第28話 支配層の棲む城(4)


 中南海は、北海、中海、南海の三つの掘のうちの二つがある場所を指す。紫禁城の西に位置し、古代における権力者達の居住区だった。単に場所を指す言葉でなく、権力の象徴として使用された。

 ここにも古い建物が多く残っていて、掘の周りを木々が囲い、風情豊かだ。その一方、近代的な建物もところどころに見かけられる。

 二人は、北海と中海の間の道(文津街)を通って、西側に出た。

 その先には巨大な工場のような建物があった。


「あれが基地だ!」PZが叫んだ。「ホウコと良く似ているだろう」

 ホウコ基地と同じように高さが低く、クリーム色の壁には窓がない。ホウコは何棟かに別れていたが、こちらはひとつの建物だけで、それが何百メートルも続いている。


 延々と続く壁は、窓どころか看板も模様も入り口もない。

「こちらからは入れそうにないな」

 北側に出ると、南北に長い建物だとわかった。そこにも入り口は見つからない。

 それから建物の周りを一周したが、どこにも入り口がない。

「こんなに大きいのに、中に入れないなんて」

 UVは建物に文句を言った。

「部外者が、入りにくいように工夫してあるんだろう」

「どこかに秘密の入り口があるはずだよ」

 彼女は周りを見回した。基地の周囲には、数多くの小さな建物が雑然と建っている。


 彼女は、最初に訪れた墓のことを思い出した。あのときは地下を通った。

「あのどれかに入り口があって、きっと基地と地下で通じている」

 アシストが同じことを言っていたのだが、彼女は自分が今初めて思いついたかのように言った。 

「手分けして探してみよう」

 PZは彼女にそう言って、古代の地下鉄の入り口を思わせる箱のような建物の引き戸を開けて中に入った。中は木の枝を伐採する道具などが置かれている、倉庫のようだ。隠し扉がないか、念入りに調べたが見つからない。

 他にも近代的な建物を調べたが、同じ結果だった。

 UVも、入り口を見つけられずにいた。

 PZは、彼女と遭遇すると諦め気味に、

「入り口があっても僕達では入れないかもしれない。登録されている人間が来たときだけ、自動的に隠し扉が開く仕組みなんかでね」

「大勢の人間が通るんだから、そんな手間なことするわけないよ。扉もないほうがいいくらい」

「そうだな。でも、見つからない」


 彼女は、掘のほうを見つめた。

「そうか。基地が新しいから、新しい建物ばかり調べてたけど、古い建物のほうがわかりにくいんじゃない?」

 同じようなことをアシストが言っていたのだが、彼女はそんなことは忘れていた。というより、最初からまともに聞いていなかった。

 何カ所か瓦屋根の古そうな建物を調べたが、徒労に終わった。

「一旦、外に出てアシストに報告しよう」

 PZがそう言うと、

「もしかして」と言って、彼女は中海の近くにある東西に長い瓦屋根の建物に向かった。

「そこも調べたから無駄だよ」

 と彼は呼び止めたが、彼女はあきらめない。



 その建物は、三方がしっくいを塗り固めた壁で、残りの面には壁がなく、屋根を外して上から見ると、コの字状になっている。

 内側の壁は唐草模様で、石畳の床には何もなく、入り口の向きは東側だ。

 彼女は入り口の前で立ったまま、奥を見つめている。

 PZが追いつくと、彼女は中に足を踏み入れた。

「これって東からやってきた人が入りやすい向きだよね。それによく見るとおかしくない?」

 PZがさきほど調べたときは、外から見て何もなかったので、そのまま通り過ぎたが、今そこに立つと確かにある種の違和感を感じた。

「言われて見れば、奥行きが狭いような気がする」

 外から見れば横長だが、その位置からだと正方形程度にしか見えない。

 彼女は奥の壁のところに来た。壁があるはずなのに、そのままその奥へと進んでいった。

 PZは何がなんだかわからず、彼女を追った。すると、奥の壁の中央に人が充分に通り抜け出来るだけの、穴があることがわかった。

 それは、目の錯覚を利用した一種の騙し絵だった。

 壁の奥にもうひとつ部屋があり、そこも床や壁が唐草模様になっており、外から見ると途中の壁に穴があることに気づかないようになっていたのだ。


 奥の部屋の床の両側に階段があった。

「私はこっち行くからおじさん、そっち」

 とUVが指示した。手分けして調べたほうが効率がいい。

 しかし、十数段降りた先に踊り場があり、そこから方向転換し、両者はまた顔をつき合わせた。

 そこから基地らしき建物のほうに地下通路が続いている。



 照明が点いている廊下を三十メートルほど進むと、両開きのドアがあった。彼らが前に立つと、左右に開いた。

 自動ドアだ。

 その数メートル先にも同じドアがあり、そこから先は廊下の左右にたくさんの部屋があった。

 部屋のドアにはプレートがはめてあり、何の部屋なのかおおよそわかる。倉庫や設備関連の部屋ばかりだ。

「オペレーションルームは上だ」

 PZは言った。


 廊下の途中に上に続く階段がある。

 上に上がった。

 ほとんどの部屋のドアが開いたが、使用目的のわからない空き部屋が多かった。ホウコと同じような端末が並んでいるオペレーションルームもあった。

 近くで確認するとホウコと同じ端末だ。

 一台の電源を入れると、ホウコと同じ初期画面が立ち上がった。


「間違いない。ここがノースウッド基地だ。一度、外に出てアシストに報告しよう」

 PZは、端末画面を見つめながらそう言った。

「え~また外に出るの? 基地みつけたんだから、後は自由でしょ。夕食まで城にいようよ」

 大役を果たしたのだから、彼女の言うこともわからなくはないが、ホウコ基地からすれば、すぐにでも基地発見の知らせは欲しいところだ。

「それなら、僕が行って来るから、君はここで待っていて」

「やだよ。ルーラーが出たらどうするの?」

「僕がいてもいなくても同じだ。それに、どこにも人なんかいなかっただろう」

「それならいいよ。その代わりなんか買ってきて」

「遊びに来てるんじゃないから」

 そうたしなめて彼は基地を出た。


 後に残った彼女は、椅子に座り端末画面を覗いた。

 ホウコと同じように問題点が表示され、ホウコでオペレーターが行った処理の履歴も見ることが出来る。

 彼女のウォッチのメモには、T395311624という街の名が残っている。その数字を参考にさきほど行った食堂の情報画面を開いた。

 そこで働いている者や客の名、食材の在庫などの情報が出ている。

 アシストがしたような人払いをするには名前を消せばいい。彼女は試してみた。名前を消しても、保存が拒否される。現在、ここは予備の基地のため、データの参照はできるが更新ができないということのようだ。


 そこにいても無意味なので、彼女はオペレーションルームを出て、廊下を歩いた。

「あれ、何かな?」

 外から見た限りではドアなどは見あたらなかったが、内側から開閉できる搬入口を見つけた。スイッチを操作すると、地面に吸い込まれるように壁が下がっていった。大型機械などを搬入するときに使用するのだろう。

 彼女は搬入口を閉めた。他にもないか探し、通用口を見つけた。ドアノブを回すと開いた。ドアを押して、外に出た。外側にドアノブはない。ドアを押すと閉まった。それで中に入れなくなった。


「あ~しまった」

 そこは基地の東側だったが、さきほどの入り口からは少し遠い。そこで

「まだ探検してないところに行こう」

 とつぶやき、東のほうに歩き出した。


 彼女の向かう先には、さきほど通った北海と中海の間の道があった。

 北海と中海の間の道は古代では文津街と呼び、そこを東に進むと景山前街につながる。そこは景山公園と紫禁城(故宮博物館)との間の道だ。景山公園は人工の山を庭園とした場所で、今も木立の中に瓦屋根の建物が見える。

 右側はさきほど見たものと同じような建物だ。彼女は左手にある景山公園の南門をくぐり、森林の中に入っていった。



 PZは城の南門から城外に出て、さらに通信圏内まで歩いた。そこでアシストに基地が見つかったことを報告した。

 相手の反応は冷静だった。

「やはり北京に基地があったんですね。人は見つかっていないんですね?」

「いまのところはそうだ。だけど、調べたのはごく一部にすぎない。広すぎて隅から隅まで探すのは不可能だ」

「そうですか」

「これからどうすればいい?」

「基地が見つかったとなると、こちらからオペレーターや調査団を派遣することになります。それまでそちらで待機してもらいますが、引き続き人がいないか調べてください。人の派遣については、決まり次第報告しますので、今日のところはこれで仕事を終え休んでください」

 ようやくゆっくり休めるようだ。

「了解。その前にUVを中に残したままなので、呼んでくる」

「彼女、ひとりで大丈夫ですか?」

 アシストの口調が急に感情的になった。

「誰もいなかったから問題ないと思ったが、そう言われると心配だ。これからすぐに彼女のところに戻って、すぐに城から出る」

「お願いします」


 その頃、UVは景山公園の山の南面、綺望楼の前の広場から山頂にある万春亭を見上げていた。あそこから下を眺めれば気分がよさそうだと思い、彼女は山の上を目指した。

 急な階段を上っている途中、建物の正面の前に人の姿を見つけた。


 若い女性だ。髪は黒く、色も白いのでホウコと同じ人種のようだが、格好が変だ。

 診療所で着るガウンのような形だが、光沢のある赤や青の素材を使っていて、そこにまた色とりどりの花々が描かれている。首には単色のネクタイのようなものを巻いている。髪は真ん中から左右にわけ、上に花や房などの飾り物の着いた黒い看板のようなものを乗せている。

 UVは知らなかったが、女性の服は長袍というもので、髪型は真ん中から左右に分け、髪の残りを頭の上で大きく束ねた両把頭の上に、大拉翅だいろうしと呼ばれる扇状の髪の毛を象った飾りを乗せ、その大拉翅にさらに造花や房飾り、簪などを飾り付ける、清朝後期に流行ったタイプだ。


 女性は、刺繍の施されたうちわで顔を扇ぎ、空を眺めている。

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