第33話 開拓者達(4)
スマートスーツ社CEOリー・ソンウェイは、新製品発表会での演説を終え、聴衆の拍手に包まれながら、壇上を後にした。かつてないコンセプトの商品だったので、高揚感はすぐには消えなかったが、そでに控えていた初老の黒人を見ると、すぐに笑顔を浮かべた。
「なあ、ダニエル。私の親父も言っていたように、君の言うことは浮き世離れしているかもしれないが、金儲けに使えそうなアイデアがたくさん詰まっている。金銭欲の少ない学者タイプの人間だから、積極的に仲良くして、たっぷり儲けさせてもらうんだなと、親父は口がすっぱくなるくらい言っていたよ。
それでつき合いは長くなったけど、未だに君の本心が読めない。結局、自分より頭のいい人間が何を考えてるかなんてわからないということだな」
相手のお世辞にダニエルは謙遜した。
「そう言っても、商品の価値がわかっているから、こうして盛大な発表会を開催したんでしょう。特殊ワイアーを仕込んだハイテクジャケット。私はコンセプトを提案しただけで、若い技術者達の努力の成果ですよ」
「自分で考えておいて、その言い方はないだろう。単に服の中にスマートフォンを入れただけじゃなくて、遠隔操作で着ている人間の行動を制限できる。犯罪者の更正はもちろん、犯罪防止につながる。社会貢献になるから、我が社のイメージアップは間違いない」
ソンウェイはそう言ったが、スマートスーツシリーズには、人権侵害に当たるという反対の声も大きい。
最初は性犯罪者監視システムだった。それが序々に分野を広げ、今回、被害者にならないためのジャケット、正確には、脱がすことが難しく、カメラの映像から誰に危害を加えられたかがわかるため、犯罪被害に遭う確率を減らすためのジャケットの販売にこぎつけた。
「株主も理解してくれている。親父は幅広くホテルやレストランを経営していたが、私は世界的なハイテク企業のトップになった」
世界的なハイテク企業のトップというのは間違いではなかったが、表現不足だった。彼は現在世界一の個人資産を誇る大富豪で、スマートスーツで得た資金をあらゆる分野に投資し、世界各国の首脳と顔見知りだった。
二人は、外に出て駐車場に向かった。この頃には自動運転が当たり前だったが、一部高級車には、ハンドルと運転席があった。一握りの富裕層は相変わらず、お抱え運転手を雇っていた。
車内でも、新型ジャケットの話題になる。
「いったいどれだけ実験したと思う? のべ五万時間だよ。開発費100億ドルの製品にしては少ないかもな。売り上げは最低でもその十倍はないといけない。でも、この世代は利益はあまり利益を期待しない。次の世代で回収するから何の問題もない……」
ダニエルは、ソンウェイのビジネス話に興味がなかった。
適当に聞き流している間、彼の脳裏には、これまでの人生の数々のシーンが走馬燈のように浮かんでいた。
人は神の前に平等だという、黒人教会の牧師の言葉。
ハイスクールで黒人街の出身者が味わった人種差別。
限りなく資産を増やし続ける投資家。
反対に没落していく中産階級。
鬱憤のはけ口を外国人排斥に向ける扇動家。
メディアに操られる愚かな大衆。
権力闘争に汲々として問題を直視しない政治家。
平等を主張する人権活動家に限って、平和的に物事を進めようとするので一向に事態は改善しない現実。
柔道の試合を見て、服に締め上げられる人間の姿が浮かんだ。
そのとき平等に必要なものは暴力だと気づいた。
「人類平等化? そんなものには興味ないよ。一ドルの得にもならんからね」
亡くなる直前の李文鳳の言葉だ。
ダニエルは恩人の死をチャンスと受け止めた。長男のソンウェイは物わかりがよく、自分の言うことをよく聞いてくれる。
残された時間は少ない。
自分の生きている間に、自分が死んだ後も、機能していく組織を作らないといけない。
ソンウェイは、ダニエルが退屈そうなので、話をやめて、ブリーフケースから書類をとりだした。
それから、ぶつぶつ独り言を言いながら、ビジネス計画に頭を巡らした。
「ひとつ聞いていいですか?」
ダニエルは、隣で書類を読む大富豪に聞いた。
「なんなりと」
ソンウェイは書類から目をはなさずに、答えた。
「これさえ手に入れられるなら、いくらお金を出しても、いくら労力をかけてもいいと思えるものをひとつあげるとしたら、何でしょうか?」
「子々孫々に至るまで、特権階級として暮らすことが保証されることかな」
大富豪は目をあげずに答えた。
ハンドル付きの車だが、自動運転モードなので、運転手は暇そうだ。
ダニエルは、彼が自分達の会話を盗み聞きしていることに気づいた。
「運転手さん」
「はい?」
いきなり話しかけられて、相手がどぎまぎしているのがわかった。
「自動と手動とどちらがいいですか?」
「自分で運転したほうがいいですよ。昔の車みたいにハンドルはあるのに、勝手に動いてくれるから、こっちはすることがなくて、頭がぼけるだけですよ」
それこそが完全自動化の問題点だ。人間の仕事をとっておかなければならないとダニエルは思った。
雨が降ってきた。スーツは防水仕様だが、頭部は雨に濡れてしまう。それならフード付きにすればいい。
せっかくなのでフードは雨避けだけでなく、中にいくつかの機能を持たせよう。
耳のところにスピーカーがあれば、ヘッドフォンのように周りに音が漏れず、本人だけが聞くことができる。
ちょうどそのとき、スマートウォッチをのぞき込みながら道を歩く若い女性が見えた。サングラスを髪の上に載せているのは、この天気では仕方がない。
ソンウェイも書類を読むのをやめて、彼女を見ていた。
「もうこれからは最初から服の袖にスマートフォンが付いているから、わざわざ専用機を買う必要はなくなるな」
ソンウェイはそう言ったが、ダニエルの考えは遙か先を行っていた。
フードにヴァーチャルリアリティグラスを付けて、必要なときだけ目の前に降ろして使えばいい。「何かまたいいアイデアが浮かんだのかい?」
ソンウェイはダニエルの様子に感づいてそう言ったが、ダニエルは自分の考えに夢中で返事をしなかった。
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