第26話 支配層の棲む城(2)


 二人が宿のほうに歩きかけると、アシストから指示が入った。

「車を呼んでください。行き先はI284011553-5です」

 宿の名はIから始まる。

「ふざけてるのか。すぐそこにあるのに車で行く馬鹿がいるか」

 PZは二階建ての宿を見上げながら、アシストに抗議した。

「よく聞いていなかったんですか。私はハイフン5と言いました」

「こんなところに宿が五つもあるわけないじゃないか」

「宿はそこではありません」

「もしかして~まだ車に乗るの?」

 UVが不満をもらした。

「カフェがある場所のほうがいいでしょう」

「そうだけど、今日は疲れたんだけど」

「車の中で休んでください」


 二人は指示に従い、高速道路を北に向かった。

 宿のある街は、旧南昌市だった。アモイから車で八時間ほどの距離だが、寄り道したせいで倍以上かかった。江西省の中心だった場所だが、今はどこにでもある人の住む地域にすぎない。

 もう深夜だったので、カフェは閉まっていた。

 たとえ店が開いていたとしても、二人とも疲れていたのでカフェには寄らなかっただろう。

 PZは、シャワーを浴びずに、ベッドに横たわった。

 体は疲れていたが、神経が高ぶり眠れない。


 あの宝探しはやはりおかしい。

 専門家の「大体わかった」とは地下への抜け穴を見つけたということなのだろうか。PZには、とてもそんなものがあったとは思えなかった。

 その専門家は自宅に戻ると、次回の土楼修繕計画を立てていた。現地に行く前に現状を把握できたのでやりやすかった。スーツドだけでは老朽化した建築物は維持できない。基地の協力で修復箇所が事前に特定できたものの、行政に請求する費用は前回と同額だった。


 翌朝、PZはアシストに叩き起こされた。今日は丸一日自動車の中ですごすとアシストに告げられた。

 宿のロビーでUVと合流。

 アシストに出発準備完了と告げると、

「それではそちらで自動車を呼んでください。午前中のうちにできるだけ先に進みたいので、朝食と昼食はまとめてとります」と言われた。

 PZが自動車を呼ぶと、

「ちょっと待って。先に売店に行こうよ」とUVが言った。

「売店なんか後でいいだろう」

「途中にあるかないかわかんないでしょう」

 彼女がそう言うと、

「高速道路のパーキングエリアは売店がないところが多いです。今のうちに買い溜めするのもいいと思います」

 とアシストも賛成したが、売店や食堂がある場所はサービスエリアと呼ぶので正確ではない。


 車内に長くいるのは退屈だ。飲み食いで気を紛らすのも仕方がない。売店で菓子や清涼飲料水を二人で抱えきれないほど大量に購入し、自動車に乗った。

 PZは前側の席に座り、UVは後ろの右側に腰を下ろすと、菓子などの荷物を横に置いた。


 高速道路の休憩所であるパーキングエリアやサービスエリアにも緯度経度からつけた固有の名前があった。

 PZはアシストと相談して、食堂があるサービスエリアの中から、到着時間が11時前後になりそうな場所を選び、自動車の行き先に指定した。

 それで当分の間することがなくなったので、目を閉じて休んだ。

 UVは、早速ぽりぽりと菓子を食べている。

「おじさんも食べる?」

 彼は、疲れていたので返事をしなかった。

 話し相手がいないので、彼女は菓子を食べ続け、

「もうお腹一杯。私、昼抜きでいいよ。そのほうが早く着くからいいよね、おばさん」

 とアシストに話しかけた。


 そのときアシストは、アフリカ南部で起きた養鶏場火災の対処で手一杯だった。 

「ねえ、おばさん、聞いてる?」

「五月蠅いなあ」

 アシストは、UVの個人情報を表示している端末のスピーカーの音量を小さくした。

 それでもUVは諦めない。

 PZの胸に顔を近づけ、ファスナーのつまみにあるマイクに話しかける。

「おばさん、聞いてる?」

 PZは「頼むから、静かにしてくれ」と注意した。

 アシストは、PZ側の音量も小さくした。

 相手が反応しないので、「ちぇっ」とUVは舌打ちした。


 自動車に指示を出すときは、いくつかのパターンがある。

 基本は、フロントガラスと前側の背もたれの間のスペースにおいてある操作パネルを使う。古代の携帯ゲーム機のような形だが、ワイヤレスではない。ケーブルが長いので後部座席でも使える。行き先を入力したりマップで指示したり、レーシングゲームのように車を操縦することもできる。

 業務で指示された場所なら、ウォッチからでも可能だ。

 発車は面倒だが、停車は乗客が、大声で「停止ストップ」と言うだけでいい。

 それ以外にも、基地のオペレーターが車輌の情報画面から操作することもできる。


 UVはPZが目を閉じているのをいいことに、操作パネルをとって、マップを出し、次のパーキングエリアに行き先を変更した。

 指定したパーキングエリアに止まると、トイレに駆け込んだ。飲み過ぎでトイレが近いのだ。車に戻ると、行き先を戻し、発車させた。


 自動車はひたすら北に進む。

 高速道路は、人に対する入場制限をかけていない。もちろん通行の邪魔にならないよう歩道が用意されている。古代と同じ程度の道幅で、交通量が減っているので普段は空いている。古代ならスピード違反でも起きそうな環境だが、事故が起きないよう、また接触しても大きな被害が出ないよう、車のスピードは遅い。

 乗用車は少なく、通行車輌のほとんどが、トラックなどの荷物を運ぶタイプだ。

 午前八時にアシストは若い女性に交替し、端末の音量は戻った。だが、用がないなら話しかけないでくださいとあらかじめUVは言われていた。



 朝食と昼食兼用だったので、PZは多めに食べた。それで消化負担が大きくなり、すやすやと眠っている。

「だから、おじさんはだめなんだ」

 UVはもちろん、PZにとってもこれほど自動車に長く乗った経験は初めてで、退屈を通り越して苦痛になっていた。

 車から降りるのは食事とトイレのみ。車内にはBGMもラジオ放送もない。


 PZが相手にしてくれないので、UVはアシストに文句を言う。

「ねえ、つまんないから車止めるよ」

 現在、自動車は基地で操作しておらず、車内の人間の指示に従う。

「そんなことをされては困ります」

「だって退屈だから何とかしてよ」

「何とかと言われても」

「そうだ。お姉さん、面白い話して。今おじさん寝てるから小さい声で」

「そうですね……では怪談でも」

 アシストはUVを怖がらせようと、いくつか古代の怪談を語ったのだが、彼女は少しも怖がらなかった。


「もっと何かない?」

「それではとっておきの怖い話をします。実は私達の働いている基地に幽霊がいるのです」

「嘘、私がいたところに?」

「はい。といっても誰かが幽霊の姿を見たわけではありません。ときおり端末画面のスピーカーから不思議な声が聞こえるのです」

「私の先輩がある日、お腹の調子が悪いわけでもなく、水を飲みすぎたわけでもないのに、トイレに何度も行っていました。本人も不思議がっていましたが、すぐに原因が判明しました。たまたま両隣の人が席を外して、普段より静かになっていたとき、スピーカーから音が漏れているような気がしました。耳を近づけてみると、小さな声で『あなたはトイレに行きたくなる』と繰り返し語りかけていたのです。先輩は暗示にかけられてトイレに行ったのです」

「それって誰かがイタズラしたんじゃないの?」

「オペレーションで画面端末に対する操作はできません」

「ピーターに言った?」

「報告はあげましたが、そんなことあるわけないといって信じてもらえません。あれはきっと幽霊の仕業です」

「そうかな~?」

「他にも不思議な話があります。昨年退職された女性ですがAさんとします。Aさんは夜勤のとき、仕事中にもかかわらず、隣のオペレーターBさんとおしゃべりをしていました。そのとき、Aさんは自分の秘密を、Bさんが誰にも話さないと約束したので、うち明けました。

 次の週に他の女性CさんがAさんに、その秘密について質問しました。Aさんからすれば、Bさんにしか話していないので、Bさんが裏切ったと思いBさんを問いただしました。しかし、Bさんは秘密を誰にも話していないといいます。特にCさんとはその間会ってもいないし、電話もメールもしていません。それで、Cさんにどこからその情報を仕入れたのか聞くと、たぶん、オペレーションセンターで誰かが話していたと思うと曖昧です。

 CさんはどうしてAさんの秘密を知っているのでしょう。きっとそれはオペレーションセンターの幽霊がこっそり教えたのです」

「ふう~ん。少し怖かった。もう怖い話はいいや」


 通行する車両の大半が無人の自動運転のトレーラーなので、高速道路のパーキングエリアは狭くて数も少ない。

 サイダーを大量に飲んだUVは、頻繁にトイレのために停車させる。

 四箇所目のパーキングエリアでそれは起こった。用を済まして戻ると、車がない。

「おじさん、どこにいるの?」

 アシストに聞くと、UVが五月蠅いうえに、トイレで止まってばかりだから、ひとりで先に行くことにしたという。

 それで彼女は別の車を呼んだが、売店で購入したものまで持って行かれたので、彼女は不満たらたらだ。そのパーキングエリアには売店がない。

 街の名は緯度と経度を組み合わせたものだ。彼女は、適当な街の名で行き先を指定して、高速から出てしまった。


 アシストはすぐにピーターに報告した。

 彼女はホウコでも逃走していた。もともと予定になかった補助役にすぎないのにわがままし放題だ。

「一千万ポイントもらったくせに、その程度のことも我慢できなくては、これから先も務まらないだろう。処遇は後で考えるとして、今は相手をしている暇はない。PZのサポートだけやって」

 それがピーターの判断だった。


 そんな事情を知らない彼女は、買い物をすませ、カフェでくつろいでいた。

 アシストと通話するところを人に見られないように注意されていたが、

「ねえ、これからどうすればいい?」

 と堂々とアシストの指示をあおいだ。すると、

「こちらからは特に指示することはありません」と冷たく言われた。

 それから何度も連絡を入れたが、応答がなかった。 

 アシストに無視されたことで、UVの不安は高まった。

 特殊な任務に当たっている彼女は、以前と違いウォッチの業務欄には何も表示されない。自分は他のスーツドと違い、秘密を知ってしまった。役目を投げ出すようなマネをしても、元の状況には戻れない。


 このままだと消される。そう思った彼女は、急に態度を改め、アシストの指示を仰いだ。

「ごめんなさい。私が悪かったです。これから気を付けます」

 何度も繰り返し、謝罪を続けると、アシストから応答があった。

「あなたが任務に復帰する気があるのなら、いままでの遅れをとりもどしてください。PZさんより 先にT395311624に到着してください。その近くに次の候補地があります。今言えるのはそれだけです」

 UVは、忘れないうちにウォッチのメモにT395311624と入力した。

 自動車を呼び、操作パネルにマップを表示させた。

 目的地に早く着くには、途中で立ち寄るパーキングエリアを減らせばいい。そこからかなり遠いパーキングエリアを選択し、発車させた。

 夕食もとろうとせず、車内で菓子を食べただけだった。トイレ休憩は回数も時間も少なく、一秒でも早くゴールにつくようにこころがけた。

 それでも「まだおじさんの車に追いつかない?」といって、アシストを煩わせた。

 午後四時に交替した次のアシストは、前任者から事情を聞いていた。次のアシストに交替する前に、PZを説得し、二人を合流させた。


 アーリャンの組んだスケジュールでは遅めに宿に泊まる予定だったが、UVのせいで車内で夜を明かすことになった。翌日の午後には、旧北京市に到着した。アモイからの距離は二千キロを越えていた。

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