第23話 風と珊瑚の島々(9)


 UVの翌朝は掃除から始まった。初日のように、客と一緒にマリンレジャーを楽しむことはなく、一日中働いた。何のためにここにいるのかわからなくなり、三日目に脱走した。

 広い道路を北に向かって歩いていたとき、警察に捕まえられた。収監するわけにはいかず、そのまま基地に送られた。後部座席の左右に警官が並ぶ。

「今度逃げたら死刑だからな」

 移送中に右側の警官からそう言われた。


 彼女が民宿でこき使われている間、PZも大変だった。サンディの教育方針は、短期間のうちにひととおりのことを体験させるというもので、詰め込む量が多く、頭がついていけないこともあった。

 そこにUVが戻ってきた。サンディは専ら彼女の指導に当たった。

 それでその日は比較的楽だった。


 交替の時間になっても、UVは残って別の指導係のもとで研修に当たった。

 ホテルまで別々に送るのは無駄なので、PZも引き続き働いた。

 UVは遅れを取り戻すため、長時間の研修が行われた。

「こんな生活いや。だけど他にいくところないから仕方ないよね」

 と短い休憩時間の間に、PZにこぼしていた。

 PZも、何故自分達がこんなことをしなければならないのか疑問だった。


 彼女の不満が所長のピーターに伝わり、無事研修を終えれば、一千万ポイントが贈呈されることになった。一千万に決まった理由は、

「ポイントなんか元手もいらないし、数字修正するだけですむから思い切って奮発しよう。とはいえPZのおまけに同じ一億はおかしい。一割でいい」

 とピーターが考えたからだ。 

 それで彼女は不満を言わなくなり、傍目にも努力しているのがわかった。若いだけに飲み込みも早く、すぐにPZに追いついた。


 システムは365日24時間休むことなく稼働し続ける。オペレーションも24時間体制で、オペレーターはは交替で休みをとる。 

 五日目は二交代分、つまり16時間の勤務をこなした。

 その日は中級レベルのオペレーションまでレッスンした。


 一続きの処理は、フローチャートを組んで走らせることもできる。それほど専門的な知識がなくても、簡単に作成できる。当然、繰り返しにも対応できる。

 フローには汎用性があり、処理対象や回数など必要なパラメーターが入力可能だ。実際に利用しているのは、かなり古い時代に作られたフローばかりだったが、二人は自分のアイデアで一からフローチャートを作ってみた。


 PZは、パラメーターで指定された地域の人口が一万人を越えた場合、対象者を誕生日時順に並べ、パラメーターで指定された順番の人物に対し、現在地から最も近くにある食堂で、パラメーターで指定された料理が、次に入る食堂でノーポイントで提供されるというフローだ。


 UVは、パラメーターで指定された地域にあるカーステーションに駐車しているの車の台数の合計が、パラメーターで指定された台数を下回った場合、該当地域で走行中の自動車の現在指示における走行距離が長い順に十台を最も近い売店の前に臨時停車させるというものだ。


 教育係のサンディは深夜までつき合ってくれた。

「二人ともただの悪戯みたいなフローね。被害は軽そうだから、私の権限で実際に動かしてみるわ」

 本当に実行した。三人はわくわくしながら見守った。


 PZのフローの犠牲者は、食堂に入ると、カウンターにある自分のトレイを見た。チーズパンとビタミン水の他にアスパラガスの炒め物がある。アスパラガスの本数は六本。該当地域人口の一桁目の数字に設定され、ゼロの場合は処理が終了するようにフローが組まれていた。

 彼は何かの間違いかと思い、アスパラガスだけトレイからどかし、カウンターに置いた。

 すると、「これはGC61179が食べる料理です。ゼロポイントです。必ず食べてください」

 という声が聞こえ戸惑った。

「俺、どこか体が悪いの?」

 と独り言を言った後、再びトレイに乗せた。


 この様子を見ていたUVは、「お兄さん、聞こえる」と話しかけてしまった。

「?」

 すぐにサンディがUVに注意した。

「だめよ。相手が混乱するから」


 UVのフローは対象者が十名いる。そのうちの半数ほどを覗いてみた。

 車が用もないのに売店の前に停まる。

「もう着いたのか」といって降りようとしたり、指示間違いと勘違いして操作パネルを確認したり反応は様々だ。

 相乗りしている車内では、「誰が停めたんだ」と険悪な雰囲気になった。

 作った本人は大喜びで、十回ループするようにフローを作り替え、実行させようとしたが、

「そんなことしても同じ場所で十回停まったことになるだけだから全く無意味」とサンディに言われ、

「あっ、そうか」と気付いた。


「これが無限ループだったらどうなるんだ?」

 とPZが尋ねた。

「変な質問ね。その場所で無限回停まるということだから、いつまでも停まったままということになるわね」

「無限ループが停止条件に当てはまらず、作動したらどうする?」

「無限ループを終了するための条件を用意しなくても、オペレーターの判断で取り消しが可能なの。オペレーターは何人もいるから、誰かが気づいて取り消してくれる。当然、フローを動かしたオペレーター本人が監視してるはずだから、問題になるようなことはないはずです」


 翌日はサンディが休みだったので、二人にご褒美ということで、彼女はホウコ諸島の観光ガイドをつとめた。

 朝早く、車でホテルに迎えにきて、そのまま市街地に向かう。

 彼女は、仕事のときとは別人のように陽気だった。

「今日は忙しいわよ。南海に行って自然を満喫して、戻ってから夜のドライブで、長い橋を渡るの」

 本島の南側にある七美、望安、虎井、桶盤の四つの島を南海四島という。馬公本島しか知らなかった二人に、他の島も経験させるということだ。

 それは間もなくホウコを出て、二度と戻ってこないという意味だと、PZは考えた。

 UVは単純にはしゃいでいた。


 三人は、南側にある島に向かうため港から高速艇に乗った。船はそれほど大きなものではなく、乗客の数も彼らを含めて十人ほどしかいない。

 本島の馬公港を南に進むこと33キロ。望安島に着いた。

 現在の人口は一万人ほどだ。  

 ここのビーチは、アオウミガメの生息地だ。産卵の時期だったが、時間帯が異なる。

 売店では色とりどりの貝殻が売られていた。


 タクシーで島の西部に行くと、石造りの伝統住宅が建ち並んでいた。

「もう住む人いないけど、行政が無気になって保存している。ここに限らず、文化財保護にすごく力を入れている。世界中の文化財のほとんどが破壊されたというのに、自分のところのものは大切にする。システム関連より予算が多いって馬鹿らしいと思わない?」


 屋根にもの凄い装飾を施した寺院を観て、

「変な建物?」とUVは言った。

「あれは宗教施設。本島にも似たようなあったでしょう。道教の神様を祀っているの」

「道教とはなんだ? 神様とはなんだ? 祀るとはどういうことだ?」

 PZが聞いた。

「魂のことじゃないの?」

 UVが言った。

「あなたたちに説明するのは大変だから省略します」

「人に説明できないことを話していたのか?」

「そこまで言われると頭に来るから、さわりだけ。道教タオイズムはその名の通りタオの教え。タオとは目で見ることができなくて、口で説明することもできないけど、宇宙や自然の本質。世俗化してどこのお寺も神様を祀ってるけど、本当の目的はタオと一体化することなの」

「よくわからない」PZは首を振った。「だが、少し惹かれる」


 望安島の次はさらにその南にある七美島へ向かった。

 ここでは海岸の景色を楽しんだ。

 牛やワニに見える奇岩や珊瑚礁がハートが重なったように見える場所もあった。ハートマークはスーツドの世界では存在しない。デザインという概念がなく、丸、三角、四角くらいしか使われない。

 古代のホウコ観光最大のセールスポイントを観ても二人の反応が鈍いので、

「せっかくの絶景も文化が違うとだめみたいね」

 とサンディはぼやいた。実はハートだけではなく、二人のスーツドは珊瑚のことを知らなかった。


 イカ団子やちまきを食べ、腹を満たし、本島に帰る。

 七美島から馬公港までは50キロを越える。

 船の中で、

「もう一生来ることないと思うから、深く心に刻んでおいて」

 とサンディが二人に言った。

「一生って?」

 UVが聞いた。

「明日、出発だから」

「え、まだ先のことだと思ってた」

 UVは、出発日が自分がホテルに泊まった回数で決まると思っていた。

「何時に出る?」

 PZが聞いた。

「午後だけど詳しいことは知らないわ」


 港に到着。すぐに車に乗り、東に進む。それから北に曲がり、本島を出て中屯島に向かう。

「ここは風が強いから、昔はこの島で風力発電を行ってたの」 

「なんで風が電気になるんだ?」

 PZは知能検査の結果が高いだけで、科学的知識はない。太陽光発電は太陽光線に最初から電気が含まれていて、それをソーラーパネルでとりだしているのだと思っていた。

「風で風車を回して、物理エネルギーを電気に変えるの」

風車ピンフィールとは何だ?」

「ああ、どう説明したらいいのかしら。風で回る羽かな」


 中屯島を通り過ぎ、白沙島に入る。

 そこから西に進む。本島に較べ明かりが乏しい。

 白沙島と西嶼島を結ぶ澎湖跨海大橋は、長さ2600メートルの長さを誇る桁橋だ。美しくライトアップされている。

 後部座席のUVは、かなり疲れたようですやすやと寝ている。

「この橋には夜になると女の人の幽霊が出るって噂があって、ドライバーに停まってくれって頼んで来るらしいの」

幽霊ゴーストとは何だ?」

「死んだ人のことだけど、もう体はなくて、半透明の姿だけの存在」

「前にアーリャンが言っていた魂のことか」

「似たようなものね。あなたは幽霊信じる?」

「人が死ぬと幽霊になるのなら、僕も後数年で幽霊になるってことだな。とても信じられない」


 PZが現実的なので、彼女も現実的な話題に変えた。

「小さな島々だけで社会を維持するって大変なこと。橋はかけかえないといけないし、人が少ないのに学問や文化や法律や通貨発行までやらないといけない。

 そちらがいろんなものをタダで供給してくれるから、どうにかやっていけるけど、これまで保たれたのが奇跡みたいなもので、もうこれからはそううまくはいかないと思うの。

 今の社会が出来てからもう四百年経っていて、ホウコはかなり変わったけど、その間全くそちらの世界って変化がないじゃない。

 これまでの歴史を調べると、四百年も体制が変わらなかった国なんてないのに、本当に異常なこと。

 栄枯盛衰っていうんだけど、どんな国も、発展してピークを迎えた後は衰退して滅びる。これが世の決まりなのに、それに従わない唯一の例外が今の世界。

 だけど実は、目に見えないだけで本当はもうピークをすぎて滅亡が迫ってるんじゃないかって気がするの。あくまで私の個人的な主観だけど。

 私、オペレーターやってるから思うんだけど、今の体制って完璧だけど、ほんの小さなことが原因で全部が崩れるようなもろさもあって、そろそろそちらの世界に何か大きな変化があるような気がして仕方がなかったの。

 そこに、今回のことが起きたでしょ。ピーターは、オペレーション体制さえしっかりすれば何の問題もないって軽く考えていて、行政のほうでは、本当はオペレーションなんかしなくてもいいように思ってるみたいなの。

 だから、私はもう覚悟を決めて、今この時を悔いのないようにすごすように心がけているの」


 橋を渡るとおよそ18平方キロメートルの西嶼(漁翁島)だ。

 せっかくの大自然も夜の闇ではわからない。

 PZには、夜のドライブが無意味な行動に思えた。

 その夜はいつものホテルではなく、西嶼にある民宿に泊まった。


 翌日。

「もう今日は仕事はいいから、一日のんびりしましょう」

 サンディがそう言った。意味のあるドライブをするということだ。

 まず西の端の灯台に向かう。十メートルほどの高さの白い塔だ。

 PZもUVも、灯台というものを初めて見た。

 システムが航路を管理するようになってから、灯台の必要性が無くなった。

 周囲にも平屋や二階建ての白い建物がいくつかあって、白い台で固定された大砲までがあった。

「これ何?」UVが聞いた。

「霧炮。これで水を霧に変えたの」

「え、見てみたい」

「これは偽物だから使えない」


 それから砲台の跡地に行った。地下トンネルまである要塞だ。

 PZは、自分達がこれから訪れる基地もこのようなものものしい場所にあるような気がして、旅行気分どころではなかった。

「ここも幽霊が出るらしいわ」サンディが言った。

「何それ?」UVには初耳だ。

「人が死ぬと生前の姿のままでこの世を彷徨う。それが幽霊」

「へえ、初めて聞いた。学校で習っていないよ」

「科学的には否定されているから」

「なんだ」

 スーツドの世界に幽霊という概念はなく、幽霊という言葉は死語と化していた。死後の概念は宗教の発生を促す。そう考えた開拓者達は、徹底的に幽霊や天国という単語を使わせないように配慮した。

 どこにいっても特徴のない均質な世界では心霊体験の機会も減り、時折起こる怪奇現象も記憶に留まることはなく、人々の口から怪談が語られることは無くなった。

「怖くない?」

「全然」

 UVには幽霊というものがイメージできなかった。


 玄武岩でできた海岸にも行った。古代では観光のメインスポットだった。

 岩肌が露出した玄武岩の柱が連なっている。

 十メートル近い高さで近くから見ると壮観だ。いつまでも見学していたかったが、

「もう遅くなったから、戻らなくちゃ」とサンディが言った。

 出発は今日だ。

 西嶼で時間を費やしたので白沙と中屯は素通りした。

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