第48話 スーツド(被支配層)の乱(3)


 北京の食堂を出たオペレーター一行は、桃とアーリャンが交替で車を運転し、高速道路を南に向かった。

 アモイを船で出て台湾に到着した後、彼らはPZを残してホウコに帰った。PZは、布袋ブダイ港にある管理棟に待機することになった。そこは、ホウコと固定電話でつながり、かつ北京基地からの連絡を受けることができる。


 管理棟には三名の駐在員がいた。三人とも日に焼けて、彫りが深い顔立ちで、スーツドのようだった。スーツドと接触する機会が多いので、相手に怪しまれないように、最初から容姿がスーツドに似た人間を採用したのだ。

 三人は、スーツドの扱いには慣れていると豪語し、PZには気さくに接してくれた。


 先に何が待っているのか誰にもわからない。

 つい先日までPZは、残りの人生をオペレーターとしてすごす覚悟でいた。

 対照的に若いUVは、それを嫌がっていた。

 まだ犯人はわかっていないが、もしかすると彼女が、オペレーターになるのを避けるため、あんな無茶なことをしでかしたのかもしれない。冷静に考えるともっといい方法がいくらでもあるが、まだ子供といってもいい年齢なので、つい発作的に行ってしまったのではないか、と彼は思うようになっていた。


 彼女は、いまどこでどうしているのだろう。

 一緒にいる駐在員によると、ホウコ基地を発った警官隊や建設作業員が間もなく北京城に到着する見込みという。城壁を越えたり、ドアや壁を破壊する道具を揃えているので、間違いなく中に入ることができる。訓練を受けた武装警官達の手で犯人は射殺されるか、逮捕されるそうだ。



 迷路が発動されてから63時間後、ホウコ島を出たピーター一行は、北京城の壁に到着した。城壁を越えるための縄ばしごを用意していたのだが、門は開いたままだ。


「敵の罠の可能性があるので、自分達が先に行って安全を確かめてきます」

 と、警官隊のリーダーがピーターに言ったが、

「そんなことしてる場合じゃない。僕だけでも先に中に入れてくれ」

 と彼は怒鳴った。

 それでそのまま門を潜り、基地の入り口がある東屋のような建物の前に停車した。


 ピーターが最初に降り、慌てて警官達が追いかける。作業員と市役所職員は中で待機した。

 ピーター達は、すぐに奥の壁の間を通り、階段を降りた。

 地下の廊下を走る。

 基地の各所にあるドアは、特に指定がない限り、外部からの侵入を防ぐようには作られていない。最初の入り口さえ知っていれば、何の障害もなく進める。

 最初の自動ドアの前に立つと、開いた。

 次も問題ない。

 ピーターは敵がいる危険性も忘れ、ひたすらオペレーションルームに急いだ。


 オペレーションルームには誰もいなかった。

 一台のモニターの前に立った。椅子に座ることも忘れている。それから、ここへ来るまで頭の中で数え切れないくらいシュミレートしてきた操作を行う。


 最初にすることは、迷路モードの解除だ。

 彼は、フロー・ラビリンスを停止した。

 それで、少しだけほっとした。

 これで、スーツドに対する指示が通常通り行われる。通常といっても大混乱の後なので、それを収拾する命令が大半のはずだ。


 生産、流通など、あらゆる業務が数日間に渡って止まっていただけでなく、売店や倉庫などで略奪が起こり、至るところで物資が足らなくなっている。彼は、システムがスーツドに出す指示を見守った。

 予想通り病人の救助だ。やはり膨大な数のスーツドが行き倒れている。

 次に多いのは遺体処理だった。人間の死体は腐敗すると異臭を出し、周囲に迷惑をかけるので、優先順位が高い。

 この非常時では遺体処理は後回しにすべきだ。おそらく何千万件も指示が出されている。一件一件キャンセルするのは不可能だ。まとめてキャンセルする方法もあるが、少し手間がかかる。

 ここには彼の他にオペレーターがいない。一人で対応できることは限界があるので、すぐにでもホウコに運用先を切り替えるべきだ。その前に、いくつか知りたいことがある。


 彼は、PZの個人画面を呼び出した。

「聞こえるか、PZ」

「誰かが呼んでるよ」

 という聞いたことのない男の声がした。

「はい」

 PZが返事をした。

「カメラいいかな?」

「大丈夫だ」

 カメラの映像をオンにした。どこかの事務所にいるようだ。向かい側に椅子に腰掛けた年輩の男性がいる。

「今、本基地に到着した。迷宮型歩行制限は解除した」

「そうか。それはよかった」

「今、どこにいる?」

「布袋港というところだ。僕はそちらとの連絡係で、管理棟に待機している」

「待機じゃなくて、働いてるだろう?」

 向かいの男性はそう言って笑った。

「すいません。そちらの方、電話で基地を呼び出してもらえますか?」

 ピーターは、ついでに男性に頼んだ。

「あいよ」

「PZ、何があったか教えてくれ」

「僕にもよくわからない。アーリャン達が食中毒にかかり、UVだけを残して街へ出た。そしたら街のスーツドに迷宮型歩行制限がかかっていた。基地に戻ったら中に入れず、そのままホウコに帰った。僕だけがここにいる」


 ピーターが自分の知っていることを話すと、

「やはりUVの仕業なのか?」

 と、PZは独り言のように言った。

「それはまだわからない。今彼女がどうなっているのかみてみる」

 ピーターは、隣の端末でUVの個人画面をだした。

「電源が切れている」

「どういうことだ?」

「普通はありえないが、ここの城みたいにスーツの充電設備がないところに長くいれば、バッテリーが持たない」

「彼女は、城にいたということか」

「その可能性が高い」


 ピーターは、後ろにいた警官に目配せした。犯人ほしは城内にいるということだ。直ちに三名が部屋から出ていった。

 ピーターが念の為、彼女の行動履歴を調べようとしたとき、駐在員の男性がPZのマイクを通して、

「電話つながったよ」

 とピーターに言った。

「PZ、悪いが向こうの電話に出ながら、僕と話してもらえないか」

「そんな器用なことは難しい」

「通訳しろと言ってるんじゃない。聞いた言葉をそのまま伝えればいい」

 PZを通じたアーリャンとピーターとの会話の途中、

「基地の中でスーツドの若い女を見つけました」

 と、UVを探しにいった警官から報告が入った。


 警官隊のリーダーは、「犯人確保か?」と言って、立ち上がった。

「いえそれが、女は、犯人は茶色のスーツを着た別の女で、自分が殺そうとしたが、逃げられたと言っています。それに女は、ここの基地の人間と食堂で一緒だったとも言っているのです」


 もう一人の警官が、赤いスーツの女を連れて、オペレーションルームに入ってきた。

 名前はTC47108。

 それから事情聴取が行われ、ホウコから来た者達は、彼女の英雄的行為に感銘を受けた。

 幸運や努力で迷路から解放されても、UVがまたフロー・ラビリンスをやり直せば、また迷路にとらえられる。

 彼女が、UVを基地から追い出した後はそうならないので、多くのスーツドが助かったと思われる。

 作業員や警官は、世界が救われたように喜んでいたが、ピーターの顔は暗かった。


 スーツド滅亡は避けられたが、システムによる統治が破綻したことを、彼はよく理解していた。


 ピーターは、ホウコのアーリャンに、

「これからそちらに運用を切り替える。その後、僕と作業員はそちらに戻るので、自動運転車を一台回して欲しい。TC47108というスーツドを一緒に連れて行くので、遠隔操縦はしなくていい。もし連絡があれば、彼女のスピーカーをつかってくれ」

 と指示した。

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