第25話 支配層の棲む城(1)


 大陸側の港がある場所は、古代世界では福建省のアモイ(廈門)という都市だった。ここから多くの華僑が台湾や東南アジアなどに渡った。ピーターの先祖もここの港を経由して台湾に移住したのだが、そんなことはPZ達が知るすべもなかった。

 アモイ港は廈門島の西側にある。二人の乗った船が着いたのは明け方だった。



 港の食堂で早い朝食をとった。そこから車を呼び、アシストから聞いたT243911659を行き先に指定。そこから車は平地を西に進み、旧漳州市を経て、北東の山間部に入った。

 目的地は、かつての福建省西部にあった竜岩市永定区にある。福建省西部の山岳地帯には、土楼と呼ばれる円形の巨大遺跡がいくつかある。かつてNASAが軍事施設と勘違いしたと言われるほど大きなものだ。

 ここにはかつて客家はっかが集団で住んでいた。

 客家とは漢民族の一部だが、華北が異民族に侵略されて、この辺りに移住した人たちのことをいう。よそ者という意味で、敵の襲撃を避けるため集団で土楼に住んでいた。


 十八世紀半ばよりおよそ一世、清朝には大きな人災、天災がなく、人口が急増した。山がちで耕作地の少ない福建や広東では、食べることに困った多くの者達が海外に渡った。ピーターの先祖は、もともと台湾北部の新竹にいたが、第二次大戦後、台湾南西部のカギ市に移住し客家飯店という飲食店を経営していた。

 飯店には、飲食店の他にホテルという意味もある。二十一世紀、大陸株で利益を手にした文鳳の父親は店舗数を増やし、さらにホテル、不動産などにも事業を拡大。息子の文鳳の代には、アメリカ進出を果たす。

 その後、スマートスーツで大成功を収め、均質な世界を作りあげた一族は、歴史的価値の極めて高い遺跡と自らの先祖の出身地である福建土楼群、墓、客家飯店本店を例外的に残し、その保存に努めてきた。

 そのなかでも土楼群の手入れは、かなりの労力を要する仕事で、必須業務で初めて訪れたスーツドは、コロッセオを思わせる巨大な遺物に驚くのだった。実は、今回は基地調査とは直接の関係はなく、日頃出来ない土楼の点検を基地調査という名目で二人に行ってもらう。



 家族を知らないPZやUVには、先祖や血のつながりという概念は当然ない。二人は自動車で土楼のある場所に向かっていた。

 車がそこに近づくと、

「何あの建物?」とUVが叫んだ。

 二人の眼前に見たこともない巨大な円形状の建物が現れた。それは千年前に建てられた土楼だった。

「あのくらいでかいと、メイン基地にふさわしいな」

 事情を知らないPZがそう言った。


 そこは街というより小さな集落といったほうがよく、土楼の脇に宿、食堂、売店、中継施設がひとつずつあるだけだった。土楼はそこだけではなく、付近にいくつかあった。

「あの丸い建物を調べるのか?」

 彼はアシストに聞いた。

「はい。その前に昼食をとってください」


 一軒しかない食堂に入る。二人の他にも客が何人かいた。PZは、そのうちの一人に、

「仕事で来たのか?」と聞いた。

「掃除しに来た。たぶん、あのでかい建物の中だ」

「入ったことがあるのか?」

「今日、初めてここに来た」

 会話を聞いていた他の男が、

「俺は入ったことあるぜ。古い木の家があって、中を掃除した。今日はこの辺りの木の伐採だけど。そういうあんたは?」

「僕も掃除さ」とPZはごまかした。

 それから、一群の不気味な建物についておしゃべりが続いた。

 UVは会話に加わらず、先に食事を終え出ていった。彼女は、人前ではできるだけPZと無関係を装う。


 PZが食堂を出ると、UVはあごを上げて土楼を見上げていた。

「そのうちに崩れるんじゃない?」

 土を固めた壁にはいたるところにひびが入り、老朽化がひどく、いまにも崩れてきそうだ。

「僕等が生きている間は大丈夫だろう」

 PZの希望的観測だった。



 二人をアシストするオペレーターは、三つの端末を使っている。真ん中は通常業務で、左右は二人の個人情報画面。ヘッドフォンを外すと、左右から会話が聞こえるので、他の仕事をしながらもおよその現状が把握できる。

「すごく大きい。あそこに入るの? 何か怖い」

「ルーラーがいるかもしれないから、注意しないと」

「あんな古い建物に人なんか住んでいないよ」

 という内容から、二人の到着を知った。すぐにピーターに報告し、二人のアシストを交替してもらった。


 ピーターは真ん中の椅子に座ると、左側の端末のほうに椅子を動かした。

「PZ、僕だ。ピーターだ。ここからは僕がアシストする」

「あそこにルーラーがいるんだな」

「いるかもしれない」

 とピーターは嘘を言った。

 アシストが最高責任者に変わったことで、PZの緊張はいやがおうでも高まる。

 ところがピーターのほうは気楽なもので、鼻歌を歌っている。

「何だそれは?」

「今こっちで流行ってる歌だ」

「私も聞いたことがあるよ」

 UVは、歌詞がわからないのでメロディーを口ずさんだ。本当はPZ以上に緊張していたが、平常心を保つためそうしたのだ。

 土楼の入り口には扉はなく、開いたままだ。土楼にはそれぞれ入り口の上に漢字で名前を記しているが、PZには読めない。

 PZは、胸のカメラに入り口がよく映る位置に移動した。

「あそこから入るのか?」

 とピーターに当たり前のことを聞いた。

「そうだ」

 PZは覚悟を決めた。

「行こうか」とUVに声をかけた。

「本当に入るの?」

 UVは恐怖を隠せない。

「大丈夫だ」とピーターがアシストした。本当に大丈夫と知っているので、説得力のある声だった。


 二人は、気持ちを落ち着けて、厚い壁を抜けて入り口をくぐった。

 そこは廃墟のようだった。

 壁に沿って四階建ての木造の住居が集合住宅のように連なっている。内側にも家が立ち並んでいるが、どれも屋根が崩れかかり、今にも倒れそうだ。

 PZは、もっと豪華な建物を想像していた。

「ぼろぼろだな」

「ここには、北から移住した人たちが住んでいた。外の敵から襲われないように、周りを厚い壁で囲った。ここは王宮ではなく、普通の人が普通に暮らしていたただの集合住宅だ」

 ピーターは、自分の先祖がいたことを黙っていた。


 ひっそりとしていて、人の住んでいる気配はない。

 地面には石が敷いてある。土が積もっていないことから、頻繁に掃除が行われているはずだ。周囲が森に埋もれないように木が伐採されているのは、システムに保存をする意思があるからに違いない。やはり基地につながる入り口が建物のどこかにあるのではないか、とPZは思った。

 UVは菓子を取り出し、つまみだした。少し安心したので、

「こんなところに人なんかいないよ。私なら一日も住めない」

 と言った。


 まず内側から調べる。

 何軒かの瓦屋根の家が密集している。建物はぼろぼろだが、中は綺麗に掃除がされている。

「昔人が住んでたの?」UVが聞いた。「電気もなく、スーツもなくてよく暮らせるよ」


 次は壁の周囲だ。一階から順繰りに壁際の家々を探る。家の前は廊下になっている。

 一階は何もない。

 階段を上り、二階に。二階の廊下は床板が抜けそうで、歩くたびにきしむ。実際に抜けている箇所もあった。


 三階に上がると、「誰かいる」とPZが言った。

 三階の廊下をスーツドの男が掃除をしていた。

 二人に気付くと、「必須業務に入ってたから来た」と自分から説明した。

 男は、言葉通り廊下や部屋のゴミを集めて回収していた。「あんたたちは?」

 何と答えていいかわからず、「迷い込んだだけさ」とPZは言った。

「こんな辺鄙なところにか」

「ああ」


 PZは、「どういうことだ?」と言うと、四階に上がらず、下に降りた。

「待って。どうしたの?」UVも彼に続いた。

 石畳の上に出ると、

「ここはルーラーの暮らす土地で、入場制限がかけてあるはずじゃなかったのか。それに問題なくそちらと通信できるのもおかしい。誰でも入れるのにわざわざ僕達をよこしたのはどういうことだ?」

 とPZはピーターに聞いた。

「すまない。実はここには基地はない。最初からそうわかっていた」

「何を言ってるんだ?」

「基地探しとは別に、ある理由からどうしても立ち寄って欲しかった。出発前に本当の理由を明かすのはまずかった。

 この地下に財宝が隠されている可能性が高い。その入り口が土楼の中ににあるかもしれない。それでここの中を徹底的に調べることにしたんだ」

 本当の理由は土楼の点検だが、ピーターの声には熱がこもっていた。

「ここに隠すとしても、入場制限をかけるはずでは?」とPZが聞くと、

「逆に誰でも来られるほうが見つかりにくい。そう考えたのだろう」と理由を述べた。「すでに目星はつけてある。現地の人間じゃ事情を説明するのも大変で使い物にならないから君たちに任せたんだ。こっちに専門家を呼んであるので、彼の指示に従って欲しい」

「よろしくどうも」肩のスピーカーから宝探しの専門家の声がした。高齢の男性のようだ。


 それから二人は、専門家の指示で土楼の中を徹底的に調べた。

 奥の壁が崩れている箇所では、煉瓦を取り除き、

「もっと近づいてくれないか?」

「その板、長さはどのくらいだ?」

「暗い。もっとよく見えるようにして」など細かい指示が飛んだ。

 数時間に渡る調査が終わると、「今日はありがとう。これで大体わかった」とお礼を言われた。


 二人は早めの夕食をとった。昼食のときは他人を装ったが、今は他に客がいない。

「おかしな宝探しだったね」

 UVが疑問を口にした。

「素人が考えるようなわかりやすい目印はないんだろう。相手は専門家だから、壁の表面のちょっとした割れ目なんかで隠し場所を見つけるんだろう」

 といってPZは自分を納得させた。

 食べ終わると、まだ明るいので宿には向かわず、土楼の周りを一周した。

 ホウコが海の観光地なら、ここは山のそれだ。

 周囲を山に囲まれ、すぐ際まで森が迫っている。


「私、トイレ」

 UVは、売店のほうに走っていった。

 PZは、近くの森に近づいた。

 すると、

「危険です。蛇です」とスピーカーから女性の声がした。機械的な声なのでアシストではない。システムによる警告だ。

 彼は咄嗟に後ろに退いた。

 地面をよく見ると、落ち葉の中に三角形の斑紋がとぐろを巻いている。 


 蛇だ。

 映像で見知ってはいたが、実物を見るのは初めてだ。人の話では小さくてかわいかったと聞いたが、目の前のものは長さ一メートル以上はありそうで、胴回りが太く随分大きい。

「毒があります。近づかないでください」


 彼は、恐怖で身動きできなくなった。まさに蛇に睨まれた蛙だ。

 蛇は鎌首をもたげ、彼のほうに近づいてくる。

 慌てて体の向きを変えた。走ろうとしたが、前に転倒した。すぐに起きあがったが、このままでは噛まれる。噛まれたら体に毒が回る。この近くに解毒剤はあるのだろうか。

 システムの答えは、

「非常事態です。特殊走行モードに切り替えます」だった。


 特殊走行モード? 聞いたことがなかった。滅多に使わない機能なのだろう。

 すぐにスーツの腕と足のワイヤーが自動的に伸縮し、彼はものすごいスピードで走った。


「危ない!」

 眼前には土楼の壁がある。このままでは衝突する。

 しかし、一メートル手前で、向きが変わった。そのまま走り続ける。障害物がある度に方向が変わる。強制的に手足を動かされるので、激しい運動をしているのと同じだ。

 売店から出てきたUVが彼を見つけた。

「何してるの?」

「走ってる」

 走りながらどうやったら停まるのか考えた。

 これ以上は体が持たないと感じたとき、スーツも車と同じはずだと悟った。

「ストップ」

 彼は、声に出した。


 心臓が止まる前に、スーツは停止した。後ろを向くと、そこに蛇の姿はなかった。

「はあ、はあ」

 息苦しさのあまり、地面にへたり込んだ。

 これだけ激しく運動したのは久しぶり、あるいは初めてだ。心臓が激しく鼓動しているのがわかる。

 もう若くないのが嫌というほどわかった。

 その場で座ったまま休んでいると、UVが近づいてきたので、

「蛇がいた」と理由を言った。

「蛇くらいで走りすぎ」

 彼女は笑った。

「システムが毒蛇だと教えてくれた。そしたらスーツが勝手に動き出したんだ」

「毒蛇がいるの? 外にいると怖いから宿に入ろうよ」

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