートルの迷路図が装着者の周囲に設定され、縮図が左ウォッチに表示される。線と線の幅は60センチ。巨漢の場合体がはみ出そうだが、両足がその間にあればいい。

 プレーヤーの現在地は赤い丸印で表示され、迷路の線は目に見えない壁となって、プレーヤーの移動を塞ぐ。フードを下ろしグラスをかければ、現実世界に黄色い線が浮かんで見えるが、見ないでプレーするほうが面白いと言われている。


 ある日、このソフトをダニエルにプレゼンテーションする機会があった。

 高層ビルの広い屋上で、スーツを着てグラスをかけたヴィンセントの部下が不自然な動きをしているのを見て、ダニエルは笑った。

「移動するのに数倍の時間がかかる。連続ダウンロードすれば、人の流れを制御するのに使えるかもしれない。あるいは逃亡を防ぐのに都合がいい。全く動けないままで長時間固定されれば、人体にダメージが残るからね」

「そんなことすれば即人権問題ですよ」

 ヴィンセントがそう言うと、

「時に人権は、不平等を生む場合もある」とダニエルは答えた。「それは発言と同じで、人権の主張の程度が人や状況によってことなるからだ。平等に人権を与えるだけではだめだ。実際の利用状況まで完全に均等化する必要がある」

「そんなことは無理です」

「いや。ひとつだけ方法がある。人権の主張が完全に無くなれば、全員がゼロで平等ということになる」

「それでは人間には人権がないのと同じです」

「人間は平等に人権を持っている。ただ誰も使わないというだけだ」

「それこそ人権無視の独裁体制です」

「人権を使わなくても、問題のない社会があればいい」

「それでは人権がない社会と同じではないですか」

「君は何もわかっていない」

 スーツを着た青年が滑稽な動きをしている横で、真面目に人権問題を論じているので、傍から見るとおかしかった。

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