第42話 迷宮発動(4)

 PZとアーリャンの乗った配送車は、北京城の南門をくぐって、城内に入った。

「UV、大丈夫かな。スーツドに殺されてるかもしれない」

 PZは彼女の安否が気になる。

「UVって、精神病だったのか?」

 とアーリャンは聞いた。

「彼女がやったって言うのか」

「基地に残ったのは彼女ひとりだ。当然、怪しむべきだ」

「荘という女とSTというスーツドのほうがはるかに怪しい」

「いや、二人はもういない。昨日車が無くなったのは、城から出ていったからだ」

「そうとは限らない。城の中を車で移動したのかもしれない」

「十人以上人が来るっていうのに、まだ城の中をうろうろしているのか」

「君の想っているよりもこの城はでかい。わけのわからない建物がいくらでもある。隠れ場所には困らない」


 基地の南側に近づいた。搬入口は開いていない。

 二人の乗っている車は、大型車の隣で停まった。

 搬入口の前に車が停まると、中で音が鳴る仕組みだ。しばらく待ったが開かない。

「入り口から入ろう」

 二人は車から降り、基地の南側にある瓦屋根の建物から地下の通路に入った。

 ところが、通路の先にあるドアが開かない。

「まだ二箇所、東と西にも入り口がある」

 PZはそう言ったが、

「おそらくそこも閉まってる」とアーリャンは言った。

「どうすればいい?」

「どうにもできない」

「道具を使ってドアを破れないか?」

「そんな道具は持ってきていない」

「そんな馬鹿な話があるか」

 PZは、珍しく感情的になった。

「ここにいても時間の無駄だ。ホウコに戻ろう」

 と、アーリャンは諭すように言った。

「今からホウコにか?」

「急げば一日半で着く。そこでドアを破る道具を揃え、またここに来る。もちろん、僕等だけじゃなく、警官や専門家も一緒にだ。それで基地に入り、迷路を解除する」

「三日以上かかるな」

 人は三日間水を飲まなければ死ぬと言われている。PZもそのことは知っている。

「僕もそんな手間のかかることはしたくないよ。だけど、他に方法がないんだ」

 アーリャンは、絶望的な声でそう言うと、うなだれた。

「僕は行く必要はない。ここに残ろうと思う。そのうちに入り口が開くかもしれない」

「いや、UVが連絡をとるとしたら君になる。僕等と一緒にいたほうがいい」

 他にいい考えが浮かばず、PZも含めてホウコに戻ることにした。


 二人は、車を停めてある場所に戻った。

 しかし、搬入口前には二台あるはずなのに、大型車しかなかった。

「どこに行ったんだ?」

 PZが聞いた。

「おそらく基地から配送車を操ってどこかへ移動させたんだろう。僕達がいなくなった隙に」

「すると、相手は僕達の行動を見ているのか?」

「僕達というより、君の個人画面を開いてるんだと思う」

 ということは会話を聞かれていることになる。そこで、

「誰だかしらないけど、もし基地で僕の声を聞いているなら、すぐに車を戻してくれ。いや、その前に迷路を解除しろ」

 PZは、基地にいる相手に聞こえるように言ったが、アーリャンは冷めた調子で、

「いくら言っても無駄だと思う。この車で戻ろう」

 アーリャンは、ここに来るときに使った大型車に手をかけた。

「人が運転しないといけないぞ」

「もうかなり良くなったから、僕が運転する」

 彼はそう言って、カードキーを取り出した。



 システムの制御が北京側に移っても、ホウコ基地のオペレーター達は、画面から目を離せなかった。固唾を飲んでオペレーション履歴を見守っていた。

 しかし、こちらから向かったメンバーが行うものなので、基地の場所が違うだけで、その内容は普段と変わらなかった。

 二十分もすると安心して、「ああ、眠い」などと言いだす者もいた。

 このところ誰もが睡眠不足だ。アーリャン達が出かけてから、人手が足らないので、一日二交代でスケジュールを組んでいる。ようやく三交代制に戻ったものの、向こうでトラブルが起きた場合に備え、交替要員が出勤する深夜十二時まで基地内で待機する。

 もちろん、自分達でオペレーションをするわけではないので、全員がオペレーションルームにいる必要はない。

 新人一人に留守をまかせ、他のオペレーターは仮眠室に向かった。仮眠ではなく、本格的に眠ってもかまわない。

 留守を任された若い女性オペレーターも、同じように眠かった。口うるさい先輩達もいないので、ついうとうととしてしまった。


「いけない」

 彼女は目を開けた。かなりの間目を閉じていたようで、目の前が明るく感じられる。 

 端末画面の右下の隅には、現在時刻が表示されている。二十分以上居眠りしてしまった。

 すぐにオペレーション履歴を見た。

 最後の行の時刻は六時十二分。ということは現在時刻より十五分も早い。その間オペレーターによる作業が行われていないことになる。

 切り替えがうまくいったので、全員で休憩でもとったのかと思ったが、その行が見慣れない命令だと気付いた。


 18:12:15 FLOW LABYRINTH “AA00000-ZZ99999” “PRIORITY00” T03


 フロー・ラビリンス?

 初めて見る名前だ。

 フローは基本処理と異なり新規に作成できるが、実際のオペレーションでは昔からあるものをそのまま利用しているだけだった。彼女も、最初の一月ほどで全て覚えたくらいだ。

 それが対象者が全員で、優先順位が最高の“00”で実行されている。優先順位は、使い方を誤ると事故につながりかねないので、よほどのことがない限り指定しない。それなのに、他の処理が行われていても強制的に割り込みをかけるという最高度で実行されている。

 何かとんでもないことが起きた。そう直感した彼女は、すぐにフローの内容を調べた。


 迷宮型歩行制限?


 人の流れを遅くしたり、犯罪者が逃亡を防ぐための命令だ。アーリャンから過去に使用されたことがない例として、何度も聞かされていたので知っていた。

 しかもそれが無限ループになっている。

 作成者はUV38244。

 少し前までここにいたスーツドの少女だ。作成日時は八日前。彼女がここにいたときだ。

 たしかに命令がひとつしかないので、素人でも作れそうなフローだ。

 しかし、業務としては全く意味をなさない。かなりふざけたフローだが、練習用として作ったのだろう。

 それが、今何故本番で実行されているのか理解できない。


 問題は誰が実行したかだ。

 端末番号は03。これだけの情報ではわからない。

 それに、何故時間が経っても誰もキャンセルしないのだろう。

 考えても仕方がない。


 仮眠室には放送が流れないので、彼女は慌てて、仮眠室にいる他のオペレーター達を呼びに行った。


 集まったオペレーター達は、異常事態に興奮気味だ。

「ふざけてる。これアーリャンが、私たちを驚かすために変な細工したんだ」

「どうしよう」

「ふざけてるんじゃないの?」

「早くキャンセルしないと大変なことになるわ」

 サンディは、UVの教育係だった。熟睡していた彼女は、まだ夢から完全に覚めていなかい。眠い目をこすりながら、

「あの娘がこんなもの作ってたなんて知らなかったわ。これが本当に実行されたなら全世界は今頃大パニックね」

 と、人ごとのように言うだけだった。


 彼らは、すぐにピーターを呼び出した。

 ピーターは市役所で市の幹部と、今後の北京基地の体制についてうち合わせ中だった。

 報告を聞いても、

「何馬鹿なこと言ってるんだ。何かのサプライズか。僕を驚かせようとしても駄目だよ」

 と言うだけで、本気にしてない。

 最初のうちは信じようとしなかったが、相手の声が深刻なので、

「まさか……すぐ行く」

 と言って、市の幹部と一緒に基地にやってきた。


 責任者が来ても、こちらからはシステムを操作できず、連絡もとれないので、対策の打ちようがなかった。

 事態の深刻さに気づいたサンディは、眠気が吹き飛んでいた。

 それでもあくまで現実的に考えようとした。

「いたずらでなければ、何らかの課題かも。そうよ。これはアーリャンからの私達への課題。マンネリオペばかりだと非常事態への対処能力が身に付かないから、わざとやってるのよ。こんな機会でないとできないもの」

「いくら彼でもそこまではしないよ」

 ピーターは、彼女より現実的だった。


 それから様々な意見が飛び交った。

「他に人なんかいないはずなのにおかしいわよ」

「ああ、どうすればいいのかしら」

「キャンセルなんか簡単なのに」

 端末から離れ、壁にもたれて立っていた市の幹部も、

「もしかしてテロみたいなものじゃないのか」と後ろから声をかけた。

「その可能性はゼロとは言えません」

 ピーターは、画面を睨みながらそう返事をした。


 現時点での彼の見解は、

 フローの作者はUVと表示されていたが、彼女がとてもこんなことをするとは思えない。作成時に生体認証チェックはなく、誰でもなりすませる。

 何者かによる破壊工作の可能性が高い。

 その何者とは誰だ?


 あらゆる組織や思想が消滅したスーツドの世界で、テロなど起こりようがない。

 こんなことができるのは、こちらから派遣したオペレーターくらいだ。

 単独犯では無理だろう。何人かが協力すれば、実行は可能だ

 もしそうだとすると、その動機は何だ?

 オペレーターという固定収入の職業では、何ひとつ得することはない。

 誰かに唆されたはずだ。その誰かは、世界の混乱で得をする立場にある。

 今の世界システムが破壊されるとどうなるか。大勢の人間が亡くなり、大混乱が起こるが、その先には古代の資本主義や帝国主義が復活していくだろう。

 ホウコ住民相手にちまちました商売をするより、世界規模の事業を夢見る者がいてもおかしくはない。

 結論からいうと、ホウコ諸島に住む実業家が黒幕で、オペレーターの何人かが実行犯だ。

 開拓者がホウコと北京を分離する方針をとったので、オペレーター達とは連絡がつかない。

 すぐに彼自身が現地に向かい、何が起きたのか調べる必要がある。


 それならまもなく市長がかけつけた。少し遅れて警察関係者もやってきた。

 彼らは、ピーターを交えて会議室で緊急会議を開いた。

「北京に行かないと、何が起きたのかわかりません」

 ピーターはそれしか言えなかった。

 パニックのイメージはつかんでいたが、とても話せる雰囲気ではなく、余計な説明で体力や時間を無駄にしたくなかった。

 それでも問題の大きさは、そこにいる誰もがわかっていた。

「台湾の様子はどうだ?」

 市長が聞いた。

「さきほど駐在員から連絡があり、歩行者がジグザグのようなおかしな歩き方をしているそうです」

 迷宮型歩行制限を試した経験のあるピーターには、はっきりしたイメージが浮かんできた。

「一刻も早く北京に向かいましょう」

 彼はそう訴えたが、準備に手間取り、出発は翌日の午後の予定になった。

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