第51話 スーツド(被支配層)の乱(6)
ピーター達を乗せた自動運転車は、フェリーで台湾海峡を渡り、午後二時頃旧台南市の安平港に到着した。ピーター達非スーツドは、自動車に乗ったまま埠頭に降りたが、スーツドのTCはシステムの管理が必要なので、彼らとは別に乗降口にある受付台の前を通らなければならない。
「ストップ」
スロープを通り過ぎると、ピーターは車に指示した。
自動運転車は、乗客の声に反応して停止する。しかし、発車させるにはスーツドである必要がある。彼らはTCが歩いてくるのを待つ。
「本当に融通が利かないな」
髭の作業員が文句を言った。
「融通が利かないというよりも、このような例外的状況を想定してないんだろう」
とピーターが説明した。
服装による格差を無くすため、スーツのデザインはどれも同じだったが、同じ色の同じ形では人の区別がつけにくいことが実験でわかり、十二色に色分けされた。その中でも赤や黄色のスーツはひときわ目立つ。
「あ、来た来た」
市役所職員がそう言ったので、車内の男達は赤い女性がスロープを歩いてくるのを見守った。
「ゆっくり歩きおって。こっちは急いでるんだから走れや」
髭の生えてないほうの作業員が文句を言ったが、相手の耳には届かない。
はずだが、彼女はいきなり走り出した。
「おい、なんだ」
その作業員だけでなく、車内にいる全員が驚いた。
彼女は、彼らの車の横を通り過ぎ、街に向かって理想的なフォームで走ってゆく。
「追え、追わないと」
髭のある作業員が叫んだが、彼らでは自動運転車を動かせない。
「逃げられた」
職員が言った。
「俺達といるのが嫌だったのかな。そんな素振りは見せなかったけど」
髭のない作業員が言った。
「どうします?」
彼女の役割は、ホウコ基地との連絡並びに、自動運転車の指令だ。
「後少しというのに」ピーターは苦虫をかみつぶした表情を浮かべた。「その辺でスーツドをつかまえて布袋まで連れて行こう」
およそ20キロ北に進んだ布袋港には、管理棟がある。そこまで行きさえすればどうにでもなる。
「この辺にスーツドいるかな?」
「見つからないと20キロ歩くことになる」
「本当に融通が利かないな」
「コンピューターとはそういうものなんだよ」
彼らは車から降り、新たな協力者を探した。
彼らは、スーツド達にかなり気味悪がられたので手間取り、布袋港に着いたのは午後四時を過ぎた頃だった。
「こんなことなら、歩いたのと変わらなかったな」
ピーターが自嘲気味に言った。
協力してくれたスーツドには、後で一万ポイント進呈するとお礼を言って、そこで別れた。
「一万? 嘘でもうれしいよ」
相手は信じていなかった。
管理棟に入ると、PZが出迎えた。
「大変だったな」
「お互い様だよ」
ピーターがそう答えた。
彼は、挨拶も早々にホウコ基地に連絡を入れた。
アーリャンの報告によると、ピーターの予想通り、スーツドのコントロールがうまくいっておらず、TC47108を調べてもらうと、まだ安平にいるとのこと。
「勢いよく走っていったけど、あの辺りか。彼女には褒美を贈呈しないといけないが、後回しでいい。そうだ。とりあえず、百万ポイントつけておいてくれ。今ポイントなんか役に立たないが、せめてもの我々の気持ちだ」
ピーターはそう言った。ついでなので、
「UV38244は、まだ電源が入っていないか?」と聞くと、
「え~と、これは……」
電話越しではあったが、アーリャンの反応がただならぬことがわかった。
「どうした?」
「電源は入ってますが、本人が死んでます。脈拍がゼロです」
「カメラに何が映っている?」
「これはなんだろう。天井のようです」
「今どこにいる?」
「ちょっと待ってください……彼女も安平です。そこにある診療所です」
「診療所で死んでる? しかも安平って。北京城にいると思ってたのに」
PZはその場にいたが、漢語の会話だったので内容はわからない。ただUVという部分は聞き取れたので、耳をすませていた。
「僕はすぐにそちらに向かうので、警察のほうには君から伝えてくれ。死人を罰することはできないが、重要容疑者を放置するわけにはいかない」
ピーターは電話を切ると、PZに説明した。
「死んだなんて嘘だ」
冷静なPZがそう叫んだ。だが、すぐに落ち着き、
「あれだけのことをしたんだから、そういうこともあるかもしれない」とだけ言った。
次の船便でピーター達はホウコに戻っていった。彼と入れ替わるように、大勢の警察関係者が港に到着し、PZは一緒に、UVの遺体のある診療所に向かった。
到着すると、銃をかまえた警官がドアを開けた。
「うっ」
建物の中に踏み込んだ全員が顔を背けた。
UVの遺体は、待合室の床に仰向けに横たわっていた。
顔中がめちゃめちゃに斬りつけられ、周りは血の海と化していた。
「誰がやったんだ?」
年輩の刑事がつぶやいた。
診察室にもう一体遺体があった。
中年の男で、背中を何度もナイフのようなもので刺されていた。
男はスーツを着ておらず、下着一枚だけだった。診察室にはスーツをはずす装置があるので、それではずしたのだろう。しかし、スーツは見つからなかった。
二人の遺体はホウコに運ばれ、解剖された。
男は失血死で、UVの死因は扼殺ということだった。首を絞められてから、顔を破壊されたのだ。
犯行時刻は当日の午後三時前後。ちょうど近くの港でピーター達が車を動かすスーツドを探していた頃だった。
遺伝子と指紋の照合が行われ、女はUV38244に間違いがなく、男はMT47114と判明した。
二人の傷口から同じ凶器が使用されたと思われたが、凶器は見つからなかった。世界は混乱の最中にあり、警察も多忙なので、犯人の捜索は行われず、彼女に恨みを抱くスーツドの犯行とされた。
彼女が世界を混乱に陥れた張本人であることは、一部の関係者しかしらないことから、おそらく彼女自らが自分の犯行を吹聴したので、殺害されたと推測できる。男は彼女をかばおうとして、スーツを脱がされた後で殺され、スーツは持ち去られた、と結論づけられた。
スーツは首を覆っていないが、首を絞められた場合、システムが相手のスーツドを制止するはずだ。ナイフで人を刺すのも、一度や二度ならともかく、顔の見分けがつかなくなるまで、相手を傷つけることはできないはずだった。他にもいくつか疑問点があったが、世界の混乱でシステムが対処できなかったということにされた。
後日、UVと長時間行動を供にしたPZは、重要参考人としてホウコで取り調べを受けた。
それが済むと、彼はホウコ基地に向かった。
アーリャンは、目の下にくまができていた。
「あれから大変だったよ。何から手をつけていいかわからず、全くのお手上げ。することはいくらでもあったけど、何やってもじょうろで砂漠に水を蒔くような感じで」
一緒にオペレーションセンターに入って驚いた。満席に近い状態だったからだ。見覚えのあるオペレーターはごくわずかで、ほとんどが知らぬ顔ばかり。どうみても学生にしか見えない者も少なくない。
「ベテランオペレーター達は過労でダウンしたか、仕事を拒否。僕も辞めたいよ」
と言って、アーリャンは倒れるように空いた席に着いた。「だから、従来のやり方はあきらめて、人海戦術で手当たり次第に、スーツドに話しかけることにした。英語さえ話せれば誰でもできるからね」
彼の言葉どおり、そこにいた者達は、スーツドの説得に当たっていた。
「あなたが食べるものが必要なのはわかります。その食べ物は誰かが作らなければいけないんです」
「ウォッチの指示通り、畑に行って、仕事をしてください」
「ええ、おっしゃることはわかります。宿の再開まで休憩所で休んでください」
端末を覗くと、すぐに事態の深刻さを思い知らされた。
優先度最高ランクの問題が山ほど未解決のまま残っている。
山火事発生。船が難破しました。地震、津波、雪崩、疫病の疑いあり……。
それ以下のランクになると数え切れない。
食堂に食材が届かない。食堂に労働者が来ない。食料庫が空。売店に在庫がない。監視所に人がいない。工場に労働者がこない。工場に材料が届かない。診療所に労働者が来ない。貨物船に荷物が届かない。遺体が放置されている。レスキュー車が来ない。
こんな状況でも、道路や建物内の清掃問題など優先順位の低いことも、システムは真面目に報告してくる。誰かのいうように融通が利かない。
オペレーターは手当たり次第にスーツドに話しかけ、仕事をするように訴えるが、システムを信用しなくなった彼らが指示に従わないので、全くの無駄だ。彼一人が加わったところで、どうにかなる状況ではなかった。砂漠に一滴の水を注ぐようなものだ。
「スーツドは何千万人もいるのに、ここのスタッフは百人もいない。こんなことして事態が好転するのか?」
PZはアーリャンに聞いた。
「そんなことは最初からわかってる。行政の方で特別に予算増やしてもらったんだ。結果がどうなろうと、仕事してる形をとらないといけないだろう」
新人オペレーターの中には、仕事をせずにスーツドをからかったり、カメラを覗き込んで遊んでいる者もいる。
「一大事だからといって、大勢素人よこされてもね。プロ中のプロでもどうにもならないんだから……」
アーリャンはあきれたように言った。
ホウコ基地のオペレーターは、生き残ったスーツドをコントロールできず、投げやりになっていたが、ホウコの有力者達は、システムによる世界の安定化をあきらめ、自分達が直接世界を支配すべきだと考えるようになっていた。
すでに台湾南西部の嘉南平原は、ホウコの警察が統治している。行政の本拠地をそちらに移すことが、市の幹部の間で検討され始めていた。
PZも、今後の身の振り方を考えなければならなくなった。
今まではシステムの指示通り行動し、後数年生きるだけなので老後の心配もなかったが、今では何歳まで生きるかわからず、食べるために職業という専門の仕事を見つけなければいけなくなった。
彼だけでなく、誰もが何歳まで生きるかわからない時代に突入したのだ。
彼の一億ポイントは無意味になったが、それでもホウコの関係者に顔が利くので、他のスーツドに較べ恵まれた立場にあった。
アーリャンに相談したら、
「この調子だとおそらくシステムは停止になるので、オペレーター職では食べられない。スーツドでありながら、こちらの生活を経験した君なら、台湾辺りでいくらでも仕事がある」
と言われ、布袋港の管理棟に住み込みで働くことになった。
スーツドの手配が自動で行われなくなったので、彼は港で働く荷役労働者の管理をまかされた。やがて独立し、嘉南平原の農地、工場、工事などで働くスーツドの手配を行うようになった。
この地域は穀倉地帯で、生き残ったスーツドや学校から逃げた子供達を使った耕作が行われ、人間が人間を管理する古代方式が復活している。
農業だけでない。システムに管理されていた工場、倉庫を、人間のものとした。
ホウコから人が出るのと反対に、被支配層をホウコにいれる動きも加速していた。
被支配層はスーツをはずしたが、スーツドという呼称はそのまま残った。そこには奴隷というニュアンスも含まれていた。スーツドは、システムに支配されていた時代は平等と安定を享受できた。いまや、ホウコの有力者からみれば、ただの奴隷にすぎなかった。
有力者はより多くの土地と奴隷を求めて、大陸に進出していった。
これまで台湾経由でしかいけなかった海路は、大陸との直行便を設け、大勢のスーツドや大量の物資が台湾海峡を行き交うのだった。
やがてPZも大陸に拠点を移した。名前を任承訓と改め、英語名はアイザックとしたが、皆彼のことを親しみを込めて、PZと呼ぶのだった。
彼は、史上最大の悪女「大虐殺者UV38244」と行動を共にした有名人だった。
彼に会った者は誰でも、UVのことを聞く。
「わがままだったけど、本当はいい子だったよ」
とは言えず、適当にはぐらかすのだった。
それが、一億ポイント獲得して世界を救う旅に出た冒険者の成功物語だった。
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