第24話 風と珊瑚の島々(10)
二人は基地に着くと、久しぶりにスーツに着替え、会議室でピーターを待った。
スーツに着替えてもUVは、ウィッグをはずさない。
彼女は、約束の一千万ポイントが実際にウォッチに表示されたのを見てはしゃいでいる。
「見て、ゼロが七個あるよ」
PZは、自分達の超高ポイントが命と引き替えに思えてならず、素直に喜べなかった。それでも、
「君のことだから、一年で使ってしまいそうだな」
と冗談を言った。
365日のことを一年と言う。最近覚えた言葉だ。
「一日一万ポイントも無理」
UVは、千日のことだと勘違いした。
しばらくすると、ピーターと市役所の職員と思われる眼鏡をかけた中年男性が入ってきた。二人はテーブルに資料を置いた。職員の紹介はなかった。
ピーターは、古代の世界地図を広げ、いきなり本題に入った。
「出発前におおまかな概要だけは話しておきたい。僕や行政関係者、専門家による議論の結果、本基地と思われる場所は最終的に六ヶ所に絞られた。
ユーラシア大陸が四箇所、アフリカが一箇所、北米が一箇所。近い場所から順番に調査を進めていきたいので、ユーラシアから調査を進める。そこに無ければアフリカ。アフリカに無ければ、またここの基地に戻り、そこから北アメリカに向かう。
これからあなたがたは、ここに来るとき乗ってきた貨物船で台湾の
最初の目的地はここ、福建省西部」
彼は、台湾から大陸の東側まで指の先を滑らせた。福建省という地域はもうなかったが、ここでは古代の呼称をまだ使っていた。
「移動は原則自動車を使うが、天候などによっては他の手段を使う可能性もある。高速道路を使う割合が大きいので、車の中はかなり退屈だろう。原則、二人は一緒に行動するが、何度も立ち寄る場所などは、通行人の記憶に残らないよう、少し離れたほうがいい」
「移動の指示は、ウォッチの必須業務を使うのか?」
PZが尋ねた。
「それではオペレーターの作業が多くなるので、直接声で指示する。オペレーターが交替で君たちのアシストにつく。彼らが忙しいことはよくわかっていると思う。他の業務をこなしながら、君たちのアシストも行う。二人の情報画面は開きっぱなしにするので、ウォッチで話しかけてくれれば、すぐ応対してくれるはずだ」
「アシストは同じ人間なのか?」
「誰がアシストにつくかわからない。誰でもできるようにアーリャンには伝えておいた。アシストと連絡をとるときは、周囲の人間に怪しまれないように、人前を避けるか、声を小さくするように。
基地を発見することだけが目的ではなく、そこの状況を知る必要がある。基地の中や周囲はこちらと通信ができないので、慎重に行動すること。できるだけ頻繁に通信のできる場所まで移動し、アシストの指示を仰ぐようにする」
それから三十分ほど質疑応答があった。
ピーターは最後に「成功を祈る」と言い残し、部屋から出ていった。一緒にいた職員は一言も発しなかった。
二人が会議室に残っていると、PZのスピーカーから、
「警察の方が見えましたので入り口まできてください」
という女性の声がした。
「あなたがアシストか?」
「そうです。今夜十二時まで私が担当します」
警察の車に二人で乗るのは初めてだった。後部座席の真ん中に警官が、左右にPZとUVの二人。運転席と助手席にも警官。
助手席の警官が、
「スーツを着てるから、もう逃げても無駄だ。君たちのスーツは手錠のようなものだからな」
などと無駄口を叩く。
龍門港に着いた。彼らが泊まっていた薄紫色のホテルが見える。
「港に着いたよ」
UVがアシストに報告したが、返事はない。
「さあ、降りた降りた」
真ん中の警官がそう言ったので、二人は両側から降りた。
ちょうどここに来たときと同じような夕暮れだった。
漁船は多いが、貨物船は一隻だけだ。
スロープが伸びていて、トレーラーが中に入っていった。
警官は、車から出ようとしない。
二人は船に入った。船内のスロープを通っていると、後ろからトレーラーが来たので、慌てて上にあがった。行きはご馳走を振る舞われた特別便だったが、今回は二人だけの便ではなく、通常の荷物と一緒だ。
荷物が運び終わり、スロープが格納されたのを確認すると、警察の車は署に戻っていった。
二人の他は休憩室に人はいなかった。もしス-ツドがいたら、死への旅路ということなので、同情したことだろう。
PZはこれからのことを思い、神経が高ぶっている。
何事もなく過ぎてきた四十年を越える人生(最近、自分が四十四歳だと知った)のなかで初めて体験する目もくらむような数日間だったが、これからもっとすごいことが待ち受けていると予想がつく。
メイン基地のオペレーションが少しずつ減って停まったということは、向こうでとんでもないことがおきているに違いない。危険な仕事だとわかっているから、ホウコの連中は自分達の手を汚さずに、スーツドにやらせているのだ。
しかし、いまさら任務を拒絶することは出来ない。全てのスーツドは、ホウコ基地に生殺与奪権を握られているのだ。
UVはいい気なもので、サンディにねだって買ってもらった高保湿クリームを手に塗っている。
「使い終わったら、船から下りるとき、ここに捨てていくんだ」
とPZは注意した。
「どうして?」
「売店で売ってないものを、人に見せるわけにはいかない」
「袋に入れて隠すから大丈夫だよ」
「そんな大きなもの、邪魔になるだけだ」
PZは声を荒げた。
「こんな小さなものも運べないなんて、こっちの社会変。向こうだといろいろなバッグがあって、自転車とかもあるし」
UVは反抗した。
「これから僕達は、人類全体の運命に関わる大事な仕事をしなければいけないんだ。君も少しは緊張しろ」
「私だって不安で不安で夜も眠れないんだから」
問題から目を背けるのも、不安解消法のひとつだ。
布袋港に着いた。行きは二人だけだったが、今は荷役のスーツド達が十人ほどいる。荷役といっても船に荷物を直接積み卸すのではない。小さな荷物を船に乗せるトレーラーに積み替えたり、船から降りたトレーラーの荷物を小分けする集配センター的な作業だ。
PZは、できるだけ彼らに見られないように注意されていたが、スロープを歩いている姿を見られてしまった。
「貨物船から人が出てきた。女の子もいるぞ」
一人がそう叫ぶと、全員が注目し、集まってきた。
PZは、咄嗟に乗員の振りをした。
「この娘が間違って乗ってしまったので、送り届けている途中だ」
と言い訳した。
「空っぽかと思ったら中に人が乗ってたんだ」
「時々乗ることもある」
この港は、ホウコ諸島向け専用港だが、働いているスーツド達は他の港と同じだと思っている。それでも全員が高齢なのは、秘密の漏洩の被害を最小限に留めるためだろう。
自動車に乗るのを彼らに見られると印象に残りやすいので、しばらく歩いた。
管理棟のそばに来たとき、UVが言った。
「あそこにホウコの人がいて、あの時も私たちが来たことを知って、船を出したんじゃない?」
PZも彼女の意見に賛成だった。あのときは、彼らの行動を監視しているシステムが、船を動かしたのだと思っていたが、管理棟の窓から覗き見られていたようだ。
どうみても港湾管理棟にしてはあの建物は大きすぎる。中に駐在員がいて、台湾関連の仕事をしているのだ。
出来るだけ目立たぬように自動車を呼ぶのを避けたPZだが、もっと重要なことをみすごしていた。UVのウィッグだ。坊主頭しかいないスーツドがそんなものを被っていればすごく目立つが、彼はすっかり慣れてしまって気づかなかったのだ。それで、
「そろそろウイッグはずさないと」
とさりげなく言ったのだが、
「やだよ」と抵抗される。
彼女は、ウィッグを着けたままはずそうとしない。
自分からはずさないなら、無理矢理はぎ取るしかない。
「もうホウコじゃないんだ。それをとりなさい」
「やめて。暗いから大丈夫」
と叫んで、彼女は両手で頭を押さえた。
「宿でひとりになったとき着ければいい。人前でその格好はまずい」
「ひとりでいるときにおしゃれしたって意味ないじゃない」
そのとき、PZのスピーカーから、
「どうしました?」というアシストの声がした。
「ウィッグをはずせと言っているのに、彼女が言うことをきかないんだ」
今度はUVのスピーカーから同じ声がする。「本当ですか?」
「私、ウィッグなんかつけてない」
「PZさん、フードを下ろしてください」
PZはアシストの言う通りにした。フードの内側のスピーカーからUVに聞こえないように、
「今はそのままにしてください。隙をみてどこかに隠すか捨ててください」
と小声で指示が入った。
「了解」とPZは小声で答えたが、UVが油断した隙に強引にはぎとった。
「返してよ」
「大陸に着いたら渡す」
「本当だよね?」
「ああ」
荷役のスーツドが見えなくなると、自動車を呼んだ。
大陸に向かう港まで南へおよそ20キロ。
そこの港はやはり大きい。
今の世界は古代よりはるかに人口が少なく、生産物も限られているので、貨物船は古代よりずっと少ない。物流は少ないが、ほぼ全員が旅行者なので人の移動は激しく、フェリーの数は多い。
今も二隻のフェリーが停泊している。どちらに乗っても大陸に着くが、出航時間が異なる。通常の業務ならシステムが指定するが、特務なので業務欄には何も出ない。
「どちらに乗ればいい?」
とPZがアシストに聞いた。
「あまり違わないから好きなほうに乗ってください」が答えだった。
それで近いほうに乗った。残念ながらはずれだった。
スロープを上がった先の搭乗口にある受付台が乗客を管理する。乗客とは別に船員も管理されている。
大陸は遠いのでフェリーには食堂、個室の他に売店もある。
UVはすぐには個室に入らず、甲板に出て、夜の海を眺めていた。
これまではちょこまかした移動ばかりだったが、今大きく動いていることを実感した。
彼女は、後ろから人が近づいていることに気づかなかった。
「あれっ?」
頭に何かが乗った。振り向くと後ろにPZが立っていた。
「大陸まだだけど、もう着けていいの?」
「そうだった」
彼は、ウィッグを彼女の頭からとった。
そのまま海へ向けて、投げ捨てようとする。
「やめて!」
最初から捨てるつもりはなかったが、彼女は目に涙を浮かべた。
「何を泣いている?」
「だっておじさん、海に捨てようとするんだもの!」
「こんなものがそんなに大切なのか」
PZには全く理解できなかった。
そのとき、アシストから「どうしました?」と質問があった。
「どうでもいいことだから、気にしないでください」
とPZは言った。
「どうでもよくないよ」UVは抗議した。
「これから大切な任務があります。喧嘩しないでください」
「わかってる」
PZは事務的に返事をした。
UVは、走って個室に戻っていった。
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