第29話 支配層の棲む城(5)
階段が残り四、五段になった時、女性はUVに気づいた。
一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐに落ち着き、
「いつ見てもいい眺めね」
と、UVのほうを見ずにそう言った。
「そうなの?」
UVも振り返り、そこから紫禁城の様々な建物の屋根が並んでいるのを見下ろした。
「あなたはどなたです?」女性が聞いた。
「こっちが聞きたいよ」
「私は
「ジュアン?」
発音が違っていたが、女性はスーツドには正確な発音は無理だと判断し、
「そうです」と答えた。
「ここで何してるの?」
「人を待っています」
「待ち合わせ?」
「そうではありません。その方は遠くへ旅に出ました。私は、その方が帰るまで待ち続けるのです」
「その方って恋人?」
「そうです」
スーツドの世界でも多少の恋愛感情はあるが、長続きしないので恋人にまで発展しない。UVは、ホウコに来て初めて男女交際というものがあることを知った。
「他に誰かいるの?」
「今は私ひとりです」
「どうして?」
「皆、楽園に向かいました」
「楽園って?」
「古文書に記された、世界中の財宝が集められ、古代のまま人々が暮らしている場所です」
「恋人も楽園に行ったの?」
「彼は楽園を探しに旅に出ました。今から二年前のことです。それから半年後、同じように楽園を探しに向かった数名のグループから、ついに楽園を見つけたという報告がありました」
「どこにあったの?」
「ここよりはるか南ですが、具体的な場所はあなたには教えられません」
見ず知らずのスーツドに教えるほうがおかしい。
「そこってホウコのことじゃない?」
ホウコという言葉がでると女性の表情が変わった。しかし、
「さあどうかしら」といってとぼけた。
「もしかしてみんなでホウコに行ったの? 私、ホウコに頼まれてここの調査に来たんだけど。あそこにホウコと同じような基地があるのに、誰も人がいないってどうなってるの? おねえさん、基地で働いたことある?」
「もちろん入ったことはありますが、オペレーションはできません」
「ここって何人くらい住んでたの?」
「昔は千人以上いましたが……」
荘は、複雑な事情を語っていった。
この城内もホウコと同じように人口減少に悩まされていた。生活物資は外部から調達されるが、狭い空間で一生すごさなくてはいけないというストレスは大きく、人々は子孫を残すことを望まず、彼女が生まれたときには、総人口が二百人程度まで減っていた。
オペレーション活動には成功はない。いくらうまくこなしても特別な報酬は得られない。人々は、次第にオペレーション活動をおろそかにするようになっていった。
将来への不安から宗教団体の発言力が大きくなり、教祖はここを放棄し、古文書に記された南方の楽園に移住することを提唱した。
各地に信者が派遣され、調査が進められた。調査に出たまま帰って来ない者も多く、それでますます社会の衰退に拍車がかかった。
宗教団体に反発する声も大きく、社会は分断された。そうなると元の人口が少ない分耐久力はなく、オペレーションどころではなくなった。
そんななか楽園が見つかったという報告が入り、宗教団体の信者はもちろん、そうでない者まで先を争うようにここを出ていった。
最後に出ていったグループは、彼女に一緒に行くよう説得したが、自分が出ていっては恋人が戻ったときに困るはずだと考え、彼女はひとりでここで暮らしている。
「その恋人、たぶんもう死んでるよ」
とはさすがのUVも言えなかった。それで、
「どうやって楽園の場所がわかったの?」と尋ねた。
「筆になるものはないかしら」
女性は木の枝を拾い、地面に文字を書いた。
朋友
你是狐
「何、これ?」UVは尋ねた。
「漢字という漢語で使う文字です。上が友達、下があなたは狐ですという意味です」
「漢語なら知ってる。ホウコの人が話してる」
「これが楽園の場所を記した暗号になっていると長い間考えらえてきました」
「全然わかんないよ。どう解いたの?」
「朋友をピンイン、つまりアルファベット表記にするとPENGYOU」
「你是狐、あなたはHUです。HUはそのままで英語に直すと」
女性は、さきほど書いた文字の横に付け加えた。
朋友 PENGYOU
你是狐 YOU ARE HU
「これが何?」
「まだわかりませんか?」
UVは、地面をじっと見つめた。
「上にも下にもYOUがある」
「そうです。PENGYOUのYOUをHUに置き換えると」
PENGHU
女性は、一番下にそう記した。
「やっぱりホウコ(澎湖のピンイン表記はPENGHU)だったんだ。みんなでホウコに行ったなら、私がホウコにいた時に、会ったかもしれないね。本島にいるの?」
「人が少ない島と聞いています」
「じゃあ会ってなさそう。だけど、そのことホウコの警察は知ってるの?」
「今はどうか知りませんが、私の知る限りでは気づいてないと思います」
「あそこの警察馬鹿だね。私なんか見張るより、こっちのほうが問題なのに。でも、楽園って財宝があるとかさっき言わなかった?」
「一部を見つけたと報告されています」
「え~あそこに世界中の財宝があるの?」UVは感嘆の声をあげた。「それならこんなところに来てる場合じゃないよ」
「今度はあなたに質問していいですか?」
「何でもどうぞ」
「ここにどうやって入ったのですか?」
「スーツドのくせにって言いたいんでしょ。ホウコで入場制限外してもらってるから問題なく入れました」
「暗くなってきましたけど、これからどうされます?」
「おじさん、もうひとりPZ10なんとかっていうおじさんと一緒に来たけど、はぐれちゃったから城から出て、連絡つける」
「その方はいまどこに?」
「ホウコ基地と連絡するから城から出ていったよ。もうこっちの基地に戻ってると思うけど、たぶん、私を捜し回ってると思う」
PZが基地に戻ったときには、UVの姿はなかった。
「また逃げたのか。勘弁して欲しいな」
そう思ったが、今は彼女もスーツを着ている。城から出ればアシストと連絡がつく。
もう夕方だ。彼は来たばかりだが、また南門に向かって歩き出した。
UVは、女性と明日また会うと約束をし、城から出た。
通信圏内に来ると、人通りの少ない場所に行き、アシストに連絡した。
「え~本当ですか? そんな……本当にあなたはその若い女性を見つけたんですね?」
オペレーションが停まっても、基地に人がいる可能性は否定できないはずだ。それなのにアシストはUVの予想以上に驚いている。
その割に、ホウコ諸島のどこかに、財宝が隠され、北京を出た人々が潜んでいると伝えても、反応は冷静だった。
「すぐに財宝探さないと、とられちゃうよ」
「その件は警察のほうでなんとかしてもらいます」
「おじさん、まだ城の中なの?」
「はい。通信圏外です」
「戻ったら、カフェで待ってるっていって」
「どのカフェですか?」
「まだ決めてないから、私が入ってから調べて」
「もう人払いしませんから、余計なことは言いふらさないようにお願いします」
「誰にもしゃべらないよ。殺されたくないからね」
PZが城を出ると、アシストからUVが城から出たと連絡が入った。
「こちらからですと説明が長くなるので、直接話を聞いてください。通話の仕方はわかりますね?」
「ああ」
彼は、ウォッチで彼女と連絡をとったが、自分のいるカフェがどこなのかわからず、アシストに聞くように言われた。
「向こうも忙しいみたいだから、そのくらいはこちらで解決しよう」
カフェ店内では、店の名前は表示されていない。そこで働いている店員のウォッチにも、業務選択後なので出ていない。仕方なく彼女は外に出た。店名は長いので最後の-4だけを、PZに伝えた。
店に戻ると、店員が食べかけのケーキと飲みかけのコーヒーを片づけようとしていた。
「まだここにいま~す」
そう元気よく言うと、彼女は席に着いた。
しばらくしてPZがやってきた。
「ここで秘密の会話はまずい。公園に行こう」
といって、PZは彼女を連れだした。
道に出ると、彼女は公園とは逆方向に向かおうとする。
「どこに行くんだ?」と聞くと、PZの耳に口を近づけて
「秘密なんだから、アシストに聞かれないほうが良くない?」
「そうだな」
もう充分暗くなっていた。PZは通信圏外の空き地に来ると、
「密談したと怪しまれないかな」と言った。
「アシストも忙しいから大丈夫」
「じゃあ、あれから何が起きたか詳しく話してくれ」
彼は彼女の話に耳を傾け、その内容に驚いた。
「ホウコに世界中の財宝があるって? ピーターはあの丸い建物にあるって言って、専門家まで用意して僕達に調べさせたじゃないか」
「あそこはなさそうだったけど、ホウコなら島がたくさんあるからいくらでも隠せそう。それに顔が似てるから人が大勢来てもわからないと思う」
「見た目も言葉も同じだから、そのままホウコの人間になりすませるということか。まあ、どっちにしろ僕達には関係のない話だ。後はオペレーターが到着するのを待つだけでいい」
「これで私達の役目って終わり?」
彼女はさりげなく聞いた。
「冒険は終わり。後はあの城の中で死ぬまオペレーターとしてこき使われる」
「そんなの嫌だよ」
「僕だって嫌さ。でも、一生かかっても貯められないポイントもらったんだ」
「おじさんはいいよ。残り後数年でしょ。私はこの先長いのにあそこから出られないの?」
「そんなことはない。外に出られるスーツドも必要なはずだ。少しは自由がある。死ぬまで移動する人生か、一箇所に留まる人生か、似たようなものだと思う」
「もう逃げられないの?」
「ホウコみたいな場所でも見つかったんだ。こちらだと学校を抜け出た子供はすぐにつかまる。仮にスーツをはずすことができても、逃げきるのは難しい」
「あ~最悪。こんなことならおじさんと関わるんじゃなかった。本当、最悪」
彼女は悪態をついた。
「僕のせいか」
「違うよ。あそこの売店を業務に入れたシステムのせい」
二人の出会いは売店だった。
「あの時猿さえ出なければ、少なくとも君はここにいなかったな」
倉庫に猿が現れたことから、二人は親密になった。
「どうせ私は頭の悪いおまけですよ。冒険者の足を引っ張って……」
そこまで言いかけたが、彼女はあんぐりと口を開いて、城の方向を見つめた。
「どうした?」
「あそこにスーツドが歩いてる」
「そんな馬鹿な」
壁のあるほうからスーツを着ている人物が、こちらに向かって歩いている。自分達には気づいていないようだ。
PZはグラスをかけ、ズームで確認した。
暗いので男女の区別や名前はわからない。
暗視モードにするとズームが使えない。歩くのにズームは不便だ。彼は暗視モードにして、相手をつけることにした。
思い切って接近し、真後ろから背中のゼッケンの名前を読みとった。
ST62575
PZはメモに入力しておいた。
相手は街にさしかかった頃、立ち止まった。二人がそっと近づいていくと、急に体の向きを変えた。焦った二人は、相手の顔を見る間もなく、慌ててその場から離れた。しばらくして、元の場所に戻ったが、相手の姿はなかった。
「このことはアシストには報告しないでおこう」とPZは言った。
「どうして?」
「僕等が密談したことがばれるから」
「ああそうか」
PZはそう言ったが、本当はホウコ基地が別のスーツドとコンタクトをとり、二人の様子を報告させていることを疑っていたのだ。
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