第30話 支配層の棲む城(6)


 街にいる間だけでも、二人でいる時間を減らすため、夕食は別々にとった。

 食事の途中、PZのスピーカーからピーターの声が聞こえた。

「ピーターだ。重要な会議で出払っていて、さきほどアシストから報告を受けた。基地が見つかったそうだね。おめでとう」

 何故、自分がおめでとうと言われるのかわからない。

「実は、すでにそこに基地がある前提で行政と話し合っていた。人がいたそうだが、女性がひとりだけということだから、警官は後にして、先にオペレーターだけ送る。アーリャンがリーダーだ。出発は明日になると思うが、その間、アシストの指示に従って、まだ調べてない箇所などを頼む」

「明日出発とは、随分手際がいいな」

「最有力候補だからね」

「その女性によると、ホウコのどこかの島にこちらの人間が移住したという話だ。しかも、そこには財宝が眠っているらしい」

「その件は警察に話してあるが、宝はホウコにあるとは思えない。ただの伝説だと思う。その理由は世界中の財宝なら莫大な量になる。隠すのに人手と時間がかかる。当然、島の人間が気づくはずだからだ」

 ピーターの言うとおり、人知れずホウコ諸島に財宝を隠すのは困難だろう。それならPENGHUという暗号はなんだったのだろう。そう思ったPZは、

「古文書の件はどう思う?」と聞いた。

「PENGYOU と YOU ARE HUという暗号では宝場所の在処にしては、あまりにも簡単すぎる。おそらくは宝の話は嘘で、宗教団体が人を城の外に出すのに使った陰謀だと思う。

 どちらにせよ、僕らにとっては管轄外なので、メイン基地の復活に専念する。君たちには初のスーツドオペレーターとして、後に続く者たちの見本になってもらいたい」

「ここの基地で働いていたオペレーターもホウコに向かった。彼らをここに戻さなくていいのか」

「それは警察が彼らを見つけ出してからの話だ。それに自分からオペレーションを拒否したんだ。スーツドの労働と違って、オペレーションは強要できない。運良く警察が見つけて無理矢理そちらに戻しても、やけになって無茶苦茶なコマンド発行されたら、世界中が迷惑を被る」

 仕事を強要されたスーツドにも同じ危険性があると思ったが、PZは黙っていた。


「オペレーターは何人来る?」

「十名程度予定している」

「そんなに出して、そっちは大丈夫なのか」

 全体で三十名ほどしかいない。

「大丈夫なわけはない。到着するまでの二、三日は、二交代で十二時間勤務で我慢する。その後は一日のうち八時間をそちらで運用し、こちらは残りの十六時間を担当する。これでこれまでと負荷は同じだ」

「毎日、運用が切り替わるのか?」

「当面はね。そちらでスーツドのオペレーターを育てて、一年程度を目処に北京だけで運用を行う体制を作る」

 それがピーターのプランだった。PZにもベストな方針に思えた。



 翌日、アシストから北京城の東側を調べるように指示を受け、二人は城に入った。

 UVとの約束通り、荘という女性は南門の内側で待っていてくれた。

 昨日と同じ格好だったので、初めて見るPZは驚いた。

「こちらの女性は、皆そういう格好をしているのか?」

「私もこんな服は着たくないですが、ここから出ていった女性達が向こうで服が足りなくなるといけないからといって、まともな服を全部もっていってしまいました。残ったのは歴史的な衣装ばかりです」 

「他に着るものがないならわかるけど、一人でいるなら頭の飾りは要らないと思うが」

 PZは、衣服に実用的な価値しか求めず、ファッションという概念がない。

「せっかくの着る機会ですので」

 UVは彼と違い、見た目を気にするようになっていた。

「男には女の気持ちがわかんないの」

「そうか。君が人が見ていないのに、ウィッグを頭に載せるようなものか」

 PZはそう表現したが、実は荘の顔立ちを美しいと感じていた。それは服装が華やかだからではなく、もともとの素材の良さだ。ホウコ基地にも女性は大勢いたが、一切そんな感情はわいてこなかった。彼には体型に優劣があるという発想がなかったが、彼女は顔だけでなくスタイルもよかった。

 それでも彼は事務的に、

「今日は東側を案内して欲しいんだが」と言った。

「わかりました」

 彼女は、北東に向かって優雅に歩き始めた。



 北京城はおよそ南北二キロ、東西三キロの長方形を壁で囲った空間だ。中央の紫禁城付近を除くと、開拓時代の建築物が大半だ。

 西側は基地などの公共施設が多かったが、東側は居住区で商業施設やアパートなどが並んでいる。

荘の案内で居住区のほうに向かう途中、PZは彼女からここでの暮らしぶりについての話を聞いた。


 彼女は、ずっと居住区に住んでいたが、今は基地のなかで暮らしている。基地の中は、システムによって清潔に保たれているのが理由だ。居住区は老朽化していて、一人だけで暮らすのは困難だ。

 ホウコでは漁、小売り、製造業などある程度は自分達で自分達の暮らしを支えていたが、ここでは生活物資を完全に外部に依存し、システムのオペレーション以外の仕事は、建物の修繕や教育関係などごくわずかだった。

 生きていくためには、食べていかなければいけない。ここでは耕作はおろか、調理すら外部に任せだ。城外の食堂に注文をしてとどけてもらう仕組みをとっている。

 ここの基地は、世界を統治するコンピューターシステムを備えているが、注文は原始的で、配送車は車内にある操作パネルで動かす。帰りの便に、食べた後の皿やトレイと一緒に注文書を入れておく。古代の仕出し屋といい勝負だ。

 配送車は一般に使われているものだが、城内の非スーツドでも使用できるよう、車輌の設定で利用者の管理を無効にしてある。操作パネルの「一分後発車」を選ぶと、ドアを閉めて外に出てから、車が自動で発進する。

 配送車なので座席はなく、食堂と基地を往復するために利用しているが、他の車と同じようにパネル操作で世界中どこへでも行ける。


 ここの住民は、病気になると面倒だ。以前は城内に診療所があったが、人手不足で維持できなくなった。そのため城外の診療所を利用するのだが、スーツドに顔などを見られてはまずいので、診療所を空にしたうえで、病人と治療に当たる人物が同じ車でそこに行くのだが、現時点では診察者がいない。


「これだけ広い場所で一人で暮らすのは大変だな」

 と彼が感想を言うと、

「特にすることもないので気楽なものです」と彼女は答えた。

 本当にここには、彼女ひとりだけなのだろうか。PZは、昨日見たST62575というスーツドのことが気になった。ここならアシストに聞かれる心配がないので、PZはその件について切り出した。

「実は、昨日、城の南門のほうからスーツドが歩いているのを目撃した。あの辺りは入場制限がかかっているはずなのに、普通に歩いていた」

「え?」

 荘は、目を丸くして驚いた。


「私も見たよ」UVが言った。「何か知ってる?」

 荘は、しばらく黙って考え込んだ。

「そういえば、このところよくモノが無くなることが続いていました」

「そいつが盗んだんだ」UVが言った。「ここで暮らしてるかもしれないよ」

「それはいつ頃からだ?」

 PZが聞いた。

「いつ頃かしら……私が一人になる前だから、もう三ヶ月くらい前からだと思います」

「となるとホウコの連中の仕業じゃないな。僕等はホウコのほうで入場制限を外された。そいつも入場制限をはずされている。その頃から入っていたとすると、北京基地のほうでオペレーターが外したことになる」

「どういうことです?」 

 荘は、怯えた表情を浮かべた。

「スーツドを城に引き入れる目的があったということだ」

「怖い」

「大丈夫だ。僕等もいるし、もうすぐホウコから十人ほどやってくる」

「?」

「ホウコからオペレーターが来て、ここの基地を復活させる。そう聞いている」

「そうですか」


 北京城の西側は空き地が多かったが、東側はコンクリートジャングルという言葉がふさわしく、大小様々な建物が密集している。

 近づくと、それらの建物の大部分が相当古いことがわかった。壁にヒビが入っていたり、一部が崩れていたりして、廃墟に近い状態のようだった。

 PZは、福建の土楼を思い浮かべた。


「人口が少ないのに無駄に建物を建てすぎました。ほとんどがもう何百年も利用されていません。この辺りは目につくので、修繕をくわえてますが、奥の方に行けば倒壊してガレキの山になっている場所もあります」

「一万人くらいは住めそうだな」

 PZは高層アパートの群れを見上げた。大きさはそれなりにあるが、きらびやかなホウコのホテルに較べ地味で殺風景だった。

「実際、そのくらいの人数が住んでいた頃があります。大虐殺のことは聞いていますか?」

「最近知った」

「ここに住んでいた住人達は、システムの開発に当たっていました。大統領就任式の日、基地のオペレーター以外は城から出てパレードを見学していました。そこにあの惨劇が起きました」

「オペレーター達は、そうなることを知っていたのか?」

「知らなかったと思います」

「自分たちだけ生き残ってどんな気分だったんだろう」


 三人は太い道に入った。太陽電池は敷かれていない。そこは古代の王府井大街通りだった。左右に古代都市の残骸が広がる。いたるところで立ち入り防止の柵やロープが張られ、危険という看板が立っていた。

 もっと見学を続けたかったが、昼頃になったので、荘から昼食の誘いを受けた。

「基地のほうに食事を用意してありますので、ご一緒しましょう」

 そこから基地までおよそ2キロ歩かないといけない。

「昔はここに住んでいた人々が基地まで歩いたのか?」

 PZは荘に聞いた。

「当時は自動車が走ってましたから」

「それって手動?」UVが聞いた。

「おそらくそうだと思います」


 UVが昨日通った景山前街、文津街を抜け、基地の入り口のある建物に向かう。

「あそこの他に入り口はないのか?」

 PZが聞いた。

「こちらからはあそこだけです。南側や西側にも同じような建物から入れます」

 そこで南に回り、入り口のある建物を確認し、そこから西側に行き、そちらの地下通路を通った。


 基地に入ると南側に設けられた搬入口の裏まで行き、扉を開けた。

 すぐ外に搬送車が停まっている。

 荷台には、食事の載ったトレイが三つ並べてある。さすがに水の入ったコップはないが、運ぶときに揺れるので、卵スープが少しこぼれている。

「普通だね」

 UVは、ルーラー用の特注食を期待していたのが、いつも食堂に出るメニューと同じでがっかりした。

「トレイを安定させるようなものはないのか」

 PZの言いたいことは、古代でいう岡持の類のことだ。

「ここに載せる専用の棚がありますけど、重いので今は使っていません」

 食堂の係は言われたことをするだけだ。自分のほうから料理がこぼれないように工夫することはない。


 三人はそれぞれトレイを持ち、食堂まで運んだ。

 三人分の食事だけを運ぶには搬送車が大きすぎるように、三人だけで食事をするには食堂は広すぎる。

 街の食堂で話しながら食べることはないが、今はいろいろと聞きたいことがある。

「注文書になんと書いている?」PZが聞いた。

「定食と、後は数だけです」

「食べたい料理を書いちゃだめ?」UVが聞いた。

 テーブルの上にはメニュー表が載せてあった。荘はそれを持ってきて、二人に見せた。二十種類ほどあったが、料理名だけでは内容がわからない。

「人が大勢いるときはこの中から選びましたけど、私一人では作る人達に悪いので、定食とだけ書いています」

「なんで? もっとおいしいもの食べられるのなら頼めばいいのに」

「あまり手間をかけると、これから作ってもらえなくなるかもしれないので……」

 UVはPZの顔を見た。

「そうなの?」

「僕に聞かれてもはっきりわからないよ。システムの直接の指示ではないから、食堂側が拒絶しようと思えば、その場ではできるだろう。だけど、この基地から罰を与えることもできる。今は駄目だけど」

「おじさんならどうする?」

「僕なら定食にしておくな」

「ねえ、どうせ明日また来るんでしょう? おいしいもの頼んでみようか」

 UVはメニューを手にした。

「やめたほうがいい」PZは乗り気でない。「荘さんに迷惑かけるといけないから」

「ここで食べる分を作るからあの食堂が大きいんでしょ。また明日の朝もあそこ行くと思うから、私が作ってここまで配送車に乗ってくるのはどう?」

「そんなことできるんですか?」

 荘はPZの顔を見た。

 彼は、システムの専門家ではない。

「後でアシストに聞いてみよう」

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