第43話 迷宮発動(5)


 その少し前。

 オペレーター九名と馬公市役所から来た桃は、PZ達の乗った車が走り去るのを眺めていた。あれほどひどかった体調不良も、時間が経ったせいか、あるいはショッキングな出来事のおかげで、少しおさまっていた。

 すぐそばの通行人が、彼らの姿を見てパニックになっている。

「おい、変な奴ら。おまえ達の仕業だろう。なんとかしてくれ」

 行きずりの通行人でさえ、そんな反応だから、食堂に入れば客達が大騒ぎするのは目に見えている。

 ここでのリーダーは桃だ。 

 彼は、おそるおそるスーツドの利用する食堂のドアを開けた。

 店内に残っている客達も、彼らと同じ十人だった。皆一度は店から出ようとしたが、入り口が迷路のルート上になく、脱出できなかった。


 彼らは椅子に座って食事をしていたので、迷路に気づくのが遅かった。食べ終わった一人がトレイを持って席を立った直後に、硬直したように立ち止まった。


「あれ、おかしい」

「何をしてるんだ?」

 他の客達が笑った。

「足が動かない」

「歳のせいじゃないのか」

 それでまた笑いが起きた。その笑いは長続きしなかった。すぐに他の客達も自分の異変に気づいたからだ。

 彼らは元いた席に腰を下ろし、食べることも忘れ、この件について議論をした。

「誰の仕業なんだ」

「どこかよその星から宇宙人がやってきたんじゃないのか」

「宇宙人なんて本当にいるのか」

「俺は、30ポイント出して、昔の番組見たことがあるけど、火星に人みたいなのがいるんだって」

「それ作り話じゃないの?」


 前代未聞の異常事態に妄想がふくらんでいた。そこに異形の集団が入ってきたのだから大変だ。客達は、侵入者達をエイリアン扱いした。

「キャー」

 若い女性は悲鳴を上げた。

「出た。宇宙人だ」

「なんだ、おまえ達は?」

「ここは人間の暮らすところだ。とっとと出ていけ」

「貴様達、一体俺達に何をした?」

「誤解です。私達は宇宙人ではありません」

 桃はそう言ったが、発音が悪いので気味悪がられた「ここで少し休ませてもらえませんか」

「やなこった。とっとと出ていけ」

「説明させてください。私達はシステムに関わる仕事をしています。今コンピューターのある場所で、火事が起きて、命からがら逃げてきました」

 説明が面倒なので嘘を混ぜた。

「地下にずっといて、お日様に当たらないから、そんな不気味な顔になっちまったのかい」

「そうです。私達は先祖代々地下で働いています」

 こうなったらやけくそだ。相手に話を合わせた。


 彼の嘘に客達は納得した。

「火事が原因で俺達動けないのか?」

「そうです。私たちはできるだけ早く問題を解決するつもりですが、着の身着のままで逃げて来たので、休む場所が欲しいのです。しばらくの間ここに置いてもらえませんか」

「ひょっとしておたくら、ルーラー様か?」

「そのように呼ぶ場合もあります」

「ルーラー様がいれば心強い。どうやったら店から出られる?」

「今は店から出ないほうがいいです。外もこんな感じで、誰も自由に動けません。それでも、水や食べ物を求めて、迷路を解きながら大勢が食堂やカフェを目指してきます。私達は熱にさらされて体調が悪いですが、あなたがたのために厨房から食べ物をとってくることだって可能です」

「そういうことなら大歓迎だぜ」

「ありがとう」

「ここにいて正解だったってことね」

 客達は彼らを受け入れた。


 食堂には、表の入り口と裏の通用口の二箇所のドアがある。夜間など営業時間以外はシステムがロックする。人の手で中から施錠することもできるが、滅多に使うことはない。営業時間中に中の人間が施錠して籠城しようとしても、基地の端末に問題として表示されるので、オペレーターが状況を判断し、ロックをはずすなどの処置をとる。今はオペレーターにロックをはずされる心配はない。


 桃は、まず表のドアをロックした。それから厨房に挨拶に行った。食中毒の原因となった場所だ。同じ説明をして、通用口のドアをロックした。

 城からの注文を受けるので、普通の食堂に較べ、厨房は広く、食材も多い。厨房係に聞いて、食材を調べた。かなりの量がある。

 オペレーター、桃、客、厨房係、合わせて二十五名。

「これだけあれば、一週間は持つ」

 ここには水道もトイレも食料もある。調理器具もあり、ドアは施錠できる。生き延びるには最高の環境だった。



 多少は回復したものの、まだ体調が悪いアーリャンだったが、大型車を運転し、再び食堂に向かっていた。

 途中で、「PZ、あれを見てみろ」と彼は叫んだ。

 PZが前方を見ると、通行人達が自由に歩いている。

「きっと基地のほうで対処したんだ」

 アーリャンはそう言ったが、

「そうとは限らない。話を聞いてくる。止めてくれ」

「了解」

 PZは車から降り、自由に歩いている女性に話を聞いた。

「レスキュー車にロープで引っ張ってもらったら治ったの。ほら」

 といって彼女は左ウォッチを見せた。「丸い印が消えてるでしょ」

「その手があったか」

 PZはそう独り言を言い、車に戻りアーリャンに報告した。


 アーリャンは車を発車し、ハンドルを握りながらしばらく無言でいた。それから、

「そうか。迷路の外に無理矢理出せば、歩行制限が機能しなくなるってことだ」

 と理解した。

「この車ならロープを使わなくても、前からぶつかればいい」とPZは提案した。

「これでも一応、自動ブレーキがついてるよ。でも無効にして、そっとぶつけてみればいいか。その前に食堂、食堂」

 手動運転車はアクセルを深く踏めば、速度があがる。道が空いていたのもあり、食堂には思っていたより早く着いた。



 黄色の中年男DR10712は、食堂の入り口を入ったカウンターのところにひとりでいた。

 カウンターの前は狭いので、ほとんど身動きがとれない。することがないので、そこから一番近いホールの席でぐったりしているオペレーターに相手をしてもらおうとする。

「ここに入ってすぐ異常に気付いたよ。食べるどころじゃないから、俺はすぐ外に出ようとした。だけど、迷路の長い線がちょうどここを横切ってて、外にも中にも行けない。ここで迷ってたら、あんた達が入ってきてびっくりしたんだ。それにしても珍しい顔だな。それにどうして髪が長いんだ? スーツを着ないでどうやって生きていけるんだ?」

「今、体調悪いから話しかけないで」

「本当は宇宙人だから、地球の空気が合わないんだ。ハハハ」

「古代の映画でこういう顔の人見たことあるわよ」

 といって、彼女の近くに座っている中年の女性も会話に加わった。

「もしかして学校で習った黄色い人間のことか」

「ちっとも黄色くないじゃないの」


 そのとき誰かが入り口のドアを叩いた。

「僕だ。PZ10325だ。今城から戻った。アーリャンも一緒だ」

「五月蠅いな。おまえなんか知らねえよ」

 DRは、食堂にこれ以上人間を入れたくなかった。

「PZが戻ったと中の女性に伝えてくれ」

「食い物が欲しけりゃ正直に言いな。わけてやるつもりはねえけど」

「今、PZの声がしなかった?」

 女性オペレーターは、彼の声を聞き逃さなかった。「開けてあげて」

「俺はドアまで歩けない。自分で開けな」

「仕方ないわね」

 彼女は面倒くさそうに立ち上がり、よろよろとカウンター前の通路を歩く。男の横を通り過ぎるとき、

「もう話しかけないで」と注意した。

 それからロックをはずし、PZとアーリャンが中に入った。


 DRはPZを見て驚いた。

「あんた、歩けるのか?」

「ああ。迷路から抜け出る方法がわかった。今いる場所から何メートルか移動すればいい」

「それができないから困ってるんだろう」

「人に手伝ってもらえばいい」

「本当か? じゃあ、俺をホールまで引きずってくれ」

「立ったままじゃやりにくい。仰向けに寝てくれ」

 DRは言われた通りにし、PZとアーリャンはそれぞれ彼の足をつかみ、引っ張った。

「じたばたするなよ」アーリャンが注意した。

「俺は動くつもりはない。勝手にスーツが」

 どうにかホールまで引っ張った。

 PZは、彼のウォッチを確認した。丸印はない。

「成功だ」


 全員が注目しているなか、DRは立ち上がり、おそるおそる足を踏み出した。

三歩目がうまくいくと笑顔に変わり、そのままホールを歩き回る。

「オー!」

「次、私お願い」

「これで助かるぞ」

 他の客達は歓声を上げ、DRが来ると親密そうに肩などに触れた。

 PZ達は残りの者も救助した。動けるようになった者も救助に加わるので、あっという間に全員が迷路から解放された。


「さすがルーラー様だ。恩に切るぜ」

 スーツドの客達は口々にお礼を言った。アーリャンは、歓迎ムードの今がいい機会と判断し、

「これでみなさんは、普通に歩けるようになりましたが、まだウォッチには迷路が出たままです。できるだけ早くシステムを元通りにする必要があり、私たちはある場所に向かいます。その間の食料を分けていただきたいんですが」

 と頼んだ。

「そのくらいいいぜ。どんどん持っていきな」

 反対する者はいなかった。車に食料を運び終えると、PZとホウコから来た者達はそのままホウコに向かった。

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