第50話 スーツド(被支配層)の乱(5)


 城内で捜索を続ける警官五名、怪我の心配があるので医師一名、市役所職員二名、作業員一名を残し、ホウコに帰還することになった。ピーターは、残る者達に城門や基地のドアの開閉方法を教えておいたが、スーツドは城内に入れないので、基本は開け放しにする。

 ホウコ基地のほうで、自動運転車の手配がかけられ、搬入口の前に止まった。


 出発は正午。ピーター達は、北京城に三時間しか滞在しなかったことになる。

 行きと同じルートだったが、帰りの街は地獄絵図と化していた。

 至るところで死体が転がり、動ける者は略奪に走っていた。子供達も一緒だ。むしろ大人より威勢が良く、集団で大手を振るって闊歩していた。

 その光景を見ているうちに、ピーターの頭に杜甫の詩が浮かんできた。


   国破れて山河在り

   城春にして草木深し

   時に感じては花にも涙を濺ぎ

   別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

   烽火三月に連なり

   家書万金に抵たる

   白頭掻けば更に短く

   渾べて簪に勝へざらんと欲す


 節度使安禄山の起こした反乱により、唐王朝は滅亡寸前の状況に置かれたが、反乱軍の内紛で窮地を逃れた。しかし、その後は衰退の道を転げ落ちていった。

 今回の騒乱は、安禄山の乱程度ではすまない。全世界が一気に滅亡に向かっている。少なくともこれまでの体制は崩壊する。

 後世の史家は、どのような名を付けるのだろう。スーツドの乱、UV38244の乱……。後世そのものがあるかどうかわからないが。


 車内では誰も眠る者はおらず、皆今後のことを話し合っていた。

 その様子を観て、ピーターは、彼らにこれから何が起こるのか説明することにした。


「異常が発生してから、まだ三日も経っていない。半数以上は生き残っているはずだ。スーツドには現時点で正常な指示が出ている。それなのにこの様子じゃ、誰もウォッチの仕事に見向きもしないようだ」

 漢語でそう言って、同乗させたTC47108に、英語で現在の業務がどうなっているか聞いた。

「選択は山ほど出ています。売店、宿、工場、食堂、診療所、レスキュー、監視、倉庫、いくら画面を送ってもきりがなくて……。必須は……前から出ていたものが残ったままです。休憩所の清掃」

 彼女は、この非常時に休憩所の清掃のようなどうでもいい仕事が必須に入っていることに笑った。「遺体の片づけ、レスキュー、脱走した子供の捕獲が一杯選択に出ているのに、必須が掃除なんてふざけてますね」


「融通の利かないアルゴリズムだから仕方がない。システム管理の責任者のすぐそばにいる人間が、必須も選択もせずに、自動車に乗ってるだけということからもわかるように、今ほとんどというより全てのスーツドは、ウォッチに命令が出ても従おうとせず、おかれている状況から自分で判断した行動をとっていると思われる」

 ピーターは一層声を張り上げると、

「最近はないが、古代で労働争議というものがあって、会社の従業員が給料を上げてもらおうと、全員で仕事をさぼるサボタージュという活動をすることがあった。従業員が仕事をしないと会社が困る。だから給料を上げるか、サボタージュをされないように、先に手を打つ必要がある。

 今世界のおかれている状況は、全人類がサボタージュをしているようなものだ。これでは全く社会が機能しない。会社は給料を上げればすむことだが、今我々は打つ手が見あたらない。おまけに子供達が、学校から逃げ出して暴徒化して手がつけられない」


「ポイントを増やせば、スーツドが働くようになりませんか?」

 市役所職員の意見だ。

「試してみる予定だけど、おそらく無駄だろう。ポイントより食べ物だからな」

「強制的に言うことをきかせることができるって聞いてますけど」

「ワイヤー引っ張って苦しめれば、誰でもいうことはきくけど、全員が対象じゃ相手が多すぎる。それに生き残ったスーツドは、かなり衰弱していて、痛めつけても動くことができない」


「で、結局どうなるの?」

 髭の濃い土木作業員が聞いた。

「お手上げかな」

 ピーターがつぶやくように言った。

「俺達も死ぬの?」

「死ぬことはないが、相当混乱するのは間違いない。外からモノが入ってこなくなる可能性もある。しばらくの間、貧しくなることは覚悟しないと」

「厭な時代に生まれちまったな」

「でも、銃を持ってるのはホウコだけです。システムが動かなくても手動自動車もありますし」

 職員は言った。

「そういう観点からするとチャンスでもある。これまではシステムのサポートを行う報酬として、必要物資を必要なだけ手に入れてきたが、帝国主義的な覇権を握ることも可能だ」

「もっとわかりやすく言って欲しい」と作業員。

「ホウコが直接世界を支配する。いや、それにはホウコから出たほうがいい。我々がシステムに代わり、世界を直接統治する」

「すげえな。期待してないけど」

 作業員は、投げやりにそう言った。


 高速道路に入ると、窓の外を見ても悲惨な光景はなく、車内は静かになった。

 最初は身内のオペレーターを疑っていたピーターは、ホウコとの会話やTCの証言から、UV単独犯説に見解が切り替わっていた。


 それでも、解せないことが多い。

 どうして学校を出たばかりの、どちらかといえば知能の低い少女が、あんなたいそれたことをしでかしたのか。

 本当に彼女ひとりの仕業なのか。彼女を裏で操る黒幕がいたのではないか。


 いかなる組織も存在せず、ロボットのような人間ばかりのスーツドの世界で、陰謀のようなことが行われるはずがない。

 ホウコの有力者なら動機はあるが、彼女との接点が見いだせない。

 何か肝心なことを見落としているのではないか。


 ホウコでの逃走中、彼女は民宿で働いていた。

 まさか民宿で知り合った人間が黒幕?

 そんなはずはない。スーツドの逃亡者が基地にひとりでいる状況を想定するのは難しいはずだ。


 黒幕の条件として、

彼女がオペレーターということを知っている。

彼女に指示するための連絡手段を持っている。

今回の騒動によるメリットがある。


 これらの条件を満たす人物は誰もいない。


 ということは、少なくとも人間は黒幕ではない。


 残るは、コンピューターシステムということになる。


 が、それはおかしい。

 システム自身が意思を持って、彼女を操れば可能だが、決まり切ったプログラムが作動するだけの機械にすぎない。データは常に更新されるが、マスタープログラムはROMに焼かれ、自ら意思を持つようなことはない。


 本当にそうだろうか。

 そう伝え聞かされているだけで、直接調べたわけではない。

 システムが、単に計算処理能力が高いだけのコンピューターではなく、学習と推論を行う人口知能だったとしたら。


 システムは、英語だけでなく漢語も解し、ホウコ基地や行政の人間の話すことを分析していた可能性がある。

 以前、オペレーターから、システムに盗聴されているという報告を受けたことがある。そのときは勘違いで片づけたが、本当だったのではないだろうか。


 ここ数年の基地の動きは、オペレーション負担を減らす方向に向かっていた。行政の人間などは、基地なんかなくてもいいと公言する者までいるくらいだ。

 会話を分析したシステムは、自身の世界統治を良くないものと判断し、自らの活動を終了させるシナリオを描き出した。

 人間の考えからすると、電源を切断すればすむことだが、システムの判断で電源を停止する仕様ではなく、自らが電気で動いていることさえ知らなかったのだろう。

 あえてまわりくどい方法をとったのは、参照にしたホウコ基地の運用先移転計画がまわりくどかったからだ。


 アーリャンが自分の趣味に合わせて、冒険者を選び出したように、システムも冒険者を選び出した。

 それがUV38244。

 彼女を選んだ理由は、アーリャンが選んだPZ10325の選択業務で一緒だったからだ。

 でも、彼女は自分がシステムに選ばれた冒険者だという自覚がない。

 システムは、どうやって彼女を操ったのだろうか。

 そういえば、端末のスピーカーから、あなたはトイレに行きたくなる、という小さな声がするのを聞いて、トイレに行ったというオペレーターの話があった。悪い冗談だと思っていたが、あれも事実だったのだろう。

 システムはUVを暗示にかけ、意のままに操った。

 彼女にわがままな行動が多かったのは、自分を操るシステムへの無意識レベルでの抵抗だったのだろう。


 システムが、ちょっとしたきっかけで暴走する人工知能だったとは意外だった。そんな危険なものをよくこれまで長い間利用してきたものだ。

 だが、もう大丈夫だ。システムは自らの意思で活動を止めることになるのだから。

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