第49話 スーツド(被支配層)の乱(4)
ピーターからPZに連絡が入ったのは、港の管理棟に泊まった翌日の午前中のことだった。これでシステムが復旧したと、関係者は喜んだ。
コンピューターシステムが停止していたり、誤作動していたわけではなく、命令に問題があっただけなので、システムの復旧という表現はおかしい。しかし、一般的な感覚としてはぴったりとくる。
システムが復旧しても、世界の混乱は続いていた。
普段はホウコ以外での活動を制限されているメディア関係者は、少しでも多くの情報が欲しい行政から許可されて、各地で活発な取材を行った。彼らからもたらされる情報は、相当深刻で報道規制がかけられているが、管理棟にいると、自然に耳に入ってくる。
「道は死体だらけ」
「スーツドが暴動を起こしている」
「食料庫が空になっている」
「貨物便も空だ」
管理棟は普段より忙しく、PZも何もせずに居候は悪いので、手伝いをするはめになった。
駐在員は管理棟で生活している。仕事の合間には、映画などを観て休憩をとっている。
夜になってPZも、一緒に映画を観た。
自らを現代人と呼んでいた、古代人から見た中世を舞台にした武侠ものだが、最近作られたものだ。
映画が始まると漢語だったので、PZは内容もわからず、ただ映像を眺めていた。
しかし、ヒロインが大人になったとき、彼は大声を出した。
「誰だ、この女は!」
「主人公の恋人だよ」
年輩の駐在員が答えた。
「そうじゃなくて誰がこの役を演じている?」
「
PZは、その女性に見覚えがあった。
「荘風然じゃないのか」
「それ役名だと思うよ」
「どういうことだ?」
「あんた、他の映画観たんじゃないのか?」
PZは映画どころではなく、これはどういうことなのか、じっくりと考えていた。
ちょうどそのとき、ホウコ基地のアーリャンからPZに電話があった。
「あれから所長から連絡ないかな?」
「あったらこちらからかける」
それからアーリャンは、オペレーションがてんてこ舞いだとPZに訴えた。
「大変なのはわかる。それからひとつ聞きたいんだけど、北京にいた荘という女性、もうそちらに戻ってるかな」
PZがそう聞くと、アーリャンは笑った。
「ホウコに来た可能性はゼロではないけど、戻るという表現はおかしいよ」
「戻るでいいんだ。なぜなら彼女はホウコの人間だから」
「何を言っているんだ?」
「もうごまかさなくてもいい」
「どういうことだ?」
「実は、ずっと北京城に住んでいたはずの彼女が、こちらで撮影された映画に出演しているのを見てしまった」
「人違いだろう」
アーリャンの声は弱々しい。
「そろそろ正直に話してくれたらどうだ」
「何をだ?」
「他にもおかしいことはいくらでもある。
長いことどこかでシステム運用が行われていたのが、原因不明の事態が起こり、急にこちらに変わった。そんな一大事というのに、墓参りで一億ポイントゲットとか、余計な手間暇かけて冒険者を島に誘導し、何日も滞在させた。
僕等が最初に島に着いた時など、焼き肉屋で接待。アルコールまで口にして、肝心の用件は後回し。そんな悠長なことしてる場合じゃないはずだ。
基地の調査も、こちらの人間が同行することもなく、二人だけだった。しかも途中で寄り道して、宝探しのようなことまで行わせた。本当なら基地の人間や警察がすぐにでも飛んでいくはずだ。
僕は、最初から何かおかしいと感じていた。そのうちに、あなたがたは最初から北京が基地とわかっていて、そこでどんな問題が起きているのか把握ずみで、慌てる必要がないので、スーツドを使って対処しているのだろうと、考えるようになった。
しかし、北京城に住んでいた謎の女性が、こちらの人間が演じていたとなると、北京城にはもともと人がいなかったことになる。
今もホウコでだけ使用する製品を、外部の工場で生産をしている。なかにはゲーム機など生活に不要なものまである。サンディによると、こちらから働きかけたということだが、メイン基地と連絡がとれないのに、そんなことができるわけがない。
システムの運用は最初からホウコで、北京のほうが予備だった。いや、正確には最初は北京で、こちらは予備として建設したのだが、システムが安定し、支配層を滅ぼした後は、こちらがメインになり、北京は予備にされた。
しかし、長い年月が経ち、人口が減ってくると、システム運用の負担が問題視されるようになった。その負担を軽くするため、北京基地をメインにし、スーツドがオペレーションを行うようにする計画が持ち上がった。その最初の実験台として僕を送り込んだ。
いろいろと芝居がかったことをしたのは、言われたことしかしてこなかったスーツドに責任感を持たせる狙いがあったのだろうけど、いくら芝居を打っても、あなたがたの緊張感のなさは隠せなかった。
念の入ったことに、わざわざ嘘の歴史を紹介するドキュメンタリーまで作ったが、今から考えると、素人でもできそうな程度の低いものだった。
いくら忙しくても、オペレーターが他の仕事の傍らアシストをするなんておかしい。
基地を見つけてからもいい加減だった。謎の女性がいたというのに、それ以上調査しなくていいと言ったのは、最初から調査する必要なんかなかったからだ。
ホウコに北京城から人が大勢向かって、財宝が隠されていると言っても、アシストもピーターもほとんど反応しなかったのは、嘘だとわかっていたからだ」
アーリャンはしばらく黙った後、
「そこまで見抜いていたとは、さすが知能検査の結果が高いだけある」
と落ち着いた声で言った。
「ところが、計画が水の泡どころか、世界を終わらすほどの大失敗をしてしまった。北京とホウコにオペレーターを分散し、人が手薄になったところに、何者かが予想もしない暴挙に出た」
「荘風然という役は僕が考えた。一緒にマネージャーがスーツを着てでかけた。そのことを知っていたから、僕はUVの単独犯と思った」
最初のうちはUVを信じていたPZも、今はアーリャンの意見が正しいと思っていた。
「謎の女性も謎のスーツドもこちらの人間とすると、犯人はUVということになるな」
「結局、何が彼女をああさせたんだろうね。たくさんポイント使えるのに」
「それまでの安定したスーツドとしての一生が、計画に関わったことで、どうなるかわからなくなった。秘密をばらさないように口封じに消されると、彼女は本気で思っていたみたいだ」
「安定か……心配なく生きていけるはずが、いろいろ考えて生きていかないといけなくなった。そんなところかな」
「システムの指示から離れたスーツドの気持ちなんか、あなたがたにはわからないだろう。スーツドは、必須業務に難しい指示が入ることが一番怖いんだ」
「少しはわかるよ。僕達もこれからどうなるか不安で仕方がないからね」
ホウコ諸島の人々の暮らしも、システムが管理する外部の世界に支えられていたのだ。
ホウコ諸島は、古代から続く娯楽を維持している。ハリウッド映画に較べれば随分規模に劣るものの、映画製作という伝統は生き延びてきた。
陳小美は、映画やドラマ、本島にある舞台に出演する女優である。
最近、行政から彼女に奇妙な仕事の依頼が来た。
その内容は、北京城に行って、古代からその地にずっと暮らしている支配層の末裔を演じてくれというものだった。北京城には映画やドラマの撮影で何度も行ったことがあり、ギャラも高額で、どっきり企画で他の芸能人を騙す仕掛け人をやったこともある彼女は、オファーを引き受けた。
女性マネージャーと男性警官の三人で現地に向かった。
ホウコにある基地との連絡がとれるように、警官とマネージャーはスーツを装着した。
騙す相手はスーツド二人。彼らより先に到着し、準備は万端だ。
城の中には撮影チームが利用するビルがあり、そこに泊まる。中には昔の衣装がたくさんあり、時間をもてあました彼女はマネージャーに、
「せっかくだから、写真でも撮らない」と提案した。
カメラマンの経験もあるマネージャーは、紫禁城を背景に清代の宮廷衣装を身につけた彼女を撮った。一日で終わる予定だったが、スーツドの到着する予定の日も基地のほうから、
「今日の仕事はありません」
と言われ、二日目は景山公園で撮影をしていた。
万春亭の前に来たとき、
「こんな小さなうちわじゃ物足りない。もっと大きくて派手なものあったでしょ」
と彼女は言って、マネージャーにとりに行かせた。
そこで待っている間に、突然目の前の石段からスーツドの少女が現れた。彼女は慌てたが、どうにか対応し、相手に支配層の末裔と信じさせることに成功した。
それでも、宮廷衣装を着ていたのはさすがにまずかった。相手がいくらスーツドといえども、それなりの言い訳を考えないといけなくなり、マネージャーと相談し、他の服がないということですませた。
その日は運悪く、マネージャーもしくじりを犯していた。ホウコにある基地と連絡をとるには一旦城の外に出る必要がある。マネージャーは夕方、基地に連絡するため城の外に出たのだが、そこを運悪くスーツドに目撃されてしまった。
翌日、男のスーツドにいきなりそのことを話されて慌てた。それでも舞台で培ったアドリブ対応でごまかすことができた。
北京城には芸術関係の他に、庭師やシステム関係者もよく訪れるので、街の食堂に食事を頼める仕組みになっていた。自然な会話の流れで、彼女はマネージャーと警官の分を、二人のスーツドに食べさせた。
その翌日には、スーツドが食堂で作ったオリジナル料理を彼女が食べることになった。
ここまでは前座で、その後、ホウコから来るオペレーター達とのやりとりが重要だったが、ビルに戻ったところを隠れていたスーツドに見つかってしまった。焦った警官が棍棒で相手を気絶させ、基地と相談した結果、撤収することになった。
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