第15話 風と珊瑚の島々(1)


 UV38244は、十七年前に台湾島南部で誕生して以来、他の子供と同じように転校を繰り返た。最後の学校は台湾島北部の古代の台北市だった場所にあった。そこを出て、まだ三ヶ月しか経っていなかった。それから徐々に島の南西に進み、売店業務で倉庫整理をしている途中、野生の猿に出くわしたことから、奇妙な運命に巻き込まれ、それまでの日常と常識の範疇から逸脱することになった。

 今、彼女は謎の貨物船の甲板の上で手すりから身を乗り出すようにして、眼下の島を見下ろしている。


 船の向きは、いつの間にか北に方角を変えていた。

 船上甲板は太陽電池が敷かれている。船は大容量蓄電池を搭載している。太陽が黄昏れてきたので、そろそろ船の照明が点る頃だろう。

 潮風が吹き付ける。この辺りの風は特に強い。

 目を酷使する機会が少ないので、この世界には近眼が少ない。

 それでも、彼女は近眼の人間がよくするように目を細めて、港の様子を観察している。

「ねえ、人がいるよ」

 彼女は、隣にいるPZ10325にそう言った。


 船が島に近づくと、

「おかしい。誰もスーツ着てないし、髪が長い。それに、なんか顔が変だよ」

 PZも、同じことに気付いていた。

 埠頭はきちんと整備されていて、港にはたくさんの船が停泊している。一見したところ、自分たちのこれまでいたところと同じだが、人々の姿が異様だ。

 五名ほどの男女が自分たちの船のほうを見上げている。

 二人を待ち受けているような感じがした。


「あれ、人間なの?」UVが聞いた。

「ああ。映画かなんかで見たことある。昔の人間の一種だ」

「黒い人間、白い人間、黄色い人間ってやつだよね」

「あの人たち、白い人間なの?」

「いや、白い人間はもっと色が白い。たぶん、黄色い人間だと思う。今の人間は混血してるから僕等の先祖の一部はあんな感じだ」

「なんで昔の人間がいるの。絶滅したんじゃないの」

「理由はわからないが、この島で生き延びてきたんだ」

「なんでこんなところに昔の人間が生き残っているの?」

「多分、彼らはルーラーだ」

 ルーラー。その言葉は彼女も知っていた。ルーラーと聞いただけで、彼女は急に大人しくなった。


 船が停まった。スロープが岸壁に伸びていく音が聞こえる。

 埠頭の人々が自分達に向かって声をかけているが、何を言っているのかわからない。

「私達を待ってたみたい。どうするの?」

 彼女が聞いた。

「行くしかないんじゃないかな」

 ウォッチには指示が入っていない。いや、何を押しても反応しない。システムとの通信が途絶えているのだ。

「怖いよ」彼女は拒否した。「食べられちゃうかも」

「僕達は旨くないよ」

「おじさんは年寄りだからまずいけど、私は旨いよ」

「この世の中にスーツドなんかいくらでもいる。あんな手間かけておびき寄せておいて、食べるのが目的なんてありえないさ。船の中にいたって、食べるものがないんだ。島に行くしかない」

 彼が歩き出すと、

「待って! 私も行く」と言って、彼女は追いかけた。


 二人が下の貨物庫に降りると、すでに中には港にいた人達が入って待っていた。

PZは無理に、笑顔をつくろった。

 そこの人々は色が白く、鼻が低く、目が細い。髪は長くて黒い。眉毛も黒い。服装は、古代映画の工場やオフィスでよくみかける作業服のようなものを身につけている。

 口々に何か言っているが、聞き取れない。PZにもUVにも、自分達が使っているものとは別の言葉があるという発想がなかった。



 見た感じでは男が三名、女が二名。女は髪が長く、男のほうが短い。皆同じ顔だと思ったが、よく見るとひとりひとり違う。

 一人の男が前に出た。他の四人と同じような服装だが、彼だけ白ではなくネズミ色だ。細面で目鼻立ちがくっきりしている。髪を真ん中から左右に分け、背筋を伸ばし、堂々としている。

 彼らの年齢はわかりにくいが、PZは自分と同じくらいと見当をつけた。


 その男は、片手を前に差し出した。PZの住む世界では握手の習慣は無くなっていた。相手もそのことに気づいたのか、高い声で何か独り言のようなことをつぶやき引っ込めた。

 それから改まって、

「お待ちしてました。澎湖諸島にようこそ」と英語で言った。

 発音がおかしいような気がするが問題なく聞き取れる。

「ここはどこだ?」PZは聞いた。

「台湾島の西にあるホウコ諸島。その中のひとつ本島だ」

「あなたは?」

「李政達。リーチェンター。ピーターと呼ばれている」

 PZは、ピーターしか聞き取れなかった。

「あなたたちが僕達をここに呼んだのか?」

「そうだ」

「あなたたちはルーラーなのか?」

「違う。その辺りの説明は面倒なので後でする」

 他の四人が何か話している。PZには聞き取れない。

「彼らは何を言っているんだ?」

「ここでは、あなたたちとは違う言葉を使っている」

「ああ、そうだ」UVは肩に提げている布袋からドライフルーツをとりだした。「言われた通り、これ持ってきたよ」

 ピーターは怪訝な表情を浮かべた。

「ドライフルーツって? そんなもの何で必要なんだ」

「必須業務で売店に行けって、そっちが指示したんじゃないの」 

「まあいい。その件は後でゆっくり話そう。歓迎の用意がしてあるので、私たちについて来てください」

 ピーターは歩き始めた。 

 二人は、ピーターの後に続いた。他の四人も二人を囲うようについてきた。



 港の外れに地図が描かれた大きな看板が立っていた。

「この辺りの地図だ。澎湖諸島ポンフーアイランズは、小さいものまで入れると百近くの島からなる。橋でつながれた大きなものが四つ。そのひとつが僕達の今いる本島」

 と言って、ピーターは一つの大きな島を指さした。


 それからすぐにまた歩き出した。

 やはり四人は、二人が逃げないように取り囲んでいるようだ。

 埠頭をすぎると海岸沿いに伸びる道路があった。

 PZのいた世界と同じ太陽電池が敷かれているが、道路の前の建物はどれも高く、ひとつひとつが異なっている。


「どこに行くんだ?」PZはピーターに聞いた。

「ホテル。僕以外はホテルのスタッフだ」

「ホテルとは何だ?」

宿インの一種だ」

「ここの人間はホテルというところに泊まるのか」

「滅多に泊まらない。昔は観光客が泊まったけど、今は仕事が遅くなったときか、あなたたちみたいなスーツドが働きに来たとき泊まるくらいだ」

「僕達以外にもここにスーツドが来ているのか?」

「島の人間だけじゃ、技術的にも人件費的にも難しいからね。システムの管理からはずれて我々が直接管理している。でも働きに来ているのは、後先短い年寄りばかり。といっても、我々の感覚だと働き盛りの年齢だ。ここの噂が広まらないように、島で骨を埋める」

「ここで殺されるのか?」

 PZにとっては人ごとではなかった。

「いや、ここで骨を埋めるという表現は間違っていた。厳密には他のスーツドと同じように定年になったら、台湾の港にある診療所に行ってもらい、そこで活動を終える」

「やはり殺されるんだな。どんな殺され方をするんだ」

「詳しいことは僕もしらないが、安楽死だと思う」

「やっぱり、そうだったのか」

 予想していたことだが、はっきりそう言われて、PZはショックを受けた。


 先の長いUVは、死ぬことよりも働くことに関心があった。

「私、まだ若いけど、死ぬまでここで働かされるの?」

「あなたがたは通常の仕事ではなく、特別に招いた。しばらくすれば島から出て、活動してもらう」

「僕らが島から出れば、ここの話を広めるかもしれないけどいいのか」

 PZが聞いた。

「私たぶん、人に話すと思う」UVも気楽にそう言った。

「それは困る。でも、心配はしていない。あなたがたの会話を分析して、暴露したことがわかれば、スーツのワイヤが締まったり、定年前なのに健診で変な注射打たれるかもしれないから、話すわけがない」

 といってピーターは、脅すような顔で彼女を見た。

「私、殺されるの?」

「話さなければ大丈夫だよ」

「絶対に話さないから殺さないで」と彼女は命乞いした。


 PZには、他に知りたいことがたくさんある。

「ここの人間は、ホテルという宿に泊まっているのか」

「普通は、ホテルでも宿でもなくハウスに泊まる。家に泊まる(ステイ)という言い方はおかしいな。家とは、宿と違って、同じ建物に同じ人間がずっと住む。家は基本的にそこに住んでいる住人のものだ」

 PZ達には、建物を所有するという感覚が理解できない。彼らの世界で所有できるのは、消耗品だけだ。


 道路を少し歩くと、薄紫色の十階建てのホテルがあった。建物の両側がカーブして、上から見ると楕円形だ。高さも驚異だが、それまで四角い建物しか見たことのないPZ達の度肝を抜いた。

「さあ、着いた。ここの一階で夕食をとる」

 ピーターがそう言ったので、PZは驚いた。

「宿の中に食堂があるのか?」

「もちろん。食事をするのにいちいち外に出て行かなくていいから便利だ」

「それならどうして、ここ以外では宿と食堂が別々なんだ?」

「あなたがたスーツドが怠けないようにそうしたんだと思う」

 PZは真面目に聞いたのに、ピーターはかなり適当なことを言った。


 両開きの厚いガラスのドアを通ってロビーに入ると、ホテルスタッフ達は自分の仕事に戻った。

 ここまで来れば逃げ出すのが難しいということなのか、あるいは言われた仕事が済んだから後のことは知らないという意味なのかもしれない。

 ロビーに韓国風焼き肉店の入り口があった。韓国に限らず全ての国家がとっくの昔になくなっても、料理の世界では名称が生き残っていた。

 店に入ると、店員が四人がけテーブルに案内してくれた。テーブルには真ん中に網があり、すでに髪が縮れて眼鏡をかけた若い男の客が座っていた。

 立ち上がると、かなり背が高いことがわかった。ここ以外だと淘汰の対象ぎりぎりというところだ。


 ピーターは「部下の梁良剛リャンリャンガンだ。アーリャン(阿良)と呼んでいる」と紹介した。阿は親しみをこめて呼ぶときに使う。良ちゃんという意味だ。

「よろしくおねがいします(ナイスツゥーミーチュー)」と、アーリャンは慇懃に古代英語を使った挨拶をした。

 PZ達の世界には形式的な挨拶はないので、

「ハロー」と返事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る