第32話 支配層の棲む城(8)


 気がつくと、PZは地面に横たわっていた。例の建物の前だ。建物の明かりは消え、ドアには鍵がかかっている。車はなかった。

 頭の怪我もたいしたことないようだ。もうかなり遅かったが、宿を目指して歩き出した。


 PZが、宿で目を覚ましたのは午前十時すぎだった。UVからの直接の電話に起こされたのだ。

「昨日は置いていってごめん」

 今頃謝ってもらっても遅いが、彼のほうも城内に行ったのに彼女に連絡を入れなかった。

「何か用か?」

「私、今日もまた食堂に行って料理をするよ」

「すると、僕はまた朝食と昼食を兼ねるのか」

「昼じゃなくて夕方の話。オペレーターがたくさん来るから、十五人分用意しておくの」

「十一人来て、僕等が二人だから十三人分だ」

「十四じゃないの?」

「ああ、そうだったな」

 PZは、無意識のうちに荘の分をはずしていた。昨日起こったことは、UVにはしばらく黙っておく。余計な心配をさせたくないのと、彼女では秘密を守ることができないと判断したからだ。


「夕方にはちゃんと到着するのかな?」

 PZは、オペレーターの到着について聞いた。

「さっきアシストに聞いたら、途中で問題が無ければ、午後二時から八時の間の予定って言われた。問題があったら、近くにいるスーツド捕まえて、知らせる手はずで、特に何の連絡もないから、順調だと思われるそうです」

 スーツドがウォッチでシステムへの連絡を使用した場合、オペレーターは端末画面で、スーツドの名前、現在地、話した内容からピックアップした主要単語を一覧表示させることができる。その中から気になったものを選ぶと、録音が流れる。

 応答する場合は、個人画面を開く必要があり、地域や名前で絞り込まないと、膨大な件数になってしまう。今回は、ルート上の地域にいるスーツドに優先的に対応する。


「それなら僕はその前に基地にいるようにするから。君は何時に来る?」

 PZはUVに聞いた。

「五時くらいに配送車で行く予定。料理が間に合えばの話だけど」

「一人で十五人分は無理じゃないのか」

「アシストに後二名手配してもらったから大丈夫」

「楽しみにしてるよ」


 PZは、十一時に街の食堂に行った。彼は朝食のつもりだったが、システム上は昼食だった。その証拠に、一時過ぎにウォッチを見ても食堂の手配がされていなかった。食べたばかりだったが、UVの作る料理が不安なので、アシストに予約を入れてもらい、昼食をとってから、基地に向かった。


 基地には誰もいなかった。オペレーター達もまだ到着していない。

 三時過ぎに搬入口から、外に車が来たことを知らせる音が鳴った。

 搬入口を開けると、一台の大型車が停まっていた。それを見て、昨日、ビルの裏に駐めてあった車を思い出した。塗装まで同じだった。

 アーリャンを先頭に中からぞろぞろと人が降りてきた。

「ああ、疲れた」

「ここの基地のほうが大きいわね」

「どこで寝ることになるの?」

 などと言いながら、彼らは基地の中に土足で入っていく。

「一昨日、アシストしていた者です」と、PZに自己紹介する女性もいた。


 彼らは、十名のオペレーターと市役所職員が一人。男性三名と女性八名だった。

 車は手動なので交替で運転をした男性三名は疲れ切っていた。女性達も同じように疲れた顔だ。それもそのはず。大型車輌とはいえ、十名を越える人数に二週間分の食料などの荷物を載せたので、車内はすし詰めだった。それにスーツドに見られてはまずいので、トイレ以外では自動車からほとんど降りることはなかった。


 ここでの責任者はアーリャンだ。旅の疲れを癒す暇もなく、

「例の女性と会わせて欲しい」とPZに言った。

 PZは、荘がいなくなったことをしばらく伏せておくつもりだ。

「さきほどまでいたが、どこかへ出かけたみたいだ」とごまかした。

「UVは?」

「街の食堂であなた達の食事を作っている。でき次第、ここに運んでくる」

「大丈夫か?」

 アーリャンは眉根を寄せた。出来具合が不安なのだろう。


 全員でオペレーションルームに入った。オペレーター達はしばらく端末画面を操作し、その後、椅子にこしかけたままアーリャンの周りに集まった。

 PZも、一緒にアーリャンの説明を聞いた。


 ホウコ基地は今二交代制なので、オペレーターの負担が大きい。到着がいつになるのかわからないので、余裕をもって、明日の午前八時に運用を切り替える予定だったが、三時前に到着したので、四時から十二時までの八時間こちらで運用を行う。

 まずホウコ基地に、こちらに無事到着したことと、オペレーションができる状態になったことを知らせ、四時に運用を切り替えてもらうよう伝える。基地間の通信ができないので、スーツドに通信圏内に行ってもらう必要がある。


 アーリャンは、市役所職員の青年のほうを見た。

「申し訳ないですが、PZさんは、こちらの桃さんが運転する車で城の外に出て、ホウコのアシストに連絡をお願いします。それで向こうで切り替え処理を行い、こちらで運用を行い、夜の十二時にまた向こうに運用を戻します」

 アーリャンは、PZに連絡事項を記入したメモ用紙を渡した。それから、

「明日からは三交代制で、午前八時から午後四時までがこちらの担当となります。当分、その体制で行きますので、がんばってください。これまでいろいろと聞いてきたと思いますが、こちらでの暮らしはこれまでとかなり異なります。

 しばらくは基地の床の上で寝袋で眠ることになりますし、食事も持ってきたものに頼ることになります。

 ただ今晩の夕食は、UVさんが腕によりをふるって作ってくださいますので、期待してください」 とまとめた。

 UVの名前が出ると、「お腹壊しそう」という意見が出て、笑いが起こった。


 PZと桃はミーティングを退席して、城の外に出た。通信圏内に来ると車を停め、PZはアシストを呼び出した。

「はい。PZさんですか?」

「そうだ。アーリャンの車が到着した。全員、オペレーションルームに入った」

 それからPZは、アーリャンから渡されたメモを読んだ。

 その後、桃が漢語で、アシストと会話をした。

 PZに替わると、ピーターが来たので替わると言われた。

「PZさん、ご苦労様。みんな疲れてたか?」

「かなり」

「そうだろうね。これでなんとか一安心だ。思ってたよりも早く到着したな。四時なら普段の交替時刻でちょうどいい。それから八時間運用して、十二時になったらこちらに戻すの忘れるなよ、とアーリャンに伝えてくれ」


 車で基地に戻る途中、桃は食堂への食事の注文の仕方を聞いてきた。

「ここでの僕の仕事はそういう雑用。オペレーターさん達が不便を感じないように暮らせるようにすること。だけど、すぐにまた応援部隊が来るから、しばらくしたら帰ることになると思う」



 PZ達がオペレーションルームに戻ると、オペレーター達の緊張が見てとれた。運用の切り替えは初めての体験だ。

 PZも一台の前に構え、様子を見守った。

 四時になった。

 オペレーター達が一斉に端末を操作する。桃だけが退屈そうに壁や天井を眺めている。


 数分もすると、安心感が広がった。

「問題ないみたいだな」とアーリャンが言うと、

「すごい」「こっちの基地のほうが綺麗」などとおしゃべりが始まった。

 それからはホウコにいたときと変わらない。

 PZも、久しぶりに個人情報画面を操作する。

 UVの画面を出し、カメラの映像を表示させた。

 調理台に並んだ小皿にポテトサラダを盛りつけている。まだ調理中だ。

「一千万ポイントもあるのに何で働いているの?」女性の声がした。

「オペレーションするより、こっちのほうが性に合ってるから」とUV。

「そのオペレーションって何のこと?」

「システムに命令すること」

「そんなことできるのかい?」

「まあね」

「さすが一千万ポイント」

 秘密を漏らすと殺されると怯えていたくせに、自慢げに機密情報を語っている。

「べらべら話すんじゃない」PZは注意した。「みんなもう到着した。腹を空かせているから、おしゃべりしてないで早くもってこい」

「あ、聞こえてた?」

「誰と話してるんだい?」

「秘密」

「例の隠し味も秘密なんだよね?」

 今度は男の声だ。

「まあね」

 彼女には正直お手上げだ。PZはそう思った。

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