第11話 冒険的必須業務(4)


 車は、橋を渡った先の港街に停車した。

 ウォッチを見ると、必須業務に新しいマップが出ている。そこから一キロ先にある埠頭に進めということだ。それなら最初から埠頭を指定すればいいのに、すぐ目の前で停車させる意味はどういうことだろう。


「ここで降りろということか」

 PZはそう理解しドアを開けた。

「こんなところで降りてどうするの?」

 時間指定もない。ちょうど昼飯時だ。

「ここの食堂にでも行ってみるか」

 ウォッチで食事を調べた。

 港にある食堂が予約されている。すでに受付時刻だ。彼女も同じだったので、

「最初から食堂に行けって指示すればいいのに、紛らわしい」と言った。

 それで指定の食堂に入ったのだが、他の客達が料理が並んだカウンターの前で騒いでいる。


「60ポイントって、そんな食べ物があるのか」

「こんなもん、喰うやついるのか」

「きっとルーラー様が喰ってるやつだぜ」

「なんでルーラーの食い物がここに置いてあるんだよ」

「惜しい、あと30ポイントあれば食べれたのに」

 その様子を見たUVが、

「何? どうしたの?」と言って、その場でジャンプして注目の品を見ようとした。「私にも見せてよ……え、何これ、肉?」


 PZも人だかりの隙間からその料理を拝見した。他の料理は同じ品をたくさん作り置いてあるが、それは一皿あるだけだ。

「最高級フィレミニョン 60ポイント」

 陶器の皿の上にはナイフが載っている。ナイフで切らなければならないような一塊りの大きな肉だった。今の彼にとって60ポイントは気にするような額ではない。

「おじさん、食べたら?」

 彼女に勧められるまでもなく、あきらかにその料理は彼のために用意されたものだ。それでも、注目を浴びながら食べたくはない。

「あんた、60ポイントもあるのかい?」

 とすぐ前にいた赤スーツに聞かれると、

「彼女に迷惑かけたんで、がんばって貯めた。今日は特別にご馳走することにした」と嘘を吐いた。

 それを聞いた彼女は驚いた。

「え? 私が食べるの?」

「ああ」

「するとこれあんたが注文したことになるな。どうやったんだい?」と赤スーツが尋ねると、

「そんなような話をしてたから、システムに伝わったんだろう」と言って誤魔化した。


 注目を浴びながら、PZはその料理をトレイに載せた。すぐ後ろのUVは基本食の他はデザートのフルーツヨーグルトを三皿載せた。「三つまでなら大丈夫みたい」

 食堂の席はひとりがけなので、彼女はUVの隣に座った。PZはフィレミニョンを彼女のトレイの上に置いた。

 周囲の注目を集め、彼女は不器用な手つきで分厚い肉を切っていく。

「一人で食べきれるかな」と独り言を言うと、野次馬達は、

「うまそうだな。俺にも一切れくれよ」

 などと言って、料理を見つめている。

「あげない。欲しければ自分で60ポイント貯めれば?」

「なんてガキだ」

 彼女がフィレミニオンを食べ終えると、人だかりは消えた。

 彼女はデザートをほおばりながら、

「ヨーグルトのほうがおいしかったりして」とつぶやいた。


 二人は食べ終わると、食堂を出た。

「いくらポイントがあっても、あんなにじろじろ見られたら食べる気が起きない。君はよく平気で食べられたな」

 といってPZが感心すると、

「料理の味よりも、ああやって自慢できたほうが気持ちよかった」とUVが言った。

「理解できないね。肉料理の後はコーヒーが飲みたくなるだろう。カフェはどう? ルーラーの飲むものが出るかもしれない」

「それよりもあの食堂、変だと思わない?」

「あんな料理が出たんだから変に決まってるよ」

「そういう意味じゃなくて、おじさんより年上の男の人しか客がいなかったじゃない」

「偶然さ」



 埠頭まで1キロ。歩くべきか自動車を呼ぶべきか。

 呼べば1ポイント余計に消費するが、一億ポイントの持ち主には全くこたえない。

「自動車呼ぼうか?」

「そのくらいいいよ。歩こうよ」


 どこの埠頭にも管理棟はある。荷役や港の工事で働く場合、そこで受付をすませる。運航はシステムが管理するので、海上通信、受付台、休憩室、物置が役割の小さな平屋の建物だ。

それがここの管理棟は大きな二階建てだった。

「あそこに入るのかな?」PZが言った。

「船に乗るから行かなくていいよ」

 岸壁には貨物船が一隻停泊していた。車輌のまま乗ることができるローロー(RO-RO)船だ。搬入口が開きランプウェイ(乗船用スロープ)が伸びている。


「一応、これでも人間だぞ。フェリーじゃなくて、貨物船に乗れというのか?」

 PZが文句を言った。

「船員の仕事と思えばいいんじゃない。一億もらってるから文句言うのおかしいよ」

「船員の仕事じゃないだろう。大陸に行って何かしろということだな」

 PZは海の彼方を眺めた。

 中国大陸やユーラシア大陸という特定の地名は使われず、単に大陸と呼ばれていた。アフリカなど 他にも大陸はあるが、人々の地理上の知識は乏しく、この辺りで大陸といえば、海を隔てた西にある大陸のことだ。

 そこにこれから自分達は出かけなければならない。


 しかし、埠頭には他に船が停泊しておらず、食堂には大勢人がいたのに、ここには自分たち二人だけしかいないのはどういう理由によるものだろう。

 ここが大陸との貿易の拠点なら、荷物も人もかなりのものになり、もっと賑わっているはずだ。あまりに閑散としている。

 UVもそのことに気づいたのか、

「私達二人だけで行くの? なんか怖い」

 これまで二人だけに入っていた必須業務を彼女は嫌がるどころかむしろ楽しんでいた。それが今になって、拒否しようとしている。

 広大な海を見たせいだろう。

 正直、PZも怖かった。

 自分達は、ルーラーに呼び出されているのではないのか。


「行かないとどうなるの?」

 彼女が聞いた。

「おそらく、他の人間が君の代わりを務めるだけだ」

「おじさんは?」

「一億ポイントもらってるから難しいだろう」

「どうなるか知らないけど、海の向こうなんか行きたくないな」

 彼女はそう言ったが、十分後には、自分から先にスロープの上を歩き、船内に入っていった。

 PZも用心しながら彼女の後に続いた。


「何もないよ」彼女が言った。

 貨物船の中は、古代の地下駐車場のようだった。一台の車輌もない。

 片側にスロープがあり、上にあがれるようになっていた。

「ここにいるのはちょっと。上がったほうがいいな」

 PZが言った。

 二人はスロープを上がっていった。

 上の階にも車はなかった。

 さらに居住区域に上がっていく。人がいるかもしれず、緊張感が高まる。



 貨物船にしては広すぎる休憩室があった。船もそこに乗せるトレーラーも原則無人運転なので乗組員は古代に較べ少ないはずだが、寝泊まりする部屋がひとつも見あたらないのも変だ。

 PZが人から聞いた話では、大陸との船便は一泊する場合が多いので、宿のような役割を果たす個室があるということだ。この船は、休憩室の床に雑魚寝をしろというのか。


 彼は北米大陸で誕生した。自分がどこにいるのかという自覚はなかったが、北米の学校を転々とし、社会に出てから十年以上北米を彷徨った。

 アラスカからカムチャッカ、日本列島を経てもう五年以上も台湾島にいる。その間にフェリーを利用することもあった。どの船にも食堂、売店、乗客用の個室があり、不便を感じたことはない。それがこの船には寝る場所がない。

 そんなことを考えながら、船内を廻っていると、揺れを感じた。

「ねえ、動いてない?」

「自動発進したらしい」

 いつの間にかスロープは格納され、船は発進していた。


 海岸から三キロほど離れた。

 彼らは知らなかったが、この辺りに来ると、古代の携帯電話と同じで、陸上にある中継施設からの電波が届かない。それで航行中のスーツドの管理は、船内の受付台に内蔵されているコンピューターだけで行う。

 船に乗る際、受付台の前に立った時点で、システムから必要な情報が受付台に内蔵されているコンピューターに渡される。受付台にはごく短い距離の通信機能があり、船内にいるスーツドと接続している。海岸に近づき、陸上の中継施設の通信圏内に入ると、船内で処理したデータをシステムに渡す。


 それから船橋ブリッジと甲板を調べたが、人っ子一人いない。

 二人は休憩室に戻った。蛇口があるので、水は使えるようだ。

 窓際の席に着いた。

「到着が明日なら、それまで食べるものはどうするの?」

 外の景色を見ながら、彼女が聞いた。

 PZは、夕食がどうなっているのか、ウォッチで調べたが、まだ手配されていなかった。そこで、

「売店で買ったドライフルーツがあるだろう」と答えた。

「これ食べてもいいの?」

「おそらくここに食堂がないから、大量に買うように指示が入ったんだ。何故、ドライフルーツなのかはわからないが、他に食べるものがなければ仕方ないよ。但し、さっき港で肉料理を食べたところだから、今は駄目だ」

 休憩室の中を見回すと、片隅に布をかけたワゴンがおいてあった。

「あれは何だ?」

 古代人なら、それがホテルなどで料理を運ぶときに利用するワゴンだとわかったはずだが、二人には初めて見るものだった。

 二人がワゴンのところに行って、布をはずすと豪華料理が現れた。


「すごい。これ、私たちに食べろってこと?」

「他に客がいないから、たぶんそうだろう」

「さっき食べたところなのに。それにこれポイント要らないの?」

「ポイントなしの必須業務だから、このくらいのことしてもらわなきゃ」

 二人は料理を見ると、不安な気持ちがやわらいだ。

 彼女が両手にひとつずつ皿をとってテーブルに運ぼうとすると、

「下に輪が付いてるよ」と彼が言った。「押して動かすものみたいだ」

 彼は窓際のところまでワゴンを押して、テーブルに料理を並べた。


 食堂のときと違って、ゆったりと食べられる。

 二人は肉料理や魚料理を堪能した。それがプロの料理人が作ったものだとは知らなかった。料理一筋に修行を重ねた職人の存在を知らないのだから仕方がない。残念なことに料理は作ってから時間が経っているようで、冷めていた。それでも食堂で食べるものよりはるかに味がいい。

「どこで料理作ったのかな?」彼女が言った。「船の中に調理場なんてなかったよね」

「僕達が船に乗る前に、陸地で作ったものを運び入れたんだ」

「すごく手間なことしてるね」

 フルーツの中身をくりぬいて、肉や野菜などを詰め込んだ料理まである。

 サラダも野菜の種類が多く、ドレッシングもぴりっとスパイスが効いて、味を楽しませる目的が感じ取れる。

 ルーラーがそこまでして自分達をもてなす理由は何なのだろう。


 街の食堂で食べた後で、品数も多いので、食べるのに二時間かかった。

 二人とも満腹の状態でくつろいでいた。

「今日はもう夕食は要らない」PZが言った。「大陸まではドライフルーツで充分だ」

「ねえ、島が見えるよ」彼女が言った。

「どこ?」PZも窓の外を見た。

「そっちじゃなくて、船が進んでいる方向」

 そのときPZは、自分達のいる船に個室がない理由がわかった。行き先が大陸ではなく、その島だったからだ。

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