第35話 開拓者達(6)


 ダニエルの葬儀が終わって二週間が経つと、人権団体HOTの主要メンバーは、ある建物の地下に集まった。会場となったのは、二百人は収容できる大きな広間で、パーティ会場のようにセンターピースが載ったテーブルが並べられている。

 どのテーブルも陽気なおしゃべりが盛んなのは、これが故人をしのぶためではなく、今後の方針を話し合うためだったからだ。

 そこにいるのは、政治家、実業家、投資家、学者、芸術家など様々な分野で活躍する一流の人間ばかりだ。陰謀渦巻く秘密結社の集会とはいえ、そのカルトな思想に共鳴したわけでなく、誰もが自分が得をすると思って参加している。


 突然、照明が消え暗くなった。マイクを手にした司会者にスポットライトが当たる。

「お楽しみ中のところすいません、みなさん。おしゃべりは一時中断して、これから故人の業績を称えるドキュメンタリームービーを上映します。そんなものよく短い期間で作れたなと思われるでしょうが、生前から製作を始めましたので、なかなかの仕上がりです」

 広間の奥には、巨大なスクリーンが設けられている。

「本人の許可なく勝手に作ったわけではなく、もちろん了承済みです。ダニエル・クーパー氏本人の我々へのメッセージもございます。それでは、スタートしてださい」


 プロジェクターから映像が投影される。

 二十分ほどの時間で誕生から死までの人生をひととおり振り返った後、本人出演シーンが始まる。そこには亡くなる二年ほど前のダニエルの姿が映っている。髪は白くなり、皺も増えたが、くったくのない笑顔は相変わらずだった。


「もし、このビデオを見ている人がいたら、それは私がこの世にいないということだろうな。そして、おそらくこれを見ている人たちは、上流階級に属しているか、これから上流階級に加わることを願っている人たちでしょう。その逆の人たちが、私の考えた人類二分化計画に賛同されるとは思えませんからね」

 少しだけ笑いが起きた。

 彼らがそこで笑うことを予想したかのように、そのタイミングでダニエルは、

「笑い事ではありません。ここにおられる方々は、人類を永遠に支配する特権階級のパイオニアになるのです」

 と言った。

 それで客たちの表情が真剣になった。


「今はまだジョークにしか聞こえないでしょう。それでも計画は着実に進んでいます。まず、我々は、着ている人間をコントロールする服を考え出しました。すでに市販されているのでみなさんもご存じでしょう。あれは使いようによっては、着ている人間を殺すこともできるのです。

 あの服には携帯電話が入っているだけではありません。高性能小型カメラ、マイク、各種センサーで得た情報を分析して、今その人間が何をしているか推測することができるのです。

 当然、話している内容も調べます。今はまだ英語バージョンしかありません。今後もほかの言語に対応するつもりはありません。スペイン語や中国語版を作らない理由は、まもなく全人類が英語だけを話すようになるからです。

 今日、コンピューターネットワークの力を持ってすれば、どの人間がどこにいるかを把握できます。やがて、どの人間をどのようにでも操作できるようになります。


 みなさんの多くはヨーロッパ系の白色人種でしょうが、今後はごく少数になります。といってもインド人や中国人や私のような黒人が増えるわけではありません。被支配階層については、人種の混合を進め、白人は黒人か黄色人種との間にしか子孫を残せません。他の人種も同様です。異人種間においてのみセックスが許可されます。コンピューターに決められた相手としか、子孫を残せないのです。

 国家も解体します。政治家などという面倒くさい連中はいなくなります。おっと失礼、政治家の方々もこの映像を見ておられますな。

 職業という概念も無くします。そのかわり、細かく断片化された業務を提供します。その業務をこなすことでポイントが与えられ、ポイントを費やすことでわずかな嗜好品や娯楽が与えられるのです。


 ここまで言えばおわかりでしょう。あなたがたの大好きなマネーが無くなるのです。マネーがなくても、食料、住居、安全など必要なものはすべて提供されます。盗難も激減します。必要なものがすべて提供されているうえ、盗みたいものがないのです。故人が所有できるものなど、ハンカチや菓子類程度です。常に歩いて移動するため、大きなものを所有することができないのです。高級品など存在しようがないのです。

 喧嘩、戦争、いっさいの争いごとも消えます。喧嘩をすることができないのです」


 話の途中で誰かが、

「まるで、支配されるほうがいいみたいに聞こえる」

 といった。ダニエルはその言葉を予想したように、

「いいことばかりではございません。最後はシステムに殺されます。老い始めた頃、自ら屠殺場に出向き、薬物を注入され、息をひきとります」

 と、語ったので周囲の人間は笑った。


「かくいう私もまもなく天国に旅立つことになります。本当に天国かどうか死んでみないとわかりませんが、少なくとも地獄でないと信じております。ご心配にはおよびません。私が亡くなった後もヴィンセントが後を引き継いでよくやってくれるはずです」

 映像上映中にもかかわらず、前のほうの席にいた人物にスポットライトが当たった。ヴィンセントと呼ばれた小柄な男は、両腕を上げて自らをアピールした。彼こそがダニエルの後継者だった。



 HOT代表ヴィンセント・リーは、スマートスーツ社の役員でもある。四十歳の若さでその立場になれたのは、創業者の孫で、CEOのリー・ソンウェイは父の兄に当たるからだ。学生時代から子会社のCEOとして、スマートスーツ用アプリの開発を指揮してきた。

 彼は単なるビジネスマンではない。ダニエルに目をかけられて、後継者として育成された人物だ。


 スーツの最新モデルは、服というより電子機器といったほうがよく、すでに量産化を初めていた。各国政府からの補助金や有志の団体からの寄付を受けていたが、それなりに値段が張る。

「新しい物好きは買うだろうけど、一般人は当分様子見だな。どうやって彼らにスーツを着せるかだ? これまで以上に試着キャンペーンを行うのはもちろん、スポーツ選手なんかにただで配ってみる。そうだ。どこかの学校に生徒全員分寄付しよう」

 営業担当の役員は、彼の意見に否定的だ。

「未成年、特に教育関係は問題が起きたときやっかいです。それよりも刑務所に贈ったらどうでしょう? 囚人を街に放っても安全です」

「馬鹿を言うな。イメージが悪くなるだけだ」

「どこの国も刑務所は囚人で一杯です。彼らにスーツを着させて、特定の場所から出られないように入場制限をかければ、ただの空き地が刑務所になります」

「その考えはいいかもしれない。検討してみよう」

 そう言ったとき、ヴィンセントの目が輝いた。それは、単なる刑務コスト削減ではなく、その先の展開につながりそうなアイデアだった。囚人にシステム経由で業務を割り当て、その報酬としてポイントを付与する。ポイントで刑務所の売店で売っている安価なモノを購入できる。

 いくつか小屋を並べて、毎日別の場所に泊まらせる。システムが監視しているので、囚人同士の喧嘩が起きても、すぐに収められる。

 そうだ。我々の手で刑務所を作って、どこかの国に寄贈しよう。

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