第4話 北回帰線の街(4)

 街の基本構造はどこも同じ感じだ。

 列車の走る音がうるさいので、線路の両側は幅の広い道路で、太陽電池が敷かれている。線路沿いだけでなく大半の道路には太陽電池が敷かれている。砂や土がかぶさると発電量に影響するので、古代よりも頻繁に掃除され、清掃車の数も多い。自動運転の監視が主な業務なので、清掃車の仕事も楽な仕事だ。


 駅前は古代と同じような広場で、そこから前にまっすぐな広い道が続く。交通事故が滅多に起こらないので、一般道には車道と歩道の区別がない。

 車は右側通行だ。駅前広場の右側には、自動車置き場と整備工場をひとつにしたカーステーションがある。


 左手にはカフェ、食堂、売店、休憩所などがある。そこからたくさんの宿屋が続く。この世界には個人の住宅がないので、宿屋の数が多い。どれも同じ材料で同じ造りだ。壁には大きくIで始まる名前が記されている。

 時間をつぶす場所は、いくらでもあるが、どこもあまり面白くない。誰がどこにいようとかまわない。この世界の人間は他人に関心がない。家族や友人がいないので、自分以外は皆他人だ。


 火災のとき火が燃え広がらないように、建物同士はかなり離れて作ってある。それで街の中心部でも郊外のような印象を受ける。

 世界の人口はピーク時の百分の一の一億程度なので、余裕のある配置が可能だ。

 ほとんどの道は余裕で自動車が通れる広さが確保され、できるだけ碁盤目状になるように整理されている。

 街の中心部を離れると、耕作地が広がる。この辺りは稲作が盛んなので、田圃が広がっている。


 PZは知らなかったが、そこは北回帰線の街だった。彼に限らず、北回帰線という概念は誰も持っていなかった。一見、これといって特徴のない退屈な街だったが、そこは特別な街だった。


 駅前の道をそのまま進み、指定された椅子工場に向かう。

 宿は全員が寝泊まりするので、数が多い。どれも同じ造りの二階建てだ。宿が集まっている地区で、一軒の奇妙な建物を見つけた。

 宿と宿の間に柵で囲った広い空き地があり、道から奥まったところに不自然な向きで建っている。小さな木造の二階建てで、一階の表にガラス戸があり、壁もガラスも赤や黒の模様だらけだ。

 彼は知らなかったが、それは家だった。そして店でもあった。嘗てそこに人が住んでいて商売を行っていた。


 それが何故未だにそこにあるのかといえば、この世界を現在のように変えた古代の開拓者のリーダー的存在にとって記念すべき建物だったからだ。

 そんな事情を知らない彼は、特に心に留めることなく、先を急いだ。


 I232612030‐3という宿屋の入り口の前で、赤いスーツの若い男が宿屋のスタッフらしき緑の男と、言い争っている。

「部屋に菓子を忘れたから、とりにいくのがなんでできないんだ?」

「受付台の前を通ったら、あんたはあの部屋の客じゃないんだよ。学校で習っただろう?」

「そんな馬鹿な話があるか」

 古代ならアルコールが入っていると疑うような感じだが、この世界に酒はない。製造も流通もされていない。おそらく密造もないだろう。理由は必要ないからだ。二人のいさかいは、たいした喧嘩ではないようだ。

 どうしてそれがわかったかというと、システムから制止するよう指示が出ていないからだ。システムは二人の会話内容、体温や心拍数の変化などから、喧嘩のレベルを分析し、必要とあらば周囲の人間に仲裁に入るよう指示を出す。

 彼は言い争う二人の横を通り過ぎた。


 宿屋が集まってる場所を過ぎると、工場が目立つ。

 工場が駅から離れた場所が多いのは、増築しやすいように土地が余っているほうがいいからだ。そのため、どれも敷地が広い。


「目的地に到着しました」

 肩のスピーカーから案内が流れた。

 その日の職場は、間口四十メートルの椅子工場だ。どの工場も大きさが違うだけで、クリーム色の平たい箱だ。

 入り口の位置は中央だったり、端だったり、工場ごとに異なる。

 この世界に新規に建物の設計をするような仕事は存在しない。全て既存の設計図に基づいて建設される。老朽化すると解体し、同じ建物を建て、同じ製品を生産するだけだ。


 通用口に向かい、ドアノブをつかんで引く。ドアは引く場合がほとんどだ。

 ドアを開けると、十平米ほどの部屋で、右側の壁の前に古代の自動販売機ほどの大きさの受付台が立っている。どこの職場にも受付台はある。入退管理を行うだけでなく、ディスプレー画面に業務内容が表示される。

 その程度の機能で自動販売機ほどの大きさがあるのは、高性能コンピューターが搭載され、工場や店といった施設の運用を司っているからだ。 

 彼が受付台の正面に立つと、工場内の配置場所と作業内容が、図と文章で表示された。


 そこの部屋は待合室でもある。おそらくこの工場で製造されてはいない同じタイプの椅子に座って、十五分ほど待つと、男がひとり出てきた。男は受付台の前に立つだけの退勤処理をすませた。

 PZのほうを見ると、

「早番選んだせいで、いまごろ朝飯だ」

 と言って、工場を出ていった。独り言なのかPZを意識して言ったのかは不明だ。

 時刻は午前九時だ。男は早朝五時から四時間働いて、これから朝食をとるのだ。作業内容は同じでも、早番のほうが一般的に0.3ポイントほど高い。


 PZは持ち場に向かった。

 受付台で場所を把握していたのと、作業場所の案内標識が立っているので、迷わずたどり着けた。

 作業着に着替えることもない。スーツは万能服だ。

 彼の担当は椅子の組み立てだ。 

 椅子は木製だ。ここで造る椅子だけでなく、ほとんどの椅子は木製だ。実用一辺倒で、デザイン性はなく、種類も少なく、クッションには模様すらない。この世界は、モノに実用以外の価値を見いだすことはない。


 台に置かれたパーツを、ビスで固定する。

 進捗担当がときどき横を通る。そのくらいシステムで管理できそうだが、人間の仕事をすべて機械が行うようには、この社会は設計されていない。

 部品は、作業の様子を見ながら運搬係が台車で運ぶ。ベルトコンベアで運べばいいと思うが、作業効率を追求しているのではなく、被支配層に作業を与えることが最優先される。

 開拓者達は、あえて人間に仕事を残した。することがない状態が続き、人類が退化していくのを恐れたのだ。


 ノルマはないが、進捗係がさぼったと判断すれば、ポイントがもらえない。PZの場合は必須業務なので、次にまた同じような必須業務が現れることになる。

 彼は繰り返し作業が好きではなかったが、初心者が働くことを前提としているので、仕事自体はきつくはない。 

 古代の工場なら半分以下の人数で、より質の高い製品を作っただろう。



 休憩は進捗係が指示する。工場内に休憩室が用意されており、ポイントを消費せずにコーヒーなどを飲むことができる。PZは途中で一回、十五分の休憩を与えられた。後半の作業をこなしていると、きりがいいところで進捗係に作業終了を告げられた。午後一時を若干すぎていた。人間が管理するので、多少のずれはある。

 受付台で退勤処理をすます。ディスプレーに「ご苦労さまでした」というねぎらいの言葉が表示された。これが選択業務なら、「2ポイント増えました」というような獲得ポイントが表示される。


 今回は彼の所持ポイントに影響はないが、つい習慣でウォッチを見てしまう。

 現在のポイント残高13。

 今回の必須業務が終わるまで表示されなかった選択業務を調べる。

 全部で20件ある。随時更新され、仕事を得るのは早い者勝ちだ。といっても、仕事がなくなることはないので、常に慌てて次の仕事を入れる必要もない。システムは、スーツドを怠けさせないように、たとえ需要がなくても、無駄な仕事を作り出す。



 彼は、三時間ほど休憩をとることにして、午後四時から勤務時間四時間の売店業務を入れておいた。

 続いて食事について調べる。

 一時から一時半の間に、この近くにあるD232612030‐6という食堂に予約が入っている。もしその時間に行かなければ、別の時間に予約が入るだけだ。指定食堂から遠ざかっても、その付近の食堂が手配される。 

 特にすることもないので、マップで場所を確認しながら、指定された食堂に向かう。駅とは逆の方角だが、自宅に帰る必要がないので、駅から離れても何の問題もない。 

 工場から三百メートルほど歩くと、食堂があった。

 食堂の入り口には、工場の待合室にあったものと同じ受付台がある。入り口の横側に表が入り口と直角になるように置いてある。工場では作業内容を確認する必要から前に立ったが、食堂のそれは特に意識することなく前を通り過ぎればいい。


 入り口を抜けた正面にカウンターの台がある。しばらく待つと、カウンターの端に基本食の載ったトレイが置かれる。トレイの端に小さな液晶があり、そこに名前が表示される。他人のものと間違えないように気をつける。

 基本食はポイント不要で、必要最低限のカロリーと栄養がとれる。パンや米などの穀物と、タンパク源の豆を使った料理、ビタミンなど栄養素を加えた飲料水(栄養水)であることが多い。ビタミン水はビタミンCの影響で酸っぱい。


 体格差の少ないこの世界でも、年齢や性別で、必要とする量が変わってくる。基本食に関しては、入り口の受付台を通った順に、必要な量が盛りつけられる。

 その横にはオプション料理が並べられた棚がある。

 カウンターにはトレイが滑りやすいように、ローラーがついていて、棚の前でトレイを横にすべらせて、好きなものを選んで、トレイに載せる。


 食べ過ぎや栄養の偏りはシステムが管理していて、摂取カロリーが多すぎる場合など問題があれば、料理をとろうとするときに警告音が鳴る。

 それでも、トレイに載せることはできる。そうした場合、次の食事の時間を遅くするなどで調整する。それでも解決できない場合は、特別な食堂に行くことになる。

 カウンターの終端には何を食べるか考えることが面倒だという者のために、定食が用意されている。古代の料理店のランチメニューのようなものだが、数品のオプション料理の組み合わせで、それを基本食の載ったトレイに載せればいい。栄養バランスを考えた理想的な組み合わせなので、定食だけを出せばいいように思えるが、選択の楽しみを奪うのはよくない。

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