第41話 迷宮発動(3)


 学校を出たAOは、一番近くを歩いている緑の若者GQに近づいた。

「さっきから同じところを行ったり来たりしているみたいだけど、どうしたんだい?」

「どうにもこうにも、何がなんだかわけがわからない」

「実は僕も、さっきまで君と同じだったよ。それがこの通り好きなように歩ける」

「どうしたらいい?」

「うまく説明するのは難しいけど、今君の位置はこの赤い丸だ」彼は若者のウォッチを指した。「ジャンプか何かで、ウォッチの端から出れば自由になれる」

 若者はウォッチを睨んだ。

「ここからじゃ無理だな。あなたはどうやった?」

「台車に乗って、数人がかりで押してもらった。台車から落ちないようにするのにこつがいったけど」

「台車はどこにある?」

「学校にある」

「持ってきてもらえないか」

「学校の備品をか? ペナルティが怖い」

「それならレスキュー呼んでもらえないか?」

「ウォッチがいうことをきかない。それにレスキューがやっているかどうかもわからない」

「なんとかならないかな……」

「僕が片足をつかんで君を引っ張れば、うまくいくかもしれない」

「やってみてください」


 若者は地面に座ると、両足を前に投げ出した。彼は片方をつかむと、後ろに引いた。

 スーツは上体を反らせ、肘を曲げ地面に着けた。肘が動いて、彼に抵抗する。

 単純な力較べではスーツのほうが圧倒的に上だが、彼のほうが有利な体勢だ。

 数メートルも動くと、若者のスーツは動きを止めた。

「やった!」若者はすぐに立ち上がった。「ありがとうございます」

 この方法を使えば、大人の男なら一人で人を救える。

「一緒に学校に入って欲しいんだが」

 彼は若者に頼んだ。

「はい」


 二人が学校に入ると、校庭に大勢の子供達がいた。

 遊んでいる子供、泣いている子供、真剣に議論している子供などさまざまだが、大人の姿はない。

校舎の中に入った。廊下で数人の子供が苦労して、一人の男性を救出しようとしていたが、うまくいかないようだ。

「僕がやるから見ていて」

 彼はそういって、相手のウォッチを見た。引きずる方向を確認して、両手で相手の片足をつかみ、そのまま後ろに引いていく。子供に交じって若者も様子を見守っている。

 引きずられているほうは、さきほどの若者と同じようにじたばた腕を動かすが、引く力に勝てない。

「すげえ」

 一人の子供は、自分達が苦労してもできなかったことを、一人でやすやすと成し遂げた彼を賞賛した。

 要領を得た気でいる若者は、一人で建物の奥に向かう。

「こっちはまかせてください」

「ああ、まかせた」

 AOは、救出された男性と他の建物に向かった。子供達も後ろについていった。そして十歳程度の子供でも三人いれば、同じことができることがわかった。


 二十分後、校内にいる大人達は、校庭で今後のことを相談していた。

 周りの子供達も話に耳を傾けている。

「生まれてこのかた、こんなことは初めてだわ。もうすぐお迎えが来るというのに何てことよ!」

 給仕に来ていた高齢(といっても五十を超えたばかり)の女性が言った。

「外も同じというから、世界中こんな感じかもな。システムにトラブルが起きたのかもしれない」

 廊下で救出された清掃員の男性は、そう言うと、AOの顔を見た。

「ここが学校でスーツを着ていない子供がたくさんいたからなんとかなったけど、僕が助かったのは奇跡に近いと思う。今、ほとんどの人間は迷路から出られず、困っていると思う。迷路から出られないとなると、食べることも飲むこともできない」

「早く外に行って、助けださないと」

 学校の外で救出されたGQは、他の通行人のことが気になった。 

「ここの子供はどうするの?」給仕の女性が誰にともなく聞いた。「大人の動けない学校にいたら、みんな死んでしまうわ」

「でも、外に出すのはどうかな」

 教師補助に来ていたXZ37436は、事の重大性がわかっていない。


 システムの許可なく、子供達を外に連れ出すのは犯罪だった。しかし、今は子供を学校に残したままにするほうがよほど罪が重い。このままだといつか食べ物に困ることになる。

 古代なら人の生死がかかる緊急事態では、多少のルールを破っても情状酌量された。ところが、システムによるペナルティは、機械的自動的で人情の入る余地はない。ポイントが減らされることは覚悟しないといけない。


「今持っているポイントのことはあきらめよう」AOは子供達の顔を見た。「子供と一緒に外に出て、できるだけ大勢の人間に迷路から出る方法を教えるんだ。ひとつの学校には何百人も子供がいるから、学校を優先して回ろう」

 そこにいた大人達は、「それでいい」「そうしよう」といって、AOに賛成した。


 迷路からの救助法についても、いくつか意見が出た。

 台車に人を乗せるのではなく、嵩張るモノなどを乗せ、地面に座らせた人間を押していくほうが効率がいい。ロープでスーツの胴体を縛って引けば、人数さえ揃えば子供でも簡単にできる。

 校内にある使えそうなものを集め、全員で学校から出た。彼らは、通行人を救助しながら人数を増やし、近くの公園に集まった。大人は二人、子供は五人ずつグループを作り、公園を拠点に周囲に散らばり、救助と食料調達に向かった。

 イタリア半島南部での出来事だった。

 AOは、リーダーとして扱われるようになっていた。



 彼のように幸運と機転から脱出方法を見つけた者以外にも、車や列車などに乗って移動していた者は、何らの自覚も努力もなく迷路の端から外れることができた。そんな彼らも、すぐに外の様子や自分のウォッチがおかしいことに気付くことになる。

 CS68476は、その瞬間をレスキュー車の中で迎えた。

 建築現場で転落した男性のところに行く途中のことだった。

 突然停車したので現場に到着したのだと思い、外を見た。

「おい、あれ見てみろ」

 彼の他に隊員は一名。その場限りの同僚だ。

「どうかした?」

 何人かの通行人が道を斜めや横に歩き、車の通行を妨げている。

「人の命がかかってるのに」

 CSは仕方なく停車し、道に出た。

「どいた、どいた」

「おい、あんたは動けるんだな。助けてくれないか」近くにいた年輩の男性が言った。「これ見てくれ」

 ウォッチを見ると、迷路が表示されている。

 同僚も道路に降りた。

「どうしました?」

「ここをあっちのほうに歩いてたら、突然足が動かなくなって。だけど横には動けたり、後ろに動けたり、何が起きているんだ?」


 CSは何か指示が出ていないか、自分のウォッチを見た。すると男性と同じような迷路が出ている。

 較べて見ると、迷路の線が異なり、男性のほうにだけ赤い丸印がある。

 同僚のを見ると、また違う迷路で丸はない。

「たぶん、僕等は車で動いてたから、迷路の端から出てしまったということだな」

 CSはそう推測した。

「それなら、俺が車に乗ればいいわけだ」男性はそう言った。

「試してみよう」 

 二人で男性を持ち上げようとしたが、スーツが暴れるので、落としてしまった。

 何度かトライして、車内に押し込んだ。すぐに、自分が乗り込み、少しだけ車を進めすぐに停めた。男性のウォッチには丸印が消えていた。降ろしてみると、自由に動くことができる。

「ありがとう。これで動くことができる。だけど、みんなあんな感じじゃ、この先大変だな」


 その道には男性の他にも、大勢の通行人がいた。屋内にいた者で外に出られる者は皆外に出てきたので、普段より人が多いのだ。

「私も動けないの。その人みたいになんとかしてよ」

 などと、近くにいる者は、男性が動けるようになったので、自分も助けてくれるように二人に懇願した。

 しかし、怪我人のところに行く途中だ。余計なことをしている場合ではない。

「どうすればいいんだ?」

 怪我人のことは気になるし、目の前の人たちをこのまま見過ごすのも気がひける。


 二人が困惑していると、助けられた男性が言った。

「あんたたち、レスキューの途中なんだよな。こんな調子じゃ診療所に行っても無駄かもしれないよ」

「行かないとどうなる?」CSが聞いた。

「レスキューほかって問題があけば、システムが何か言ってくるだろう」

「そうだな。通行人救助を優先するか」

「さっきはなんとかできたけど、暴れる人間を乗せるのは大変だ」

 同僚は乗り気じゃない。

「乗せなくても、車で押すとかどうだ?」CSが言った。

「障害物があると、自動でブレーキがかかるからだめだ」

「そうだ。車に乗せるなんて面倒なことしなくても、縄でもかけて自動車で引っ張れば早い。中にロープあるだろう?」

 男性は、レスキューの経験もあった。

 レスキューとは、緩和医療という意味だけでなく救命でもある。車内にはロープがある。

それで、男性も加わって三人で救助活動が始まった。


 迷路から抜け出る手段を会得したのは、彼らだけではない。世界中の至るところで、迷宮から解放される人々が続出していた。そういった人々は、システムの指示がなくても自ら積極的に、まだ迷宮から抜け出してない人々を助けるのだった。

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